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異世界で「ママ」になりました。 ~最強ドラゴンと息子に懐かれすぎて、魔獣の楽園が完成しそうです~  作者: 寝不足魔王


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第7話:森の境界線と、銀色の訪問者

レイ:セナを慕う人間の少年。テイマーの素質あり。


ハル(ドラゴン):最強の龍の幼体。

 拠点である岩陰の家は、今日も穏やかな空気に包まれていた。

 セナは、昨日コボルトたちから分けてもらった、少し酸味の強い真っ赤な森の果実を煮詰めていた。パチパチと薪が爆ぜる音と、甘酸っぱい香りが室内に広がる。


「はい、ハルくん。熱いから気をつけてね」

「キュイッ!」


 少年の姿になったハルが、セナの差し出したスプーンをふーふーと冷まして口に運ぶ。

 その隣では、レイが真剣な顔で、セナに教わった通りに保存用の瓶を煮沸消毒していた。


「ママ、これでいい? 十数えたらお湯から出していいんだよね」

「そうよ、レイくん。丁寧な仕事ね。助かるわ」


 セナが微笑んでレイの頭を撫でると、レイは照れくさそうに、けれど誇らしげに胸を張った。

 そんな、どこにでもある家庭のひととき。

 それを破ったのは、森の奥から響いてきた、規則正しい金属の擦れる音だった。


 ハルがピクリと耳を動かし、レイの背後に隠れる。レイも咄嗟にセナの前に出た。


(……あら。この足音の響き、コボルトさんたちじゃないわね)


 セナは火を止め、エプロンで手を拭いながら入り口へと向かった。

 茂みをかき分けて現れたのは、磨き上げられた銀色の鎧を纏った一団だった。その数は十人ほど。中央には、一際豪華な意匠の施されたマントを羽織った青年が立っている。


 隣国の第三王子、ジルヴェール・ド・ラングレイ。

 彼は、失踪した国の守護龍を追ってこの禁忌の森へと足を踏み入れ、そこで目にした光景に言葉を失っていた。


 荒れ果てた魔の森の深奥に、突如として現れた「整然とした居住区」。

 美しく積み上げられた薪、清掃の行き届いた水場。そして何より、恐ろしい魔獣たちが跋扈するはずのこの場所で、エプロン姿の女性が穏やかに佇んでいる。


「……失礼。ここを管理しているのは、君か?」


 ジルヴェールが、困惑を隠せないまま声を上げた。

 騎士たちが警戒して剣の柄に手をかける。それを見たセナは、眉をひそめて一歩前に出た。


「ええ、そうです。お客様。……ですが、そのような物騒なものは、しまっていただけませんか? うちの子たちが怖がりますから。そこでお待ちいただけますか?」


 その声は、悲鳴でも怒号でもなかった。

 役所の窓口で、不備を指摘するような――あるいは、泥だらけで家に入ろうとする子供を叱るような、落ち着いた、それでいて拒絶を許さない響き。


 ジルヴェールは目を見開いた。

 王子である自分を前にして、これほどまでに堂々と「我が家のルール」を説く女性に、これまで出会ったことがなかった。


「……すまない。部下たちに敵意はない。私はジルヴェール。この森の調査に来た者だ」


 彼が合図を送ると、騎士たちは戸惑いながらも剣から手を離した。

 ジルヴェールの視線は、セナの背後で怯えるハルへと向かう。


「……やはり。その子は、我が国で姿を消した……」


「この子はハルくんです。私の家族ですよ」


 セナは遮るように言った。その瞳には、一歩も引かない強い意志が宿っている。

 ジルヴェールは、ハルを見て、それから再びセナを見た。


 彼の驚きは、ドラゴンの発見以上に、この「場所」そのものに向けられていた。

 過酷な辺境の地。自分たち騎士団ですら野営に苦労するこの森を、彼女はたった一人で(子供たちの助けはあるにせよ)、ここまで清潔に、機能的に整え、守っている。


「……信じられん。君は、魔法使いなのか? この森で、これほどまでに平穏な暮らしを維持しているとは」


「魔法なんて使えませんよ。ただ、毎日少しずつ整えているだけです。……段取りを組んで、やるべきことをやれば、どこだって暮らしていけますから」


 セナは、当たり前のことのように答えた。

 その凛とした立ち振る舞い。そして、彼女が作り出した、森の毒気さえも浄化してしまいそうな温かな空気。

 連日の激務と王宮の権力争いに疲弊していたジルヴェールにとって、それは眩しいほどの衝撃だった。


「……君のような人が、こんな場所にいたとは」


 ジルヴェールが、思わずといった様子で、一歩セナに歩み寄る。その瞳には、調査対象への視線を超えた、熱い関心が混じっていた。


「ママに近寄るな!!」


 鋭い叫び声と共に、レイがジルヴェールの前に立ちはだかった。

 レイは、腰に差していた木製の採取ナイフを構え、小さな体でセナを隠すようにして王子を睨みつける。


「あっち行け! 騎士様なんて大嫌いだ! ママに変な顔して近づかないで!」


 レイの猛烈なやきもち。

 セナは苦笑いして、レイの肩に手を置いた。


「レイくん、大丈夫よ。この方は、ちょっとお疲れなだけみたいだから」


 セナは、ジルヴェールの顔色の悪さ(寝不足と疲労)を見逃さなかった。

 彼女はお節介な「お母さん」の顔になり、溜息をついた。


「……お話し合いをするにしても、その顔色では無理ですね。ちょうどジャムが炊き上がったところです。……少し休んでいかれますか? もちろん、武器はそこに置いていくことが条件ですが」


 王子を「疲れた迷子」のように扱うセナ。

 ジルヴェールは、面食らったように立ち尽くしたが、やがてふっと肩の力を抜いた。


「……ああ。……不躾な訪問を、許してほしい」


 セナの「聖域」に、招かれざる、けれど拒めない訪問者が加わった。

 レイが王子を追い払おうと必死に唸る横で、セナは「さて、お茶の準備もしなきゃね」と、いつものようにテキパキと動き始めたのだった。


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