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猫と車

作者: 朝山みどり
掲載日:2026/11/05

 猫と車


 何年も前、コロナ前のことだ。


 ある日、車のボンネットに猫の足跡がついているのに気づいた。


 近所には猫が多い。ボンネットの上を歩いたのだろうと、特に気にもしなかった。


 数日後、車の下のあたりから猫の鳴き声が聞こえた。


「あれ?」


 車の下をのぞいてみたが、姿はない。反対側からものぞいてみたが、やはりいない。


「どこにいるんだろうね」


 そう思っただけで、そのときはそれ以上探さなかった。


 その翌日か、翌々日のこと。


 出かけようと車に乗り込み、エンジンをかけた。


 すると、猫の鳴き声がした。


 ニャー、という普通の鳴き声ではない。明らかに恐怖と焦りを感じさせる声だった。


「は?」


 思わず声が出た。


 エンジンを切り、車から降りてボンネットを開けた。けれど、何もいない。鳴き声もしなくなった。


「いったい何だったの!」


 もう一度エンジンをかけてみた。すると、また鳴き声がする。


 今度は間違いない。猫がいる。


 私は慌ててエンジンを切り、エンジンルームをのぞき込んだ。


「ニャーン。ニャー」


 話しかけてみたが、返事はないし、姿も見えない。エンジンルームって意外に隠れる場所があるんだなと思った。


 さすがに、もう一度エンジンをかける気にはならなかった。


 そこでJAFに電話することにした。初めてのJAFだった。


 状況をうまく伝えられるだろうか? 猫が入り込んだと信じてくれるかだろうか?


「猫ですか? えっ、猫が?」


「えぇ、姿は見えないけど声がします」


 そんなやり取りを想像していた。びっくりされるだろうと。


 ところが、電話口の女性の反応は予想とまったく違った。


「必ず出せるとは限りません!」


 いきなりだった。


「は?」


 猫がいると言っているだけなのに、なぜそんなに喧嘩腰なのだろう。こちらもそれなりの態度で応じたくなったが、そこは大人の私である。ぐっとこらえた。


 すぐに人を派遣してくれるというので、待つことにした。


 本当にすぐ来てくれた。やって来たのは、まだ若い男性だった。


 私はさっそく電話のことを言いつけた。


「いきなり、喧嘩腰でした。冗談を言ったわけじゃないのに」


「あぁ。そうですか」


 準備をしながら、優しく返事をしてくれた。


「エンジンをかけると鳴くんです。でも、ボンネットを開けても姿が見えないんですよ」


 男性は車の周囲を確認すると、ジャッキで車体を持ち上げ、下に潜り込むようにしてのぞき始めた。


「ああ、ここか」


 何か見つけたらしい。男性の手が伸びた。


 次の瞬間、子猫がつかみ出された。


「あらぁ!」


 黒い子猫だった。ほんとに小さかった。


 男性が地面に下ろすと、子猫は一目散に走り出した。そして道路を渡り、お向かいの家に入っていった。


「あっ、ちょっと!」


 私は逃げていく後ろ姿に声をかけた。


「ありがとうは?」


 もちろん、返事はない。助けてもらったという自覚があるのかどうかも怪しい。あっという間に姿が見えなくなった。


 男性は書類を書きながら、猫がエンジンルームに入り込むのは珍しくないと教えてくれた。


「車の下って、意外と隙間があるんですよ。猫は暖かいところが好きですからね。エンジンが止まったあと、まだ暖かいうちに入り込むこともあります」


 そして、少し声を落とした。


「ただ、気をつけないといけないんです」


「何ですか?」


「ファンベルトに巻き込まれることがあるんです。体が切断されてしまうこともあります。そうなると、死体を取り出せないこともあって……」


 私は言葉を失った。


 なるほど、電話口の女性があんなに強い口調だった理由がわかった気がした。きっと過去に、そういう事例を担当したのだろう。だからといって、いきなり戦闘モードはやめてほしいが。


 男性は、電話対応をした女性のことも気遣っていた。


「たぶん、そういうことがあったんじゃないですかね」


 ずいぶん優しい人だと思った。


 私はお礼を言い、ようやく安心して買い物に出かけた。


 黒い子猫は無事だった。


 めでたし、めでたし。


 と、そのときは思っていた。


 *


 ところが、ここからが本番である。


 ある日、友人と話をしていたときのことだ。


「今日、車の下に猫の首が落ちてた」


 友人が珍しく深刻な顔で言った。


「は? 猫の首?」


「うん」


「首だけ?」


「そう」


 何とも嫌な話である。


「いくら何でも、そこまで人から恨まれるようなことをした覚えはないんだけど」


「そうよね」


 私もうなずいた。


「別にお人よしでもないし、優しさでできている人間でもないけど、そこまで恨まれる理由はないと思う」


 彼女は冷静に話した。真面目な彼女らしい。


「うん。そこまで恨まれるのはねぇ」


 私も真面目に答えた。


「周りの人には、たぶん猫同士で喧嘩したんだろうって言われたの」


「ああ、そうでしょうね」


 その話は、それで終わった。


 それからしばらくして、友人の車が変わった。


 理由は聞いていない。


 ただ、私は思い出してしまった。あのとき、JAFの男性はこうも言っていたのだ。


「残った死体が腐ったら、車が臭くなるんですよ」


 車の下に落ちていた猫の首。


 そのあとに変わった車。


 あの話を思い出すたびに、私はあの黒い子猫のことも思い出す。


 あの子は、無事に逃げていった。


 少なくとも、私の車からは。


 それ以来、エンジンをかける前には、ボンネットを軽く叩くようにしている。


 どこかに小さな命が隠れていないか。知らずに巻き込んでしまわないように。




いつもお読みいただき、ありがとうございます!


誤字や脱字をご指摘いただけることにも、心より感謝しております。

とても助かっています。


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短編なのにブックマーク? と不思議に思われる方もいらっしゃるでしょうか?


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― 新着の感想 ―
作家面して残酷な話作って喜んで、サイコ?本性陰湿プリンさん
猫バンバンが一般常識になりますように
カーcarCAR!!!社用車でプリンはだめよん♪安安安やっすー
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