表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

心の光、揺らめく塔

 翌朝、ヒカルは鳥の声で目を覚ました。木の窓から朝の光が差し込み、小屋の中を淡く照らしている。

 昨日の出来事が夢ではないと知るのに、時間はかからなかった。見慣れない木造の天井。柔らかな寝藁。外からは、どこか沈んだ人々の話し声が聞こえてくる。

「おはよう、ヒカル」

 扉を開けて入ってきたのはセリアだった。昨日と同じ白い衣装。けれど、どこか疲れたように見えた。

「町へ行こう。……見ておいたほうがいいと思うの」


丘を下ると、灰色の屋根が並ぶ静かな町が広がっていた。人々は市場に集まっているのに、笑い声ひとつしない。値段のやりとりも、まるで台本を読むように淡々としていた。


 ヒカルは道端で転んだ子どもを見つけた。膝から血を流している。

「大丈夫か?」

しゃがみこんで手を伸ばすと、周囲の大人たちが一斉に視線を向ける。その目は冷たく、警戒と恐怖が混ざっていた。子どもは泣かない。ただ、俯いて立ち上がり、無言で去っていった。


 ヒカルは昨日、セリアから聞いたことを思い出していた。

 ――この町では、感情を出してはいけない。塔が反応すれば、ヴェルザーク兵が来る。笑うことも、泣くことも、怒ることも、すべて禁止――安全の代わりに、心を捨てた町。


「…こんな事ってっ……!!」


 その時、小さな手が彼の袖を引いた。

「……おにいちゃん、どこからきたの?」

 見上げたのは、十歳くらいの少年。瞳に怯えと興味が同居していた。

「俺? ちょっと遠くから。ヒカルって言う」

「ヒカル……へんな名前」

 少年はくすりと笑いかけたその瞬間、町の中央の塔がかすかに光った。


「リートっ……!」

「っ……!!」

リートはすぐに手で口を抑えた。


 セリアが鋭く叫ぶ。

「だめ、塔が――!」


 彼女の言葉を遮るように、空から低い唸りが響いた。塔の上空に黒い霧が渦を巻き、そこから何かが降りてくる。


「来た……ヴェルザーク兵!」

セリアの声が震える。町の人々が一斉に逃げ出す中、ヒカルは反射的にリートの前に立った。


 甲冑の軋む音。漆黒の兵士たちが次々と降り立ち、空気が重く沈む。その中心に、一際異質な気配を放つ男。灰色の外套、仮面のような金属面。


「ア、アーヴェン……!!」

 誰かが恐怖に満ちた声を上げた。その瞬間、塔が激しく共鳴した。押し殺されていた人々の“感情”が一気にあふれ出し、恐怖、怒り、絶望。その全てが塔の光を増幅させ、空を裂いた。


「感情を抑えることさえ出来ないとは無力だな」

 アーヴェンの声がルミナリアに響く。


「塔が反応した、誰だ?」

 リートは恐怖のあまり震えていた。黒い兵士たちが一斉に剣を抜いた。

 ヒカルは反射的にリートを背に押しやる。

「下がってろ!」


「おまえらが感情を奪ったのか…!」

「誰だ貴様」

「ヒカル!ダメ!戦ってはダメよ!」

 叫ぶセリアの声も届かず、ヒカルは無力に押し返される。ヒカルは魔法を使えない。剣が振り下ろされ、吹き飛ばされる。地面に転がり、息が詰まる。痛みよりも悔しさが胸を締め付けた。


「やめて! もうやめてよ!」

 リートの叫びに、塔が強く反応する。ヴェルザーク兵が、光の反応を見逃さずにリートに手を伸ばす。


その瞬間、ヒカルの胸の奥で何かが弾けた。

ーー心で動けーー

頭の奥に響く声が、体中に電流のように走る。


 次の瞬間、ヒカルの足元から淡い光が爆ぜた。

 塔と共鳴するかのように、金色の奔流が彼を包み、ヴェルザーク兵たちの剣や鎖を弾き返す。

 ヒカルを中心に、白金の光が円を描き、波紋のように町全体に広がった。


「……防御結界の反応か?」

 アーヴェンの目が細められる。

 塔の波動と同質。まるで塔そのものが、ヒカルを守ろうと力を貸したかのようだった。


 ヒカルはまだ完全に立ち上がれず、剣を握る手も震えていた。だが、光の奔流に包まれる感覚は、彼にほんの一瞬だけ勇気を与える。

 金色の光が兵士たちの攻撃を押し返す。アーヴェンの冷たい視線が光に反射して揺れた。


「……このままじゃ、戦いは終わらないな」

 アーヴェンが小さく笑みを零し、後ろに控えるヴェルザーク兵たちに合図を送る。

 兵士たちは一瞬ためらったが、すぐに後退を始めた。

ヒカルの胸の奥で光が収まり、塔との共鳴も静かに消えていく。

 町にはまだ戦闘の跡が残る。焦げた石畳、散乱した瓦礫、そして白金の光の痕跡だけが、あの瞬間の奇跡を物語っていた。


セリアがヒカルの元に駆け寄る。

「……大丈夫?」

ヒカルは息を整えながら、かすかに頷いた。


 遠ざかるアーヴェンとヴェルザーク兵の影。戦いは終わったわけではない。

 しかし、ルミナリアの人々の目には、安堵の色はなかった。光の奔流が目の前で繰り広げられた瞬間、誰もが息を呑んだ。そして、困惑した。

 あの力は何なのか。なぜ見知らぬ少年が町を守ったのか。街の大人たちは互いに目を合わせ、恐怖と不信を隠せず、口々に囁きあう。

「……あの子、誰……?」

「……町に災いを呼ぶんじゃ……」


 リートはヒカルの背に隠れたまま、震えた声で呟いた。

「……ヒカル……守ってくれた……?」

 小さな体がぶるぶると震え、胸の奥には恐怖と戸惑いが混ざっていた。ヒカル自身も、胸の奥で残る光の余韻を感じながら思った。

 守りたい、という心の力は確かにあった。だが、それによって町の人々に恐怖を与え、危機をさらに大きくしてしまった。


セリアはそっとヒカルの腕に触れ、低く囁いた。

「ヒカル……大丈夫。あなたの力は“心”で動くの。魔法じゃなくて、塔と同じ性質を持っている。だから、上手く使えば町を守ることもできるわ」


「でも、町の人たちは……まだ混乱してる。あなたが来たことで、危機感も増したわ」

 セリアは遠くの塔を見上げ、静かに続けた。

「だから、これからは私と一緒に考えて行動するの。町の人々を守りながら、敵の動きにも対応する方法を」


 ヒカルはセリアの目を見て、ゆっくり頷いた。まだ何もわからない。だけど、少なくとも一つ確かなことがあった。

 自分は、この町で戦える。守れる。


 胸の奥で塔がかすかに脈を打つ。

 それは、ルミナリアの人々がまだ恐怖を抱きながらも、これからの光を信じるための小さな鼓動のようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ