ルミナリアの記憶とエンハートの過去
昨日の戦いの爪痕は残るものの、町はいつもと変わらぬ静けさを装っていた。ヒカルはセリアと共に、壊れた小さな屋台の片付けを手伝っていた。ヒカルは、ルミナリア風の白と藍の衣服に身を包み、少しずつこの町での生活に慣れようとしている。
「ヒカル…無理に近寄らなくていいから、みんな……」
セリアの声は静かだった。だが、心配と緊張が混ざっている。
「…大丈夫。」
ヒカルはそれを感じ取ったように言った。
町の人々は、ヒカルが塔と共鳴した瞬間の光景を思い出していた。誰もが目にした金色の光が剣や鎖を弾き返す奇跡。しかし、その奇跡が、町にさらなる不安をもたらしたのも確かだった。
ヒカルはそっと呟く。
「俺…なんのためにここに来たのかな……」
その声は誰にも届かないはずだった。
けれど、
「ヒカル……」
リートが駆け寄ってきた。
昨日の戦いで怯えていた面影はまだ残っていたが、その瞳には確かな意志が宿っていた。
「…その、ありがとう。あの時、ヒカルが助けてくれたから、僕…」
リートの声は震えていたが、どこか誇らしげでもあった。
ヒカルは静かに話した。
「……俺なんて、何もできなかったよ。守れたのはあの塔のおかげ」
「それでも、あの塔は……ヒカルの心が動いたから力をくれたんだよ」
リートは一歩近づき、胸の前で手を握りしめる。
「僕も、あの時ちゃんと見てた。ヒカルが誰かを守ろうとした瞬間、塔が応えたんだ」
自分の中に生まれた“何か”を、他の誰かが見ていたということが、ただ嬉しかった。
「……リート」
「僕も一緒にいるよ!ヒカルが守ってくれるなら、僕も頑張れる!」
感情が高ぶっていたが塔に届かないほどのちいさな高ぶりだった。
その言葉に、ヒカルの胸の奥で小さな光が灯る。
それはまだ頼りなく、今にも消えてしまいそうなほど弱い。
けれど、確かに“心”が動いた瞬間だった。
「ありがとう、リート」
少し先で、セリアが静かに二人を見守っていた。
「……いい風ね」
そう呟いて歩み寄る。
「人の心は、塔の光よりもずっと繊細だな……」
ヒカルが空を見上げてぽつりとこぼすと、リートがくすっと笑った。
「繊細だけど、壊れないよ。だって光より強いときもあるんだ」
「強い光は、影を作るものだからね」
セリアの言葉に、ヒカルは塔を見上げながら静かに答えた。
「……少し怖い。あの光が、俺がまた何かを壊す気がして」
リートがそっと言葉を継ぐ。
「でも、僕……あの光を見たとき、救われた気がしたんだ。」
セリアは二人の顔を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
「光は人の心と同じ。希望にも、痛みにもなる。どちらを選ぶかは、その人次第なのよ」
ヒカルは少し目を伏せ、手のひらを見つめる。
「……俺は、まだ怖い。でも、この手でまた誰かを守れるなら……心の光を信じたい」
その瞬間、背後から低く、落ち着いた声が響いた。
「だとしたら、光を怖がり続けるわけにはいかん」
振り向くと、古びた石の家の前に老人が立っていた。長い白髪を後ろで束ね、深いしわの中に知恵と経験が滲む。背は少し曲がっているが、その瞳はまるで塔の光を映したように鋭く、静かな炎を宿していた。
「グレン!!」
リートが叫び、駆け寄った。
セリアも驚いたように目を見開く。
「ずっと療養していたのに……大丈夫なの?」
グレンはゆっくりと笑った。
「この古い骨も、まだ少しは動くわい。塔がざわめいておるのに、家で寝ておる場合か」
その言葉に、セリアの表情が曇る。
「……塔が、ざわめく?」
「そうじゃ。あの光は見た。久方ぶりに“心の共鳴”が起きおったな」
グレンの視線が、ヒカルへと向けられる。
「君か……昨日、塔と共鳴した若者は」
老人はゆっくりと歩み寄り、ヒカルの目をまっすぐに見据える。
「あなたは?」
「わしの名はグレン。」
ルミナリアとこの魔法塔の歴史を知る人物。
ヒカルは少し身を強ばらせる。
「俺……何も知らないのに、突然こんなことに……」
グレンは穏やかに微笑むが、その目は真剣だった。
「そうだろう。だが、知ることから全ては始まる。聞くがいい。魔法塔がどうやって町の心臓になったのか、そしてなぜ、ヴェルザークが我々の感情を支配したのか」
ヒカルとグレンは、町の古びた広場の片隅に腰を下ろした。空は夕暮れ色に染まり、石畳の隙間から影が長く伸びる。
「よく聞くんだ、ヒカル」
グレンはゆっくりと息をつき、語り始めた。
「このルミナリアという町は、かつては人々の感情と心の力が集まる場所だった。魔法塔はその中心にあり、町全体を守る心臓のような存在だった」
ヒカルは目を丸くする。心の力が町全体を守っていたなんて、想像もできなかった。
「昔は、人々の喜びや悲しみ、怒りや恐怖すらも、塔に届く力だった。塔はそれをエネルギーに変換し、災害や外敵から町を守ってくれたのだ。町は活気に満ち、人々は自由に感情を表現していた。子どもたちは笑い声をあげ、商人たちは叫び、歌い、喜び、時には争った。その全てが塔にとっての力となっていたのだ」
ヒカルは目を輝かせる。
「それって……魔法みたいなものだったんですか?」
グレンは首を振る。
「違う。これは魔法ではない。塔と人々の心が共鳴して生まれる力……人間の“心そのもの”だ。人々の想いが形になる。だが、そんな力を知ったヴェルザーク帝国が我々の心の力を奪い、魔法塔に封印した。塔を自分たちの支配下に置くために。」
グレンの手が小さく震える。
「人々は恐怖に駆られ、自ら心を閉ざすしかなかった。泣かず、怒らず、笑わず……心を封じることで、町は守られた。そして、塔はただ静かに脈打つだけの存在となった。」
ヒカルは胸の奥でざわつくものを感じる。
「……だから、この街の人達は感情を表に出さないのか。子どもまでもが。」
グレンは頷いた。
「そうだ。感情を出せば奴らが来て再び襲撃される。恐怖で支配しているのだ。だから人々は心を封じ、塔の反応を恐れて生きている。しかし、君の力は違う。君のエンハートとの共鳴は、塔にかつての力を取り戻す可能性を示している」
夕暮れの空に、塔の輪郭が赤く染まる。ヒカルは拳を握りしめ、静かに決意を固めた。
「……守る。僕の力で、町の、みんなの心を取り戻す」
グレンは静かに微笑む。
「だが忘れるな。力は使い方を誤れば危険にもなる。塔と人々の心、そしてヴェルザーク……全てを見極めなければならない」
ヒカルは深く頷き、胸の奥に灯る小さな光を感じた。
それは恐怖でも後悔でもない。
誰かを守りたい、町を救いたいという純粋な心の光。
「いつか……もう一度、この町が笑えるように」
その言葉は、誰に向けたものでもなく、夜空に溶けていった。
塔の光が微かに瞬く。
それはまるで、遠い昔に途切れた“心の鼓動”が、再び動き始めたかのようだった。
ルミナリアの変化は、まだ誰も気づいていない。
けれど確かに、それは始まっていた。




