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ルミナリエ書庫

ルミナリアの町の中心、塔のすぐそばに立つ大きな建物。それが「ルミナリエ書庫」だった。

 石造りの外壁には蔦が絡まり、窓ガラスは薄く虹色に輝く。

 その光は、太陽の角度によって色を変え、まるで書庫そのものが生きているかのように見えた。


 ヒカルは駆け足で階段を上り、扉の前に立つ。扉は重厚な木製で、奇妙な文様が刻まれている。触れると微かに振動が伝わり、心の奥がそわそわと落ち着かない感覚になる。


「……ここが、ルミナリエ書庫か…」

 ヒカルは深呼吸して扉を押した。中に入ると、薄暗い空間に無数の書棚が並ぶ。棚の高さは天井を超え、上の方では本が宙に浮かんでいるかのように見えた。紙の匂いと微かな魔力の残香が混ざり合い、時間の感覚が曖昧になる。


 書棚の間を歩くたび、ページのささやき声が耳に届く。

 「心の力とは……」「共鳴の歴史……」「感情の循環……」

 それはまるで書庫自体が、ヒカルの胸の中に語りかけてくるようだった。


 奥へ進むと、円形の空間に出た。

 そこには巨大な書架が中央にそびえ、周囲に浮かぶ光の玉がゆっくりと回転している。

 玉に触れると、ほんの一瞬だけ塔の感覚や人々の感情の脈動が波のように伝わってくる。


「すごい……」

 ヒカルは息を呑む。

 ここには、ルミナリアの歴史、エンハートの仕組み、かつての人々の生活や感情の流れ、そしてヴェルザーク帝国による支配の痕跡までもがすべて記録されている。

目に留まったのは、厚い羊皮紙の本。表紙には金の文字でこう刻まれていた。


 《エンハートの心》


 手に取ると、本が微かに震え、ページが自らめくれ始める。

瞬間、視界が白く弾けた。


 ――映像が流れ込む。


 それは遥か昔のルミナリア。

まだ塔が今のように高くそびえていなかった時代。人々が手を取り合い、感情を交わしながら、光を生み出していた。


 “魔法塔(エンハート)”はもともと町の心臓ではなかった。

 町そのものが、人の心の共鳴によって生まれた巨大な“意志の結晶”だったのだ。

 喜び、悲しみ、怒り、祈り――あらゆる感情が重なり、それをまとめ上げたのが、塔の中心にある“心のコア・ルミナ”。


「…心核(コア・ルミナ)?」

新しい言葉が出てきた。グレンもこの心核(コア・ルミナ)については何も言ってなかった。


「みんな知らないのか…?」


すると、頭に突然言葉が流れ込んできた。


ー''塔の力の源であり、町ルミナリア全体の

“心”と繋がる中枢装置。

人々の感情を受け取り、それを“光”とし

て変換・循環させる。

塔が動くのは魔法ではなく、「人々の想

い」が流れ込むため。''ー


「反応していたのは塔自体ではなくこの心核(コア・ルミナ)だったのか。」



ー''そう。しかし、ヴェルザーク帝国が侵攻

した際にこの''心核コア・ルミナ''は

封印され、「共鳴」の力を抑え込むための

“制御結晶”が埋め込まれた。それ以来、

塔は本来の調和を失い、“感情を閉ざした

町”が生まれた''ー


「おぉ、そこまで説明してくれるんだ、ありがとう。なるほど、この封印されてた心核(コア・ルミナ)があの時反応したというわけか。確かに、封印されてたのが反応したらヴェルザーク帝国もびっくりだよな。

でも、あの魔法塔(エンハート)は、人の感情で心臓になったのか」


 ヒカルが一人で喋っていると、どこからともなく声が応える。

 それは誰のものでもない声。


『そう。塔は、心を映す鏡。

だが、怒りと恐れが溢れれば、光は闇へと転じる。それが“暴走”――エンハートの影。』


 「えっ、誰?」

しかし、ヒカルはこの言葉に胸が締めつけられた。

 ――自分の中にも、そんな影があった。

リートを守ろうとした時、確かに心が叫び、塔が反応した。あの光の爆発も、この“心の鏡”が映し出した結果なのか。


『君の力もまた、魔法塔(エンハート)の一部。

心のエンソウルは、塔と同じ原理で動く。人が信じ、想い合うほど、その光は安らぎをもたらす。だが、恐怖に支配されれば、世界すら焼き尽くす。』


 声が途切れると、球体は静かに沈黙した。

 残されたのは、光の残滓と、胸に残る熱だけ。


「……つまり、俺が変われば、塔も変わるってことか。やっぱり、もっと知る必要がある」


 ヒカルは息を整え、拳を握る。

 感情を押し殺すのではなく、どう向き合うかが鍵なのだ。町を守るためには、自分の心を理解すること。


 ふと書庫の奥の壁に目がいった。古い碑文が刻まれていた。ヒカルはそれを指でなぞる。


『心の光は、ひとりでは灯らず。

 二つの想いが重なりし時、塔は真の調べを奏でる。』


ヒカルは指先で碑文をなぞりながら、その言葉の意味を噛みしめた。

 ――二つの想い。

 その響きに、胸の奥が微かに疼く。


あの時の光景が脳裏をよぎった。リートがくすりと笑いかけた時、塔が反応してヴェルザークの兵たちが襲来した。


 どうして、あの時だけ……?


 セリアと出会ったときも彼女は歌っていた。

それでもエンハートは、何の反応も示さなかった。

 ヒカルは額に手を当て、ゆっくりと息を吐く。

 ――違いは、なんだ?


 リートの笑顔。セリアの歌。

 どちらも“心”から生まれたはずなのに、塔が応えたのはリートの笑顔だけ。


「まるで……俺の心が、誰かの想いに触れた時だけ、反応するみたいだ」


 呟いた声が書庫の静寂に溶けていく。

 塔が“二つの想い”を求めているのなら――

 エンハートは、誰かと心を重ねた瞬間にこそ動き出すのかもしれない。


 けれど、その“誰か”がリートなのだとしたら。そしてその時、帝国の兵が来たという事実が、ヒカルの胸を重くした。


「……偶然、じゃない」


呟いた声に書庫の奥の光がわずかに脈動した。

まるで光が、彼の疑問に答えるように、あるいは次の真実へ導くように。


「やっぱり……ひとりじゃ届かないんだな」


ヒカルは静かに立ち上がる。窓の外から差し込む光が、書庫の天井を照らし、無数の本が淡く輝いた。


 まるで、書庫そのものが彼の決意に応えているかのように。


すると、奥から低い声が響いた。


『……ここに来る者は、心を映す者のみ』


 ヒカルが顔を上げると、光の玉のひとつがゆっくりと彼の前に降りてきた。

 その中には、文字と映像が過去のルミナリアの光景を映し出している。


 ーー子どもたちの笑い声、商人たちの声、塔の光、女性の歌う姿ーー


「……セリア?」


 ヒカルは息をのんだ。

 光の映像の中の女性は、間違いなく彼女だった。その姿は今よりも少し幼く、そしてどこか悲しげだった。


 なぜセリアが、過去の光景に――?

 まるでこの町の“始まり”に、彼女が関わっていたかのように。


ヒカルは胸の奥に冷たいものが流れるのを感じた。記録を見せたのは光の玉自身の意思?それとも、セリアの“心”が呼び寄せた?


 映像がふっと消え、光の玉は静かに戻って行った。残されたのは、薄暗い書庫と、胸の中でざわめく疑問だけ。


「セリア……君はいったい、何を隠してるんだ?俺が……あの町を、あの塔を、守れるんだろうか」

 声はまだ届かない。

 だが、書庫の光は確かに彼に答えていた――


“心を信じよ。君の力はここにある”


 ヒカルはその言葉にうなずき、再び書架の間を歩き始める。

 もっと知るために、もっと理解するために。

 異世界に転生し、感情を失った町を救う旅は、ここから本格的に始まろうとしていた。


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