第10話:暫定提携と、五人の賑やかな食卓
メルディ:キリッとした「しっかり者の長女」
ロレッタ:ふわふわした「愛されキャラの次女」
辺境の森に、新しい朝が訪れる。
かつてはセナとレイ、そしてハルの三人だけだった岩陰の拠点は、今や五人の笑い声が響く賑やかな「我が家」へと姿を変えていた。
「はい、ハルくん。寝癖がすごいわよ。じっとしててね」
「キュイッ!」
セナは、少年の姿でまどろんでいるハルの頭をやさしく撫で、クシで丁寧に鱗の混じった髪を整えていく。ハルは気持ちよさそうに目を細め、セナの膝の上に頭を預けていた。
「ママ、僕の靴下片方知らない? ……あ、ロレッタさんが持っていっちゃった!」
「きゃ〜、レイくん! この靴下、穴が開いてますぅ。私が繕ってあげますから、こっちに来てください〜!」
桃色の髪を揺らしたロレッタが、逃げるレイを追いかけて室内を走り回る。子供が大好きな彼女にとって、レイとハルは目に入れても痛くないほど愛おしい存在らしい。
「ロレッタ、朝から騒がないの。……セナ殿、申し訳ありません。うちの者がお騒がせして。……はい、こちらが今朝の薬品在庫と、森の住人たちの健康観察記録です」
銀縁の眼鏡を光らせたメルディが、ビシッと背筋を伸ばしてセナに書類(セナが教えた書式)を手渡す。彼女はセナの「管理能力」を師と仰ぎ、今や楽園の優秀な右腕として、完璧な実務をこなしていた。
「ありがとう、メルディさん。……さあ、みんな! 朝ごはんが冷めちゃうわよ。席について!」
セナの明るい号令で、五人がテーブルを囲む。
今日のメニューは、届いたばかりの新鮮な卵を使ったオムレツと、ハルが焼いた香ばしいパン、そしてロレッタが摘んできたベリーのサラダだ。
「おいしい……! セナさんのご飯は、やっぱり世界一ですぅ……」
「……同感ですね。この栄養バランスと味の調和、王宮の専属料理人でも敵わないでしょう」
メルディとロレッタが幸せそうに頬張り、レイとハルも競い合うように食べている。
セナはそんな四人の姿を眺めながら、自分も一口、オムレツを口にした。
前世では、一人でコンビニ弁当を食べていた月曜日の朝。今は、守るべき家族がこんなに増えて、賑やかで、温かい。
(……事務職の基本は『リソースの最大活用』だけど、この『幸福感』だけは計算式には入らないわね)
セナが微笑みながら紅茶を淹れていると、拠点の外から馬の嘶きが聞こえてきた。
現れたのは、ジルヴェール王子の紋章を背負った使者の騎士団だった。彼らの馬車には、前回の約束通り、山のような物資が積まれている。
「セナ殿。ジルヴェール殿下より、約束の品と……この書状を」
使者が恭しく差し出したのは、重厚な封蝋がなされた一通の書面。
セナはそれを受け取り、メルディが見守る中で丁寧に開封した。
『辺境聖域管理・暫定提携書』
そこには、セナをこの森の「正当な管理者」として隣国が正式に認め、守護龍ハルの育成と保護を全面的に委託する旨が、格調高い文章で記されていた。
さらには、ここを「聖域」として不可侵領域とし、隣国が定期的に生活物資を供給し続けるという、セナにとってこれ以上ないほど「ホワイトな契約内容」だった。
「……正式な提携書ね。これで、誰に文句を言われることもなく、この子たちを守っていけるわ」
セナは安堵の息を吐いた。事務職として、形に残る「契約」の重みを知っているからこそ、この一枚の紙が持つ価値が痛いほどわかる。
「セナ殿、……そしてメルディ、ロレッタ。殿下からは、もし任務が辛ければ、いつでも王宮へ戻る準備を整えるようにと言い含められております。……いかがいたしますか?」
使者の問いに、真っ先に反応したのはロレッタだった。
「帰りません〜! 絶対に帰りません! 私、セナさんの美味しいご飯と、レイくんとハルくんに毎日会えないなんて、耐えられません〜!」
ロレッタはレイとハルを両脇からぎゅっと抱きしめ、頬ずりをして抗議する。レイが「わぁ、苦しいよロレッタさん!」と顔を赤くして暴れるが、彼女は離さない。
メルディもまた、眼鏡をクイッと上げ、毅然と言い放った。
「……私も同意見です。セナ殿の管理術は、王宮のどの部署よりも合理的で、かつ慈愛に満ちています。ここで学ぶべきことは山ほどありますし……何より、私もこの『家族』の一員でありたいと願っておりますから」
セナは、二人の言葉に胸が熱くなるのを感じた。
最初は「専門職」としてやってきた彼女たちが、今では損得勘定抜きで、この場所を愛してくれている。
「……あらあら。じゃあ、使者さん。王子にはこう伝えてください。……『うちの従業員は、誰一人として退職願(辞表)を出すつもりはありません』って」
セナの冗談めかした言葉に、騎士たちは驚いた後、清々しい笑みを浮かべて一礼した。
物資の搬入を終え、使者たちが帰路につくのを見送った後、セナは届いたばかりの「塩」を手に取った。
隣国の危機――魔獣の足音は、確実に近づいている。
けれど、今のセナには、共に戦い、共に守る仲間がいる。
「さあ、今夜は提携記念のお祝いよ! 届いた塩で、とっておきの御馳走を作るわね!」
「やったぁ! ママのご飯だ!」
「キュイッ!!」
レイとハルが飛び跳ね、メルディとロレッタも手伝いのために袖をまくる。
夕闇が迫る森の中で、セナの拠点からは、どんな宝石よりも輝かしい、温かな灯火が漏れていた。
セナは管理日誌の最後に、力強い筆致でこう書き加えた。
『第十案件:隣国との正式提携、無事締結。
家族構成:五人。そして森の友人たち。
特記事項:幸福度の在庫は、現在、過去最高値を更新中。……明日も、みんなで定時に笑いましょう』
魔獣の楽園は、お母さんの慈愛と、新しい家族の絆を糧に、不滅の聖域へとその根を深く、強く、張り巡らせていく。
セナの異世界物語は、ここからまた、新しい章へと進んでいくのだった。




