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客の来ない店で恋愛小説を書いている場合ではない。

作者: あやご
掲載日:2026/09/29

 店には客が来ない。


 これは飲食店としてはかなり重大な問題である。


 普通なら「本日のおすすめ」だの「季節限定」だの「お待たせしません」だのと書いた看板を出し、客を呼び込む努力をするべきところなのだが、私はその時間を使って小説を書いている。


 しかも自分で全部書いているわけではない。


 下書きだけ私が書き、あとはChatGPTに「筒井康隆っぽくして」と頼んでいる。


 つまり私は物書きというより、物書きに仕事を発注している物書きである。


 いや、もう物書きですらない。


 発注業者だ。


 54歳。

 リウマチ持ち。

 糖尿病持ち。

 更年期。

 そして客の来ない飲食店の店主。


 こうして並べると、どう考えても恋愛小説を書いている場合ではない。


 働け。


 という話である。


 ところが長雨が続くと気分まで湿ってくる。


 誰とも喋らない店内で、冷蔵庫の音だけが律儀に響いている。


 そんなとき、ふと思った。


 恋愛でも妄想するか。


 この歳になると、現実にはまず遭遇しない。


 だから安全である。


 恋愛小説なら、相手がどんな男でもいい。

 どんな女でもいい。

 プロポーズだって好きな場所でさせられる。


 妄想とは、実に経済的な娯楽である。


 そこで私は、ベタベタの恋愛小説を書くことにした。


 ただし問題が一つある。


 私は「ねえ、高いところのもの取って」などと言えるような可憐な女ではない。


 むしろ私のほうが取ってと言われる側だ。


 背が高い。


 横幅もある。


 少女漫画のヒロインにありがちな、風が吹いたら飛んでいきそうな女とは対極の存在である。


 そこで考えた。


 男をデカくすればいい。


 それも半端ではなくデカくする。


 大谷翔平みたいなガタイにしよう。


 そうすれば私より背の高い女でも、男の胸に顔を埋めることができる。


 お姫様抱っこだってできる。


 人間、設定である。


 設定さえ変えてしまえば、物理法則など恋愛小説の前ではたいした問題ではない。


 妄想は急速に膨らんだ。


 男は無骨である。


 シュワルツェネッガーみたいな身体をしている。


 しかも走り屋。


 女は猫みたいに気が強い。


 男より年下。


 よし。


 これで恋愛は成立した。


 あとはプロポーズさせればいい。


 私は文字数の都合で、二人を知り合わせ、惚れさせ、悩ませ、すれ違わせ、仲直りさせるという本来なら数十ページかけるべき工程を、ものすごい勢いで圧縮した。


 そして気がついたらプロポーズである。


 恋愛小説というものは便利だ。


 好きになった。


 結婚しよう。


 だいたいこれで話が進む。


 ところが、そこで妙なことが起きた。


 私の乏しい恋愛経験から引っ張り出したプロポーズの情景が、どういうわけか昔、自分がされたプロポーズとよく似ていたのである。


 20歳のときだった。


 相手は10歳年上。


 あの頃の私は、まさかその17年後、自分が37歳になったところで、ネットで知り合った17歳の女に男を持っていかれるとは夢にも思っていなかった。


 人生とは、なかなかよくできている。


 いや、できすぎている。


 そして小説の中の女も、なんとなく私と似たような年齢になっていた。


 これはいかん。


 こいつら、幸せにするのをやめようか。


 ちょっと不幸にしてやろうか。


 作者にはそういう権利がある。


 私はキーボードの前でしばらく考えた。


 ……いや。


 やめた。


 こいつらは幸せにしてやろう。


 しかも、とことんバカップルにしてやろう。


 この先、何十年でも二人で馬鹿をやっていればいい。


 なぜか。


 私自身がそうだからである。


 再婚して、現在の旦那もまあ、世間一般の分類では珍獣の部類に入ると思う。


 しかし、幸せにやっている。


 だから小説の二人にも、幸せになってもらう。


 作者が一度くらい、登場人物に人生の借りを返してもいいだろう。


 店には相変わらず客が来ない。


 雨もまだ降っている。


 私はまたChatGPTを開いた。


「ここ、筒井康隆っぽくして」


 すると画面の向こうの人工知能が、また私の妄想を文章にし始めた。


 店主は働いていない。


 客も来ない。


 だが、小説の中では若い男女が幸せになっている。


 飲食店としては致命的だが、物語としては、まあまあ繁盛している。


 そんなことでいいのかと思う。


 いいのだ。


 たぶん。


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