07.エヴァンス公爵
私は、お父様に挨拶をする。
「お父様、お兄様、そしてリアーナ。遅れてしまい申し訳ございません。私が玄関に向かった時には、馬車がなくて……お待たせしてしまいましたね」
過去のオリビアの記憶を見ると――お父様やお兄様に恥をかかさないために、社交界に出るときはかなりの時間をかけて準備をしていたようだ。
家族に対して、こんなにも一途で健気なオリビアが、どうして私が知っている乙女ゲーム内になると、「自分のオシャレのために時間を使っている」になるのかは分からないが――。
(でも、お父様とお兄様は間違いなく、そう思っていそうよね。家族のために、身ぎれいにしているのではなく、あくまで我欲のために時間をかけていると偏見を持っているわ)
その偏見通りに事が進んでいたら、何も問題はなかったのだろうが――私が着いた時刻は、全く舞踏会に遅れてはいない。
もともとの乙女ゲーム内でも、「オリビアの支度が長く、舞踏会への到着が遅れてしまうため、別々の馬車を使った」と言っていたのを知っているからこそ、こうして時間通りに挨拶をされては……相当気まずいだろう。
しかも早速――周囲は疑問を持ったようで。
「……確か、フローレンス伯爵家の皆様は三人でいらっしゃったわよね? 先ほど聞いたのは、オリビア様の準備時間が長いから……先に馬車で会場にと……」
「ですが、どう見てもオリビア様は遅れておりませんよね?」
そんな話し声が、ひそひそと聞こえてくる。
お父様とお兄様、そしてリアーナもその声が聞こえているのだろう。伯爵家で見るような横暴な態度はとらずに――柔和な表情を装おって話しかけてきた。
「オ、オリビア……先に馬車へ乗ってしまってすまなかったな。いつも、お前が服に時間をかけてばかりだったから……間に合わないと思ったんだ」
「そうだ。今日は、舞踏会が初めてな……リアーナの案内もあって、時間が間に合わないと思っていたのさ」
お父様とお兄様は、そのように言い訳を述べた。
それはあくまで、周囲に対して伯爵家において娘を不遇に扱っていない――という証明のためだ。
そうした状況の中、場でより一層響き渡る声で――リアーナが私に話しかけてきた。
「お姉様っ! 私が、お父様とお兄様に舞踏会が楽しみな気持ちを言ってしまったんです! 咎めるのなら、私を咎めてくださいませ!」
「リアーナ……」
その声を聞くと、まるで後から養女としてやってきたリアーナに、私が無体を働いていると錯覚させる声だ。
(これがリアーナの……魅了の魔法、ね)
これこそ、リアーナのイレギュラーな魔法である……周囲への魅了だ。
彼女が訴えかけると、その感情において魔法がかけられて、周囲は彼女の味方になってしまう。
(乙女ゲームでは、そうした魔法を駆使してストーリーを進めるのが楽しかったけれど……こうしてみると、リアーナにとって都合が良すぎる能力よね)
実際に、こうしたリアーナの声によって、先ほどまでは伯爵家の在り方に疑問を持っていた周囲が、手のひらを返したように……私の態度が悪いのでは、といった意見をもったようだ。
ヒソヒソと、「やっぱり、後から来た……あの平民の令嬢を虐めているのか?」と話し合っているのが、耳に入った。そんな周囲からの言葉を聞いても、私は焦ったりはしなかった。
(リアーナの魔法には――穴があるのよ)
乙女ゲームでリアーナの魔法については、熟知済みだ。
だからこそ、彼女の瞳をまっすぐと見つめて、話した。
「咎めたりなんてしないわ。あなたが舞踏会を楽しむことを、家族である私が、なぜ止めないといけないの?」
「え?」
「それに、お父様とお兄様にドレスを新調してもらって……とても綺麗ね。私はここ数年、新しいドレスを貰ったことがないから……ふふ、嫉妬しちゃうくらい綺麗よ」
「オ、オリビア! 何を……」
「あら? お父様、私は何か――間違ったことを言いましたか……?」
「っ!」
現在の私は、数年前の古いデザインのドレスを着て、最低限のアクセサリーをつけているのみだ。
それに相反して、リアーナのドレスは最新のデザインかつ……アクセサリーも豪華だ。
きっと部屋替えの事件があったのち、相当買ってもらったのだろう。
そんなリアーナと私の姿を見れば、あまりの違いがあることに気づかないわけがなく。
周囲からは不審がる声があがる。
「オリビア様のドレスは……かなり古いものね」
「ええ……確かに、最近……ブティックでオリビア様を見かけることもなかったわ。オシャレに気を遣う方って話なのに、ドレスの仕立ての話が耳に入らないなんて、ちょっとおかしいわよね?」
「だが、新しく迎えられたあの……リアーナ様は、この前、ブティックで伯爵家のご当主様とご子息様と共に訪れているのを見たぞ」
「そこにオリビア様がいるとは、聞いておりませんわね……たとえ、性格が悪かろうと……社交界のためにドレスを仕立てるのも親の責務ですのに……」
先ほどのリアーナを擁護する声がピタリと止んだ。
そう、リアーナのイレギュラーな魔法は、「事実」に弱いのだ。
だから前世で乙女ゲームをプレイする際には、行動やセリフの選択肢を選ぶ際に……リアーナの言動がちゃんと一致しているかをよく見てプレイしていた。
そうじゃないと、こうして矛盾をつかれて――好感度が逆に下がってしまうから。
今更、お父様とお兄様に構ってほしいわけではないが、ちょうどいいタイミングのため、巻き込ませてもらおうと思う。
きっと周囲の声を聞いて、慌てているお父様とお兄様にとどめとばかりに。
「私は何度も舞踏会に来たことがありますから……ドレスを含めて、リアーナをご優先ください」
「オリビア、な、何を……」
「お父様とお兄様には、ふさわしくないドレスしか持っていない私では……隣に立つのが申し訳ないのです……だから、失礼しますね」
「それは……だ、だが……」
しょんぼりとした表情を浮かべながら、そう言えば――お父様とお兄様は、もうそれ以上何も言えなくなってしまったのか、こういった事態にどう対処すればいいのか分からないとばかりに、言葉を詰まらせていた。
一方のリアーナは、表面上ではおろおろとしている様子だが、目の奥が一段と冷ややかになっているのが見えた。
そんなリアーナにニコッとほほ笑みながら、「どうぞ、舞踏会を楽しんでね」と言った。
そして私はお父様とお兄様、そしてリアーナから距離を取るように会場の人ごみの中へ歩いていく。
周囲は相変わらず、先ほどのリアーナと私の違いについて、ジロジロと伯爵家の面々へ視線を投げていた。
好奇の目は、「伯爵家が二人の娘に差をつけて、可愛がっているのか――しかも平民の出の娘を優遇している」というゴシップで頭がいっぱいだろう。
しかも、その当主自ら――私が悪いと流布していたのに、真逆な現象が起きたのだ。
そんな風に、会場の目のほとんどが伯爵家のお父様とお兄様、そしてリアーナに向く中で、一人だけ、全く噂を気にしていない貴族の令息を見つけた。
前髪で顔が隠れて、地味な装いをしている――舞踏会では、ありえない格好の令息。
しかし周囲は、誰もその令息に興味がないかのような振る舞いだ。
(……私のドレスにあんなにも関心を持っていた周囲が、彼に目を向けないなんてありえない――魔法を使って、気配を消している……ということ)
つまり彼もまた、イレギュラーな魔法を使える人間ということ。
そんな彼こそが、私が今日――舞踏会に来る目的になった人物だ。
人ごみを上手くかわしながら、私はその令息を見逃さないように目で追う。
そして彼が会場から出ていくのを確認したのち、そんな彼の後を追うように私も会場から出ていった。
◆◇◆
気配を消しながら移動する令息の後を歩いて行けば、彼は静まったバルコニーへと出ていった。
カーテンがそよそよと動く中、その先に彼がいるのは分かってはいるものの、いざというタイミングになると、変な緊張感が生まれてしまい、足が上手く動かなかった。
そんな時――すべてを見透かしていたのか。
「僕の後をずっとつけてくるなんて……どなたでしょうか?」
「!」
まさかカーテン越しに、そう声を掛けられるとは思わず、ビクッと自分の身体を揺らした。
しかし彼から声をかけられたのをきっかけに、自分の中で踏ん切りがついたようにも思った。
(ここまで来て、おめおめと帰るなんて……できないわ。私は、自分のために生きるのだから……!)
自分を勇気づけるように、片手をギュッと握ってから――私はバルコニーの方へと一歩足を踏み出す。
そしてバルコニーの方へ出れば……そこには、先ほど会場でも見た令息が立っていた。
目元を隠す白髪の前髪を持ち――体躯は逞しく、高身長な令息。
彼は、私がバルコニーへ入ってきたのを見て。
「へぇ? まさかちゃんと面と向かい合ってくれるとは……驚きですね」
「……無礼な真似をしまして、申し訳ございません。オリビア・フローレンスと申します」
「……伯爵家の令嬢ですか。僕はしがない貴族なので、わざわざあなた様に来ていただくのは――畏れ多く感じますね」
目の前の令息は、飄々とした態度で――腹の底が読めない雰囲気だった。
そんな彼こそ、私がこの舞踏会に来た理由で、なんとしてもコンタクトを取りたかった人。そう彼は――。
「そうでしょうか? 私にはしがない貴族には見えませんが……レイン・エヴァンス公爵様」
「……」
私がそう名前を呼べば、前髪の奥にある彼の視線が鋭くなったような気がした。
そして少しの間、彼をじっと見つめていれば。
「なるほど……僕の正体を見破った人は、あなたがはじめてです」
「!」
目の前の令息は、パチンと指を鳴らしたかと思うと――彼の前髪が後ろへ流れ、顔が露わになった。
青い瞳に、見る者を釘付けにしてしまうほどの美貌。
そして、先ほどにはなかった豪奢なマントが――彼の肩にかかるように現れた。
前髪越しではなく、直に目の前の人物と目が合う。
「あなたが言う通り――僕はレイン。エヴァンス公爵家の当主です」
彼はあらためて名前を名乗り、私に相対してきた。




