第6話:やきもちの嵐と、ママの特等席
拠点での生活が落ち着いてくると、セナの周りには自然と森の住人たちが集まるようになっていた。
コボルトたちが持ってくる木の実を仕分けたり、ハルが手伝ってくれる燻製作りの火加減を見たり。セナは持ち前の器用さで、次々と舞い込む「森の仕事」をこなしていく。
「ハルくん、火加減ばっちりね。ありがとう、助かるわ」
セナがハルの頭を撫でて微笑むと、ハルは嬉しそうに喉を鳴らして、セナの足元にぴったりと寄り添った。
そんな賑やかで忙しい昼下がり。セナはふと、少し離れた場所で丸まっているレイの姿に気づいた。
「レイくん、どうしたの? そんなところで」
声をかけると、レイはびくりと肩を揺らし、手に持っていた小さなカゴを隠すように後ろにやった。
「……なんでもない。セナさん、お仕事、楽しそうだね」
その声は、驚くほど小さくて、どこか湿っていた。
セナはハッとして、持っていたノートを置いた。レイの瞳には、こらえきれない寂しさが溜まっている。
「レイくん……ごめんね。私、また自分のことに夢中になっちゃってた?」
「……ううん。ハルはすごいもんね。火も出せるし、セナさんのお手伝いもいっぱいできるし。……僕、いなくても、セナさん困らないでしょ?」
ぽつりとこぼれた言葉に、セナの胸が締め付けられた。
レイは、セナを助けたくて一生懸命に森を歩き回り、カゴいっぱいに野いちごを集めてきていたのだ。けれど、セナがハルやコボルトたちとのやり取りに追われているのを見て、差し出すタイミングを失っていた。
「そんなこと、あるわけないじゃない! レイくん、こっちにおいで」
セナは両手を広げた。けれど、レイは首を振って、そのまま森の奥へと走り去ってしまった。
「レイくん!」
セナは慌てて後を追った。
少し進んだ先、大きな木陰でレイはうずくまっていた。拾った野いちごが地面にこぼれ、赤い果汁が彼の指を染めている。
「……ごめんね、レイくん。本当にごめんね」
セナはレイを後ろから包み込むように抱きしめた。
仕事ができるとか、役に立つとか、そんなことはどうでもよかった。目の前で泣きそうな顔をしているこの子を、笑顔にしてあげられない自分に腹が立った。
「私、レイくんが隣にいてくれないと、寂しくて何も手につかなくなっちゃうわ。ハルくんも大事だけど、レイくんは私にとって、何にも代えられない特別な子なのよ」
「……うそだ。セナさん、さっきハルのことばっかり見てた」
「それは私がバカだったからよ。一生懸命にいちごを摘んできてくれたのに、気づかなくてごめんね。……レイくん、私を見て」
セナはレイの体を自分の方へ向かせ、涙で汚れた頬を優しく指で拭った。
「誰が何を言おうと、私の隣はレイくんの特等席なの。ハルくんにも、王子様が来たって譲らないわよ。……だから、そんなに悲しい顔しないで? ママが泣きたくなっちゃう」
セナの温かい腕の中で、レイは堰を切ったように泣き出した。
セナの服をぎゅっと握りしめ、子供らしく声を上げて。
セナは彼が落ち着くまで、何度も、何度も背中をさすり続けた。
「……セナさん、大好き」
「私も大好きよ、レイくん。……さあ、少し落ち着いた? 今日はもうお仕事はおしまい。三人で、このいちごを食べましょうか」
遅れてやってきたハルが、申し訳なさそうにレイの膝に鼻先を寄せた。
レイは少し照れくさそうに笑って、ハルの頭を撫でる。
「ハル、ごめんね。……一緒に食べよう」
セナはリュックから、大切に取っておいた一枚の板チョコを取り出した。
それを細かく割って、レイが拾った野いちごと一緒に口に運んであげる。
「甘い……美味しいね、セナさん」
「ふふ、でしょ? こうして三人で笑って食べるのが、一番のご褒美なんだから」
セナはレイとハルを両脇に抱き寄せ、夕暮れ前の静かな森に身を委ねた。
ノートに書かれた数字よりも、目の前の二人の笑顔の方がずっと大切だ。
セナは心の中で、自分に厳しく言い聞かせた。
(定時に帰るとか、効率がいいとか、そんなことより先にやることがあるわね。……この子たちの手を、絶対に離さないこと)
レイは、安心しきったようにセナの腕の中でまどろみ始めた。
小さな騎士様は、眠りの中で「僕がママを守るんだ」と呟いた。
セナはその声を逃さず聞き届け、愛おしそうにその額にキスをしたのだった。




