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異世界で「ママ」になりました。 ~最強ドラゴンと息子に懐かれすぎて、魔獣の楽園が完成しそうです~  作者: 寝不足魔王


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第39話:二人の騎士と、お母さんの膝枕

 北の境界線での激闘、そしてメルディとロレッタによる懸命な処置から明けた翌朝。

 聖域を包んでいた殺気立った冷気は完全に鳴りを潜め、冬を前にした森は、嵐の後のような穏やかな静寂に包まれていた。


「……さて。昨日、出荷ラインが少し凍りついていたから、解凍作業と設備の再点検チェックのスケジュールを……」


 セナがいつもの癖で事務机に向かい、羽ペンを手に取ろうとしたその時だった。


「……セナ殿。昨夜の申し送り事項、お忘れですか?」


 背後から、氷のように冷ややか、かつ慈愛に満ちたメルディの声が響いた。振り返れば、眼鏡を光らせた彼女が腕組みをして立っている。


「本日は『全生体資産の強制休養日』です。……管理責任者であるあなたも例外ではありません。……ペンを置きなさい。これは医療従事者としての業務命令です」


「……あ、……はい。……すみません」


 セナは、物流センターの厳しい上司に詰められた時のような手際で、即座に羽ペンを置いて両手を上げた。事務職の性として、専門職の正論には逆らえない。

 セナが苦笑いしながら立ち上がった瞬間、廊下からバタバタと、けれどどこか心許ない足音が近づいてきた。


「……ママ、……おはよ」


「ママ……。……お仕事、……してない?」


 パジャマ姿のまま、まだ寝癖を爆発させたレイとハルが、お互いに肩を寄せ合うようにして部屋に入ってきた。

 昨日の戦い、そして新しい杖を振るった疲労がまだ残っているのか、二人の足取りは少しだけふらついている。だが、その瞳には、一晩離れていた母親への「飢え」がはっきりと浮かんでいた。


「おはよう、レイくん、ハルくん。……ええ、今日はメルディさんに怒られちゃったから、お仕事は完全にシャットダウンよ」


 セナが両腕を広げると、二人は申し合わせたように駆け出し、セナの腰に同時進行でしがみついた。


「……よかった。……ママ、ずっと机に座ってるから、……寂しかったんだ」


 レイがセナの服に顔を埋め、くぐもった声で漏らす。王都で「騎士」として背伸びをし、境界線で「指揮官」として振る舞った少年は、今、ただの六歳の子供に戻っていた。


「……ママ。……ハルも。……ハルも、ぎゅってして」


 少年の姿をしたハルも、龍の威厳などどこへやら、セナの反対側の腕に潜り込み、冷えた鼻先をセナの首筋に押し当てる。

 セナは二人をまとめて抱き寄せ、そのまま居間の大きなソファへと移動した。


「……よしよし。……怖かったわね、寒かったわね。……今日は一日、こうしていましょうか」


 セナがソファに深く腰を下ろすと、レイはセナの右膝に、ハルは左膝に、それぞれ迷うことなく頭を乗せた。いわゆる「ダブル膝枕」の体制だ。

 セナは、二人の柔らかい髪に指を通し、ゆっくりと撫で始めた。


「……ママの手、あったかい。……昨日の森は、すっごく冷たくて、……僕、本当は少しだけ、怖かったんだ」


 レイが、目を閉じたままぽつりと本音をこぼした。

 新しい杖を手に入れ、魔法で敵を退けた勇姿。けれど、その裏側には、自分の魔法が通用しなかった時の絶望や、大切な聖域が凍りついていく恐怖が、澱のように溜まっていたのだ。


「……怖くても、あなたは逃げなかった。……立派だったわよ、レイくん。……でも、ここでは怖がっていいの。……だってお母さんの前なんだもの」


「……うん、……えへへ」


 レイはセナの手のひらに頬を擦り寄せ、満足げに笑った。

 反対側では、ハルがセナの指先を甘噛みするようにして、静かに喉を鳴らしていた。


「……ママ。……ハルも、レイを守るの、大変だった。……でも、ママが、……ママが笑ってくれるなら、……僕、また頑張れるよ」


「ハルくん。……あなたも、レイくんを支えてくれてありがとう。……あなたは、世界で一番優しくて、かっこいい守護龍よ」


 セナの言葉に、ハルの頬がほんのりと赤くなる。

 二人は、セナの体温と、頭を撫でられる一定のリズムに、次第にとろとろと溶けていくような表情になっていった。


 そこへ、キッチンから甘い香りを漂わせながら、ロレッタがトレイを持って現れた。


「はわわ~、お熱いところ失礼しますぅ~! ……頑張った二人の騎士様と、お疲れのお母さんのために、特製のとろとろプリンを持ってきましたよぉ~!」


 王都で買ってきた高級な卵と、聖域の豊かなミルク。そこにハチミツをたっぷりかけた、ロレッタ自慢のスイーツだ。


「わあぁ……! プリンだ! ……ハル、起きろよ、プリンだぞ!」


「……プリン、……食べる。……あーん、して」


 ハルがセナの膝に乗ったまま、無防備に口を開ける。セナは苦笑しながら、スプーンで一口ずつ、丁寧に二人の口へと運んであげた。

 甘い幸せが口いっぱいに広がるたび、二人の顔から戦いの影が消え、子供らしい無邪気な輝きが戻っていく。


 食べ終えた頃には、部屋の中に差し込む日差しも暖かくなり、心地よい眠気が一同を襲い始めた。


「ママ、……行かないでね」


「……ずっと、……そばに、いて」


 レイとハルは、セナの両手をそれぞれしっかりと握ったまま、再び夢の中へと滑り落ちていった。

 セナは、動けなくなった自分の状況を、事務的に分析してみる。

 

(……現在、両膝が完全占拠。……両腕の自由度、ゼロ。……でも、この『滞留スタック』、……ちっとも嫌じゃないわね)


 セナは、二人の寝顔を見つめながら、改めて自らに誓った。

 この子たちが、何の憂いもなくこうして甘えていられる世界を、私は絶対に守り抜かなければならない。

 たとえ次にどんな「不備」が襲ってこようとも、事務員の知恵と、お母さんの愛の在庫は、決して切らすことはないのだと。


 やがて、セナも二人の規則正しい寝息に誘われ、そっと目を閉じた。


 管理日誌:『第三十九案件:生体資産の徹底甘やかし、および完全静養。

 特記事項:レイくん、ハルくんによる膝枕の同時占有を確認。

 ……二人の騎士は、鎧を脱げば、ただの可愛い甘えん坊。

 ……在庫:幸せな寝息、計測不能なほど多数。

 ……お母さんの仕事は、戦うことだけじゃない。

 ……この子たちの心の温度を、適正に保ってあげること。

 ……明日は、少しだけ森の様子を見に行きましょうか。

 ……本日の残業、なし。……おやすみなさい。』


 聖域の拠点を守る柔らかな光の中で、三人はいつまでも、深い、深い安らぎの中に身を浸していた。


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