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第十一話 決戦:数十億年に及ぶ兄妹喧嘩の結末






蠱毒成長中「政策にご協力頂いた数え切れないほどの皆様に、心からの感謝を!」

―前回より・東京都―

時刻は既に午前四時。明るくはないが、暗くもない。夏の夜と朝の中間的な時刻である。


「さてと…臆病な愚兄も逃げたことだし―――「誰が、逃げたってェ!?」―!?」


気付けば不二子の背後には、全身からどす黒いオーラを滾らせる松葉の姿があった。


「んなっ…貴男……逃げたんじゃあ……?」

「逃げただと?…まぁ確かにその通りかもな……言い方変えりゃあ『飯休憩』とも言う訳だが」

「しょ、食事…休憩…?」

「そう、飯だ。

お前よ…まさか自分がゲームキャラよろしく、幾ら動き回ろうが腹も減らねぇとか思っちゃいねぇだろうな?

あとよ、俺達の基本原理ってヤツも、ちゃんと理解してるよな?」


そう言われて、不二子ははっと感付いた。


―そういわれれば自分は、ざっと五時間ほど何も食べていない。



そしてまたもう一つ、感付いたことがあった。




"APOCALYOSISの力は肉体や精神に於ける余裕・残存体力・胃の内容物の量=満腹度(・・・)に比例して増減する"








正直、そこから先は考えたくなかった。





ただひたすらに、頭を空っぽにするようにして、戦っていたい。



赤き竜は、そう望んだ。




そして、赤き竜は吼える。



「GOOOOOOOOOOOOOOoooooooooooooooooo!!」



その咆哮は、肩書き、偽名、言葉といった、あらゆる余剰なものを取り除いた結果として繰り出された、純度十割の咆哮であった。



その咆哮を耳にした黒き獣は、歯を見せ、口元で笑った。




同じ血を持ち、同じ目的で産まれ、違う心で対立していた二匹の魔物。


それら二匹の雌雄を決する戦いが、今始まった。



「ハェアァァァ!」


先手は不二子。余計な(シガラミ)から解放された彼女は、最早火炎や電撃等という手を使わない。

羽撃き一つで松葉に急接近し、右腕の鋭い爪で彼の胴体に袈裟切りを叩き込む。

松葉は呻くだけで声を上げなかったが、その傷口からは鮮血が勢い良く噴き出しており、再生も間に合っていないようだった。


「ヴァォォォッ!」


しかしながら松葉も負けては居らず、固く握りしめた拳を横から不二子の顔面に叩き込み、続けざまに頭を勢い良く振り下ろし、角での打撃を脳天に浴びせる。

不二子は頭部への攻撃二連発に蹌踉めくが、直ぐさま復帰し傷の再生が完了して間もない松葉の腹を右脚で蹴る。

蹴られた松葉の食道から舌へ温かく苦い味―吐血の味―が伝わるがしかし、松葉はそれを一瞬堪えてようとする。

しかしながら其処へ更に二度目の蹴りが追い打ちを掛け、


「ぐッ…ゴフェアァゲォォッ!」


松葉はその大口から、大量の血液に唾液・胃液、そして胃の内容物が混ざった吐瀉物を、何と不二子の顔面―それも目鼻を中心に―ピンポイントで狙って吐きかけた。

被害者となった不二子は、そのあまりの悪臭と目鼻の痛みから、至って人間的な悲鳴を上げて空中でのたうち回る。


「んぎょぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぉぉぇぇぇぇぇぉぉぉっ!

何これ臭ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

酸化鉄粉末とザ●●ンと硫化水素に暖かいお酢とホットミルクと生の魚肉ソーセージと劣化したトマトの絞り汁を混ぜたような匂いがぁぁぁぁぁぁぁぁ!

へぁぁぁぁぁぁぁ!目がぁぁぁぁぁ!鼻がぁぁぁぁぁぁ!」


「ヒ、ヒ、ヒッ!ホヘォッ!グhッ!ガッ!ァヴゥゥッフェッ!糞!胃酸と血の味が抜けねぇ!

やっぱうがいしなきゃ駄目だな…あぁ、鼻にまで来てやがる!」


そんなこんなで二人はそれぞれ、所々魚類を思わせるパーツを持った細身の青い竜と、白い肉食魚とに変身し、海に飛び込んで行った。


そして二分後、それぞれきっかり吐瀉物の形跡を取り払ってから、激戦は水中で再会された。

水棲の幻獣を思わせる不二子は水を操り、肉食魚の松葉はそれをも突き抜けて突進や噛み付きを繰り出す。


水飛沫が上がり、瓦礫が吹き飛び、数分して二匹は再び空中に飛び出し、黒い獣と赤い竜とに姿を変えて再び殺し合いを再会した。


その激しさや出血量は以前変わらなかったが、変わったこともあった。


それは、ゲロ被爆を境目に不二子の戦術が多少器用になった事と、松葉が拳や蹴りよりも爪での斬撃や投げ、更に噛み付きを中心に戦うようになった事であった。


「いい加減死になさいよぉぉぉぉぉ!」

「テメェが死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


ズガジュ!

バギョァ!


両者の爪が同時に相手の肉を裂き、続けて不二子は炎球を放ち、松葉は腕を掴もうとする。


ボォア!

ガッ!


炎は松葉の上半身右半分辺りを大幅に焼き、それと同時に松葉の右手が不二子の左腕を掴み、その骨を握り潰す。


しかしお互い、左腕を潰されたり身体の殆どが燃えている状態にあろうとも、攻撃の手を緩めることは無かった。





―そして戦うこと一時間―




お互いに体力が限界に達したとき、松葉は不二子の首を背後から掴むと、そのまま身体を大きく回転させるようにして、海辺の道路目掛けて投げ飛ばす。


力を失いかけた不二子の巨体は、空中で身体を動かすことも侭ならず地面に叩き付けられてしまう。

更にそれを追うように、松葉は動けない不二子の元へ向かう。


―路面―


「…………く………ッ……禽………獣……」

全身傷だらけの上、両の角を根元から叩き折られ、首や尾や胴の肉は所々食いちぎられて中の骨が露出し、左腕と両翼の骨も潰され全く動かない。

それでも尚不二子は立ち上がり、松葉を殺そうと躍起になる。

松葉はそんな不二子を片手の中指だけで押し倒し、静かに言った。

「なぁ、愚妹よ……俺ァテメェと一時間も戦って思ったぜ……。


お前は俺に似て根性腐ってて、俺より身勝手で、環境からか自分を特別扱いしてる痛ェヤツだよ……正直言って最低だ…。

だがな、地球にゃ便利な言葉があってよ…『愚者も千慮に一得』ってな…どんなクズだろうが一つくれぇは良いところがあるもんだって言葉なんだが…。


つまるところ、ド外道ゆとり破壊兵器なテメェでも、たった一つ褒めてやれる所があるんだよ…。




それはな、その根性だ…或いは、根気とか意欲ってのかな…。

何が起ころうが、何をされようが…泣きも喚きもせず、目標(ホシ)だけ見て突き進むその根性だきゃあ、ゆとりにゃ真似出来ねぇ…。

いや、ゆとりどころかどんな奴でも、今のテメェみてぇな状況に置かれたら…九割は即刻無条件降伏か舌噛み切って自殺だぜ?

俺だって余裕で泣き出してらァ…。



…それをさぁ、テメェはよく頑張ったよ…どのみちテメェは殺すんだけどな。


ただそれだけは、言っておくぞ」


そう言って、松葉は不二子の翼に噛み付き、片方ずつ喰い千切って噛み砕き丸飲みにする。


「まぁ、何だ。


選んだ惑星(ホシ)とか敵に回した奴とか、色々と選択間違えちまったんだよ。お前は」


そう言って松葉は左手で不二子の首を掴み、力を失った不二子の身体を持ち上げる。

しかし、対する不二子も黙っては居ない。


「……まだ……よ…まだ………終わるわけにはッ…」


不二子の口の中に、炎のエネルギーが宿る。

しかしその色は黄色に近い橙色であり、それは白や青に比べ温度が低いもので、それはつまり、不二子がそれ程にまで弱っている事を表していた。


松葉はそんな不二子に何か言葉をかけてやるでもなく、冷酷にただ右手の爪でその胸の皮を突き破り、その心臓を抉り出して握り潰すと、その亡骸を地面に投げ捨てる。


するとどうだろうか。

死体の肉はみるみるうちに溶けていき、夜明けの海辺には角を折られた竜の頭骨だけが残った。


獣から人間に戻った松葉は、波に洗われている頭骨を拾い上げ、呟く。



「色々思ったが、やっぱり俺達は兄妹だったんだろうよ……。


ツラが似て無かろうが、考え方がどんなに違おうが、経歴がどうだろうが、誰が何と言おうと、






俺達が産まれながらに漂わせてる"殺しの悪臭"ってのは、どんなに努力しても死ぬまで消えやしねぇんだよ。

ま、消えて貰っちゃ困るわけだが」



そう言って松葉は、亡き実妹の頭骨を小脇に抱えながら、水平線の向こうへ登る朝日を見つめる。



七月の朝―特に五時辺りの空はとても美しい。



紫色の雲の間から光る朝日は、瓦礫の土地と化した大都市と生き残った人々とを、美しく照らす。



暫く朝日を眺めた後、松葉は静かに仲間達の待つ陸へ向かう。


脇に竜骨、心に希望を抱えながら。




―その後について・楠木雅子の独白―


あの後手塚さんと合流した私は、連盟から特に指示を受けるでもなくさっさと家に戻って、着替えもせずに寝てしまった。


で、それからは驚きの連続だった。


まず、世界中があれだけ破壊されたというのに私の近所はほぼ全く無事だったということについて。

後で田宮君や薫ちゃんに聞いてみたら、やっぱり家は無事だったそう。連盟が裏で動いてくれていたという話もないし、全くどういう事なんだろう?


次に、連盟傘下の組織が世界中何処を探しても、人禍の痕跡と思しきものが殆ど見付かっていないということについて。

見付かったのは精々、手塚さんが持ち帰った人禍総統のそれだという分類不能な頭骨と、人禍がバラ撒いたらしい生体兵器の死骸数体分ぐらい。

原因はまだよくわかっていないらしいけど…そもそも判りようが無いと思うのは私だけじゃないと思いたいんだよね…。


で、ラスト。朝起きたら、社会がすっかり元通りになってた。これには正直驚くしかなかったね。

だってさぁ、人禍がぶっ壊した色々なものが殆ど元通りに修復されてるどころか、一部殺されたはずの人達も復活してて、報道機関は「多国籍武装テロ組織・人禍が世界各地を強襲。封印されていた超大型戦艦『白い巨像』を用いての破壊活動云々」とか報じてるし。

てっきり連盟が裏で情報操作しながら、その手の能力持ってる幹部の人主導に頑張ったのかなぁとか思ったけど、問い合わせてみてもそんな情報は得られなかった。


あと変わったことと言えば、日異連に新人が来た事かなぁ。

三人とも女の人で、元人禍機関員なんだけどさ、これがもう全員目を疑うばかりの美少女なんだよね。

一人目は曽呂野十六子(そろのそろこ)さん。

あの安藤陽一さんを追い詰めた伝説の異形だっていうから私も名前くらいは知ってたし、直美姉さんや大喜多兄貴からどんな人かっていうのも聞いてたんだけど、勿論直接会うのは初めて。

人禍幹部一三人の内、序列三位だったかなりの実力派らしいと聞いてたし(その証拠に、日異連配属が決まった瞬間幹部になっちゃったんだよね…主に手塚さんの所為で)、人禍出身だから一部の馬鹿が差別したりするのかと思ったけど、黒沢さん曰くその逸話と風格の所為で大体の奴は怖がって近寄らないとか。

そう聞いてたから、最初は不安だったんだよね。会ってみて凄く怖い人だったらどうしようって。

でも実際会ってみたら、凄くいい人でさ。趣味も合ってたし、かなり話に花が咲いちゃったよ。

で、二人目は木伏盛(きぶしさかり)さん。

人禍で曽呂野さんの側近だった人で、曽呂野さん程ではないけれどかなりスタイルが良くて顔も綺麗。その上若干奥手と超受け気質のヒロイン気質。しかもあの木伏局長の妹だからね。お兄さんがアレで妹さんがコレでしょ?私みたいな奴に限って萌えない訳無いじゃん。

んで、話してみた感想言うと、基本的に優しい人だね。それもとっても優しくて思い遣りと善意に満ちあふれてる。

善人なんてそう居ないと思ってばかり居たけど、盛さんは「完全な善人」に限りなく近いんじゃないかな。まぁ人じゃなくて異形だけど。

ラスト三人目、天野翔(あまのしょう)さん。

ナイスバディなワイルド系のお姉様で、以外にも特撮と怪獣映画とアクション洋画をこよなく愛する人。

この人も元人禍幹部で、序列は六位。その上空軍総司令官だったっていうんだから驚きだよね。

直接会って話してみたけど、本当にノリが良くて気も優しくていい人だったね。

戦争の最中健一さんと何かあったらしくて、再会してからは健一さんにベッタリっぽいよ。まぁ妄想出来るから良いけど。



で、最後に言っておきたいこと。

二年前の夏、私はライアーに出会って、人間を超えた。

それからというもの、私の日常生活はかなり豹変。ある種の裏社会に携わる仕事を続ける事になったりした。そもそも化け物だし。


でも私は、そんな人生に後悔なんてしていない。

確かに、例の仕事という名の戦争は殺すか死ぬかのノリで正直本当に死ぬかと思ったし、気絶した時なんて自分がなんなのかさえ忘れたけどさ。

でも私は、そんな出来事が不幸だとは思ってないし、仮にこの世を管理してる奴が居たとしても、そいつを怨んだりはしないよ。

寧ろそんな奴が居たらこう言いたいね。


「有り難う御座います。私は貴方のお陰でとても楽しめています」ってね。


さて、そろそろ小説本文も良い具合に長くなったし、ここいらで終わりにしようか。


何にせよ、「何だって真面目に楽しむ」って事は大切だよ。

それをしなきゃあ、生き物はみんな生きていられないからね。


それじゃあまた何時か、次回作かその次か、何時会えるかは判らないけど暫しの別れを!

サヨナラなんて言わないよ。だって蠱毒成長中(こいつ)が物書き続ける限り、読者である貴方と私が再会できる確率は皆無じゃないから。

それじゃ。イベントの準備があるからこの辺りで!


2010.9.30.シンバラ社動物学部副部長補佐役及び日本異形連盟幹部一等補佐官 『変幻の欠片』こと楠木雅子


――

―時刻不明・場所不明―





いやぁ、今回はまた何時になく大変だったよ…特に最高の家族の殆どを失ってしまった事は大変な痛手だ…。


その上、生き残った二人も今回の事でかなり負傷しているし、僕自身も万全とは言えない状況だ…。






だが問題はない…まだ僕には力がある。

知性という力が。

知恵という力が。

思考という力が。

生命という力が。





それが有る限り、僕が死ぬ事も消えることも有り得ない。


地球には迷惑かも知れないが、最低でもあと二十億年はこのまま生き続けさせて貰うとしよう。





まだまだこの世は面白いことで満ちあふれている。





飛竜は死んでしまったが、彼女は仕方なかったのさ。



運命だとか差し金だとか、そういう言葉を使う気にはならないが、あの状況なら彼女は死んでも仕方なかったのだろうよ…。




―さて、それでは行こうか。サヴラ(・・・)ルルイエ(・・・)

――はい、古藤様(・・・)

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