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03.躾の意味




「ど、どうして……っ」


怖くなったのか、侍女はバケツを床に放った。


理解が追い付かない彼女に、私はゆっくりと歩みを進めながら近づく。


「分別がつかない者は、躾が必要よね?」

「ひ、ひぃ……っ」


そう言って彼女に近づいて行けば、侍女は恐怖に染まった顔でこちらを見つめていた。


(ベッドを乾かした時――そして今ので、魔法の使い方や方法は……だいたい分かったわ)


あくまで本能的に、手をかざして想いのまま発動した……という感じだったが、上手くいったようだ。


私はバケツに手をかざして、氷を水に変えて――私の周囲にその水をふよふよと浮かべさせる。


いつでも、自分の武器として使用できるように――そう思って漂わせた。


そんな私の意図が分かったのか、侍女は悲鳴をあげて部屋から出ようとする。


しかし彼女が部屋から出るよりも早く、私は水泡を打つように扉に向けて手を差し出す。


すると侍女が扉に到着する前に、水が扉に付着して……。


(……凍れ!)


そう強く念じると――。


――パキンッ!


扉を氷漬けにするように、氷の壁ができた。


水を蒸発させるだけでなく、こうして氷漬けにもできるなんて……魔法というのはとても便利な力だ。


そして行き場を失った侍女は、青ざめながら扉の前でへたりこむ。


「こ、こんな…こんなこと、坊ちゃまもできないのに…っ」

「へぇ? そうなの?」

「ひ、ひぃっ」


そんな彼女が、これ以上――変な行動をしないように、私は自分の周囲に漂う水泡を凍らせて、鋭利なナイフを作り上げ……いつでも彼女の方へ飛ばせるポーズを見せた。


そんな氷のナイフを見た彼女は、唇を震わせながら声をあげた。


「どうして…ま、まるで、生前の奥様のように……強い水の魔法が……」


侍女は信じられないとばかりに、青ざめながらもそう言葉を口にしていた。


その言葉を聞いて、私もふと冷静になり――。


(最初は……炎が周りに生まれたから――火の魔法が使えるようになったと思っていたけれど、水の魔法も使えるってことよね?)


思い出すのは、侍女に頭から水を被せられた時のこと。


あの時は気づけば、炎が周囲に発生し――水で濡れていた箇所を蒸発させていた。


この乙女ゲーム世界では、基本的に火、水、風の三つの魔法がある。


そして一般的には、一人一つの属性の魔法を扱えるのが常だった。


貴族に生まれたからには、必ず魔法が使えて当然の中で――フローレンス伯爵家では、水魔法を授かるのが一族の流れだったことを思い出す。


(魔法ができた時は、すぐにでもお父様……ヘンリーに報告しようと思ったけれど――)


今思えば、あの時使えるようになったのは「火魔法」だ。


もし使えると言ったとしても、ヘンリーは家族として認めなかった可能性のほうが高い。


むしろ、ヒートアップしてなじってきたかもしれない。


結果として、言えなかったが――それが良かったように思った。


それに、基本的には三つの魔法だけで……今の私は二つの属性の魔法が使える。それだけでも、今後……この乙女ゲームで生き残っていくうえでは、利用できる力だ。


二つの属性が使えるイレギュラーしかり、この乙女ゲームの魔法は「基本」以外にもイレギュラーな魔法がある。たとえば、ゲームの主人公であるリアーナも……。


(いえ、今はそんなことよりも……)


リアーナのことを思い出すと、先ほど見た――自分を除いた家族の空間……玄関先で見た嫌な事実を思い出す。


そんな思い出に浸るよりも、私には片付けないといけないことがある。


私は侍女を見下ろしながら、声をあげた。


「ねえ、散々やってくれたけれど…あなた、自分のやったことを理解してる?」

「ご、ごめんなさい……っ」


侍女はハッと気づいたように、俯きながら謝罪を口にする。


逃げられないと悟った彼女は、先ほどまで侮っていたはずの私に――助けを求める。


「誠に申し訳ございません……っ、その、どうか、命だけは……」

「……」

「なんでもします! 絶対に今後はお嬢様に卑劣なことは致しません!」

「へぇ? 自分で卑劣なことをした自覚があるのね?」

「……っ!」


私がそう言うと、しまったとばかりに――彼女は顔を歪ませた。


そんな侍女に、呆れを感じながらも……私はこのまま彼女を見逃すことはしない。


(謝ってくれて、はいOKなんてしたら――この侍女は、ヘンリーやミシェルに助けを求めるだろうから)


そんなことをしたら、事態がやっかいになる。


だから、今こそ……ゲーム内で見た「イレギュラーな魔法」をする時だ。


私は意を決して、侍女に笑みを浮かべながら声をかける。


「ねぇ、あなたは――今、なんでもするって言ったわよね?」

「え、ええ……! 命を助けてくださるのなら……なんでも……!」

「なら、服従の魔法に同意できるわよね?」

「そ、それは……そんな……だってその魔法に同意したら、私は一生……っ」


私の言葉に、侍女は身体を震わせて怖気を感じているようだった。


そう、属性に入らない「服従の魔法」はイレギュラーな魔法だ。


しかし、イレギュラーな魔法でありつつ――魔法が扱える人間には、誰しも発動できる特異な魔法。


(魔法を発動する時に、命令内容を言って……相手の同意を得られれば――できてしまうのよね。それで相手が同意を口にしたら、一生その拘束から逃れられない)


この魔法の存在を知ったのは、悲しいことにも……悪役令嬢であったオリビアを罪で裁くときに、ミシェルが使って――存在を知った魔法だ。


たしか、「今殺される」か「服従する」かを選ばされて――服従を選んだのだ。


そして魔法によって身動きが取れなくなったオリビアは、そのまま処刑されてしまう。結局、選んだようで――何も選べてなかった。


未来の自分がかけられたかもしれない魔法を――今の自分がやろうとしている。なんとも皮肉な状況だ。


「……なんでもって嘘だったの?」


しかし今は、自分の命運がかかっている状況であり――目の前の侍女には、色々とされてきた。容赦はせずに、自分のための行動をするべきだろう。


私は否定的な態度を取る侍女に、氷の刃を……彼女の周囲に近づけさせる。


「ひ、ひぃ……」

「今の私だったら……あなたの存在を消すのも容易なのよ?」

「え?」

「どうやら、火の魔法も使えるみたいで……」


私はニコッとほほ笑みながら、彼女を見つめる。


そして、手のひらを差し出し――その上にボオッと炎を作り出す。


「な……っ、二つの属性が扱えるなんて……そ、そんな……」

「結構な火力が出るみたいだから、あなたは一瞬で蒸発してしまいそうね?」

「……!」


火の魔法で、そんな芸当ができるのかは分からないが……もう、この家に振り回されたくない決死の想いがあるゆえに――凄みながら私は侍女に言葉を紡いだ。


「あなたに選択肢はないの……分かる?」

「……申し訳ございません、お嬢様……服従の魔法に……同意します」

「そう」


侍女の言葉を聞いても、なんら感情は動かなかった。


彼女は自分の罪は認めているし、自分の命以上に大切なものはないのだ。例えば、フローレンス伯爵家に仕える矜持なんてものも――ない。


私に必要なのは、こうした自分を大切にする気持ちなのだろう。


「……服従の魔法をするわよ」

「は、はい……」


気を取り直すように、私は上辺だけ笑みを浮かべて――彼女の前に手をかざす。


もちろん彼女の周囲には、相変わらず氷の刃が漂っている。


「汝は――私の情報を不用意に……周囲に漏らさず、今後絶対の服従を私にすること」

「!」

「それを誓いなさい」


私の手から、魔法陣がぐるぐると光を放ちながら現れる。


直感的に、これが服従の魔法なのだと理解できた。


そして目の前の侍女は、うなだれながら――。


「……私はお嬢様……オリビア様に服従することを誓います」


そう侍女が返事をした瞬間。


スゥッと、魔法陣が侍女の身体に吸い込まれていった。


「魔法が完了したようね」

「……」


私はもう反抗する気もない侍女の様子を見てから、現在発動していた水の魔法……氷の物体を解除する。


もちろん扉を凍らせていた氷も含めて。


手を右にスライドさせれば、一瞬にして氷は消えていった。


「こ、これほど素早く魔法を扱えるなんて……」

「……」


侍女は何度も現実かを確かめるように、瞬きをしていた。そんな侍女に、私は淡々と言葉をかける。


「今日は疲れたから、もう寝るわ」

「! は、はい! かしこまりました……! ベッドのご準備をいたしますね」


先ほどから一変して、侍女はきびきびと動き出した。


本来あるべき姿に戻っただけではあるが、そんな侍女の姿に魔法の効果を実感する。


(これでやっと……一息つけるようにはなったわね……)


家の中にいるのに、敵しかいないため休まる時間が全くなかったが――ようやく、邪魔されずに時間を過ごせるようになりそうだと、私は少しだけ胸を撫で下ろすのであった。



◆◇◆



服従の魔法によって、侍女が大人しくなった――翌日。


私はゆっくりと目覚めて――ベッドサイドテーブルに置かれた呼び鈴を鳴らす。


するとすぐにドアがノックされて……服従の魔法をかけた侍女が真っ先にやって来る。


その後ろには、屋敷のメイドを二人ほど連れだってやってきたようだ。


「お嬢様、おはようございます。お支度をお手伝いいたします」

「ええ、お願いするわ」


そう伝えると、侍女は昨日と同じく……テキパキと動き出す。


そしてそんな侍女を見たメイドたちは、信じがたいといった表情になっていた。


「な……え……?」




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