魔女フローラとレムル-3
魔女フローラとレムル-3
レムルは何も考えずに走っていた。
森を抜け、街道に出て、それでも走った。走り続けて、流石に息が切れて、その場にしゃがんでしまった。
レムルは後悔した。フローラに馬鹿と言ってしまったことを。走り続けたのは、怒っていたからだけではない。フローラは彼女の恩人であり、師であり、そして・・・母であった。
自分が発した言葉に対して、とても後ろめたくなってしまったのだ。
「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい」
レムルはしゃがみながら、呟き続けていた。
レギウスは、そんなしゃがみ込んでいた居たレムルに、ようやく追いついた。呟き続けているレムルの前に、レギウスもしゃがんで、覗き込んで言った。
「大丈夫?」
レムルは涙目で、レギウスを見つめて、呟くように言った。
「・・・私・・・フローラに謝らなきゃ。馬鹿・・・なんて言っちゃって・・・」
レギウスは、内心で驚いた。正直なところ、あの状況なら、それぐらい言いたくもなるはずだ。それなのに、レムルは、その一言を言っただけで、これほど後悔している。
(本当に、似てない母娘だな・・・)
と、思いつつ、レムルを励ました。
「・・・そうだね。謝りに戻ろう。そうして、もう一度頼み込もう。きっと、分かってくれるさ」
レギウスがレムルの手を取って、一緒に立とうとした、その時だった。
「お!?すげえいい女が居るぞ!」
明らかに、タチの悪そうな言葉が聞こえた。そちらを見ると、どう考えてもタチの悪そうな野盗と思しき集団が居た。国中が内乱状態であり、こういった野盗が各地に出没している。
レムルはフローラから魔術の手ほどきを受けているので、普段であれば、この程度であれば対処できる。だが、現在の彼女は、メンタルがガタついており、そういったことが出来る状況ではない。レギウスも今は丸腰だ。
ジリジリと近寄ってくる野盗たちに向かい合って、レギウスはレムルを庇うように立つ。
相手は武装しており、10人ほど居る。2、3人なら何とか出来たかもしれないが、レムルを庇いつつ、この人数を相手にするのは難しい。
レムルを抱えて逃げるか?何とかレムルを逃がして、自分がここで足止めするか?レギウスが逡巡していた、その時だった。
上空から一人の女が降りてきた。フローラだ。凄まじい殺気を感じる。レギウスは鳥肌が立った。
野盗は一瞬だけ、もう一人の美女が登場したことに喜んだ。だが、一瞬だけだった。
フローラが、凄まじい魔力を練り上げ、巨大な火球を見せつけるように作り出したのだ。フローラが轟くような声で、警告する。
「一歩でも足を進めてみろ!灰燼に帰すと知れ!私の娘に、手を出すな!」
野盗は、その言葉を試す気にはならなかった。その場から、走って逃げて行った。
野盗は幸運だった。レムルの前でなければ、警告もなしに灰になっていただろう。
野盗が逃げ去ったあとで、フローラはレムルを振り返った。レムルは、涙目でフローラに言った。
「ごめんなさい。馬鹿、なんて言っちゃって・・・」
フローラは、何も言わずに、気まずそうに笑った。
・・・・
あれから三人は話し合った。フローラは、さんざん渋ったが、二人の熱意が動かせないと分かると、とうとう、諦めた。
数日後に、引っ越しの準備をして、レムルの荷物を馬車に乗せた。さんざんフローラが馬の骨となじったレギウスだったが、実は高名な家の出身だったことが判明した。とりあえずレムルが不自由することはないだろう。
フローラは、相変わらず嫌そうな目でレギウスを睨んで言う。
「レギウス!アンタ、レムルを泣かせたら、承知しないからね!なんかあったら、いつでも灰にしてやるから!」
「フローラ様!絶対にそんなことはなりません。レムルは絶対に幸せにします!」
レギウスは心からそう誓った。レムルには完全に惚れていたし、フローラは脅しでなく、本当にやると確信していたからだ。
フローラは、悲しそうな顔をして、レムルを見つめて言った。
「・・・レムル、帰って来たかったら、いつでも帰ってきていいからね。レギウスが何かやったら、いつでも言いなさい。灰にしてやるから」
レムルも、涙を浮かべて、フローラに、礼を言う。
「子供のころ・・・助けてくれて、育ててくれて、本当に、本当にありがとうございました」
レムルはフローラに抱きついて、続ける。
「助けに来てくれた時に、娘、って言ってくれて、本当に嬉しかった。ありがとう・・・お母さん」
フローラは、黙ってレムルの頭を優しく撫でた。
フローラは、二人の乗る馬車を見送っている。涙を流していた。今まで我慢していたのだ。
これを機に、フローラの性格が変わった。などという事は無かった。相変わらず高慢で、高飛車で、プライドが高く、冷酷だった。
だが、これ以降、黒髪の美女を漁ることだけは、一切無くなった。




