魔法少女の娘
母が魔法少女だった。
もう少女とは言えない年齢での活躍ではあったが、母の作り出す魔法はとても輝いていて、可愛くて、そして強かった。
私は母を非常に尊敬していた。
自慢の母だった。
「絶対負けない! みんなを守るの!!」
ニュースで何度も見た母親の戦う姿。そして、皆を安心させるように何度も繰り返し言う言葉。
「あなたが生きやすいような世界を、お母さんは作るからね」
私の頭を撫でながら、母は何度も呟いていた。
母はとても強かった。でも、完璧では無かった。
何度も怪我をしながら、弱音も吐かずに毎日戦っていた。
腹部にも、腕にも、太ももにも消えない傷が残っていた。治癒と損傷を繰り返していた。
常に痛みを堪えながら戦っていた。
母一人で戦い、守っていた。
しかし、限界が来てしまった。
深手を負っている中で、瓦礫に押しつぶされそうになっている3人家族を救おうとした。
母親、父親は辛うじて救えた。しかし、子供は救いきれなかった。大きな瓦礫からは3人とも守ることができたが、割れた小さな瓦礫が子供の頭部に勢いよく当たってしまった。
痛い痛いと泣く子供を母親と父親は撫でていた。早く安全なところに避難してくれれば良いものの、同じ場所に留まり、子供の頭を撫でていた。更に魔法少女である母を非難した。大きな瓦礫に押しつぶされないよう、まだ必死に支えている母に向かって。それでも母はなんとか耐え、その場では3人を守った。しかし、脳にダメージを受けてしまった子どもは後に亡くなってしまう。
「どうして幼い子供を守れなかったのか」
「魔法少女なのだから、身を犠牲にして守るべきなのに」
亡くなった子供の両親だけでなく、世間が母親を責めた。
体は傷だらけだった。そして、内蔵も骨も傷を負っていたが、魔法少女である母は耐えて耐えて耐えて戦っていた。
魔法少女の魔力である程度傷はカバーできるが、それ以上の傷を負っていた。出血多量、そして傷口から菌が入り全身に回ってしまい身体は限界を迎えた。どんなに身を犠牲にしても、更に犠牲を強いる世間。生きることに絶望してしまった母は、復活することなくこの世を去った。
「貴女の過ごす世界を、良くしたかったのに」
母が最期に残した言葉。
優しく頭を撫でてくれた母は、母が命懸けで守ったみんなに殺された。
私は皆が憎かった。
母を殺した皆が。
守られておきながら、もっともっと犠牲を強いて。母を糾弾することで、正義だと勘違いしている愚かな皆が憎い。
本当は戦いなんてしないで、もっとそばに居て欲しかった。お母さんの手料理をもっと食べたかったし、一緒に手を繋いで一日中遊園地を満喫してみたかった。
皆は当たり前に経験したことがあることも、魔法少女の娘である自分は経験したことが無かった。いつでも敵が現れてしまう。そこに母はいつでも駆けつけ、皆を守るのだ。
母の息が、心臓が止まった瞬間、私と母はピンク色の光に包まれた。
ピンク色の光は魔法少女の魔力そのものだと直感した。優しく、一生懸命に己を犠牲にしながら他者を守る魔法少女であった母。
そんな母にしたこの力が憎かった。
この力が無ければ普通の母親で居てくれたかもしれない。
この力が無ければ周囲も特別な人間だと思わず、無茶な要求をしなかったかもしれない。
この力と、そして守られて当たり前だと思っている傲慢な皆がとにかく憎くて仕方なかった。
胸の奥がひどく冷たく、でもひどく熱くなる。苦痛でもあるし、快楽でもある。
非常に矛盾した感覚。
そして、圧倒的な破滅的衝動。
これが憎悪という感情か。
そう自覚した瞬間、ピンク色の光はまるで溶岩のように重さを持ち、ドロドロと溶けるように動いている。そしてゆっくりと絡みつくように足先からゆっくりと腹部へと這い上がっていく。ゆっくり、ゆっくりと胸から頭へと私を飲み込んでいく。
憎悪が私を飲み込んでいく。
《貴女の過ごす世界を、良くしたかったのに》
母の死に際の言葉が蘇る。
《痛い、辛い、もう魔法少女なんて辞めたい》
《頑張っているのに、もう押しつぶされそう》
《それでも、娘の世界を良くしなきゃ》
母の声が聞こえる。
悲痛な叫び。
母の想いと願いがこの力に染み付いているのだろう。母親を犠牲にしたこの力と、皆が憎い。この力に飲み込まれてたまるか。そう思って黒いドロドロとしたものに噛み付いた。
アメリカのお菓子よりもずっとずっと甘い。舌にも喉にもまとわりつくような甘さ。思わず嘔吐してしまいそうになるが、なんとか飲み込む。
嘔吐しそうになるが我慢し、飲み込む。これを何度も繰り返した。涙を堪えきれず、涙が流れてしまうが拭うこともせず、無我夢中で飲み込んだ。
なんとか飲み込んだ頃には自分の姿は母と同じ魔法少女になっていた。
甘くて可愛いロリポップキャンディのような、可愛らしいフリフリの衣装を身に付けていた。胸元に白い大きなリボンと、膝丈のふんわりとしたワンピース。可愛らしいピンク色の光沢のある布地と、たっぷりとフリルが施されていた。
そして、闘いやすく動きやすいようにポニーテールに言われていた。また、髪も白いリボンがついている。
母と同じ可愛い魔法少女の姿。
皆を守るために闘った母を壊した皆を、今度は私の手で壊そう。
住所も分からないのに、何故かあの家族の家への道が分かる。普通の人間ならありえない事だが、不可能を可能にするのが魔法少女だ。原理は分からないが、彼らが何処にいるのかが分かった。
彼らの元へと走るが、有り得ない程早く、そして1歩が遠くまで進む。まるで電動自転車を漕いでいるかのように、1歩を踏み出すと自分は全く意識していないのに、勝手に勢いよく前に進む。
今までの普通の人間であった私ならきっと、電車に15分ほど揺らされてようやく到着する場所に、自分の足だけで3分程度で到着した。
小さな一軒家があった。比較的新しいシンプルな作りの家。
当然鍵がかかっている。
鍵にそっと手をかざすと黒くドロドロとした魔力熱を持ち、鍵があった部分を溶かしていく。ドアを軽く押すと簡単に開いた。
「魔法少女が本日、ご逝去いたしました」
「長年、この街を守ってくれていた魔法少女。しかし、子供を守ることができませんでした」
テレビの中のアナウンサーが話している。
母をこんな簡単に語るなんて許せない。
「この女が、私の可愛い子をちゃんと守ってさえいてくれたら」
「今もここで一緒に晩御飯を食べていたのにな。許せない」
母に守られたあの両親は、守られたことには感謝せず母を恨んでいる。
「ねぇ、そんなに言うなら自分で守れば良かったんじゃないの?」
テレビの方を向いていた両親はこちらを振り向いた。
「お前⋯⋯、死んだはずじゃ」
父親は顔を蒼白くさせながら声を絞り出す。
「どうして、どうしてあの子を救ってくれなかったの!!そうでなくちゃ、あんたのいる意味はなに!?」
母親はこちらを睨みながら、手にしていたお茶をこちらに投げてきた。
熱湯に近い熱いお茶。しかし、お茶は私の肌に当たった瞬間、ジュッ⋯⋯と音を立てながら蒸発した。
「子供子供って言うけど、魔法少女の子供のことは考えないの? なんで自分のことだけしかみんな考えないの?」
ずっと疑問だった。どうして魔法少女にも子どもがいることを考えないのか。
「だって、私たちを守るために魔法少女がいるんでしょ? 魔法少女が子供がいるかなんてどうでも良いわ!」
亡くなった子どもの物であろう小さな汚れたリュックを強く抱きながら涙を浮かべ、訴える。
まるで悲劇の主人公のように、世界中で最も苦痛なのは自分であるかのように目の前の人間は訴えているが、私自身も肉親を亡くしている。同じ状況であるが、子供と親に向けては憐れみの視線が世間から向けられている。しかし、母は亡くなったにも関わらず非難されている。
「本当に皆自分のことばっかり」
母が必死に守ってきた皆が馬鹿らしかった。
こんな馬鹿らしい皆を必死に守ってきた母は憐れだった。
「あんたさえちゃんと守ってくれていたら、今も一緒にいれたのに」
母と見分けすらつかないこの女を生かす必要はあるだろうか?
母のことはあくまで魔法少女としか思っていないのだろう。母個人のことは考えず、あくまでも自分を守ってくれる魔法少女としか思っていないのだろう。
「そんなに子どもと会いたいなら会わせてあげるよ」
その言葉に、両親は目を見開きながらこちらを期待に満ちた眼差しをこちらに向ける。
私の胸元にある白い大きなリボンがひとりでに動き、母親の首へと巻き付く。そして、ゆっくりと確実にきつく締め上げていく。一気に締めると首の骨は砕け、脳に血液が行かず酸欠状態となり苦しまずに逝けるだろう。しかし、そんなことは許さない。顔は赤黒く変色し、口をパクパクを動かしており声にならない声が口から零れている。首に巻きついたリボンを解こうと必死に掻きむしっているが、首元に傷が作られるのみで全く緩まず、白いリボンが赤く変色するだけだった。
状況を受け入れられずに、ぼーっとしていた夫はようやく妻を攻撃されていると気づきリボンを外そうと躍起にやっているが1mmも緩まない。
赤黒かった妻の顔は青紫色に変わり、立つことも出来ず床に横たわっている。体をピクピクと震わしながら、口を大きく開け呼吸をしようと顎が外れるほど大きく呼吸をしようとしているが叶わない。
目を見開き血走った目のまま動きは止まった。
夫が揺さぶるが全く反応しない。瞬きすることも、呼吸をすることも無い。ようやく妻を助けることは出来ないと悟ったのか、こちらに向かって走り寄ってくる。
「お願いだ、妻を……」
縋りつこうとしているのか、両腕をこちらに伸ばしながら力なく走り寄ってくる。
「もう死んでいるよ」
事実を教えてあげる。もう呼吸はしていないし、触れても脈も触れず、聴診器があったとしてと呼吸の音も聞こえないだろう。瞳孔も散瞳しているはずだ。
「どうして……妻を殺した!! なんの罪もない妻を!!!」
近くに転がっていたリモコンを力強くこちらに投げてくる。しかし、防御が働き透明の何か見えない物に当たり床に再び転がり落ちた。
後ろの妻の首を縛っていたリボンはするりするりと動き、音もないまま夫の首へと巻き付く。
「どうして……まほ……しょ……じょなのに」
絶望と驚きと怒りと悲しみの全てが混ざった表情でこちらを見る。自分を守るべき魔法少女が何故、自分を攻撃しているのかが分からない、そう言おうとしている。しかし、喉を絞められ上手く言葉にできない。
「まだ気づかないの?」
子どもは救えなかったかもしれないが、目の前にいる両親は間違いなく母に救われたはずだ。それでも、助けてもらった魔法少女と私の見分けがつかない事にも、助けて貰って当たり前だという考えにも苛立ちが隠せない。
「私は魔法少女じゃない。魔法少女の娘だよ」
そう呟いたが、目の前の死体には届かなかったようだ。




