◆後日談・結婚式前夜◆
国王陛下の不祥事が明るみになってから、三か月後。新国王が誕生したこともあり、国内は平穏を取り戻しつつある。
一方の私は……心の中が全く平穏になっていなかった。
(月日が過ぎるのが、あっという間すぎるわ……もう明日が、二度目の結婚式の日なんて)
現在、月明かりが綺麗に光る夜。私は公爵家の庭にて、そわそわしたように歩いていた。
レインの取り計らいもあって、結婚式の準備はスムーズすぎるほど進んだ。
以前もたくさんのドレスを用意してもらっていたが、ウェディングドレスにおいてもレインは力をいれて準備してくれた。
自分のこと以上に、楽しそうにドレスの試着を見てくれた。
(すべて褒めてくださるから……迷いに迷ったわ)
決定権は自分にあるものの、ほめ方がうまいレインの言葉に迷いまくってしまった。
きちんとウェディングドレスのデザインは決まって、レインの笑顔を見たとき…。私のために惜しげもなく時間を使って、真剣に一緒に悩んでくれた彼に胸がきゅっと苦しくなった。
自分の命以上に、大切なものを見て――絶対にこれからは失いたくない、そんな変な気持ちだった。
「嬉しいのに、苦しいなんて……本当に変よ」
私は庭先で月光に、照らされて美しく咲く赤いバラに独り言を言う。
結婚式の前日で、考えるのは結婚式の内容ではなくて……一生をともにするレインのことばかりだった。初めてこの世界に転生したとき、自分が家族に虐待されていた状況から打破するべく……レインと出会った。
彼の性格を考えるうえで、私に虐待なんてしない。そんなのはわかっている。
そうではなくて――。
思い出すのは、お父様とお兄様がリアーナを屋敷に連れてきた時の記憶。
実は自分よりもリアーナに時間を使っていたこと。家族という関係が容赦なく消えてしまう――喉から声が出なくなってしまう喪失感。
(時間が経っても、あの嫌な……つらい思いは何度でもよみがえるわね)
前世の記憶だけでなく、オリビアの記憶と混じる形でこの世界に転生した。そのためオリビアが大切にしていた家族を失う喪失感は、トラウマのように残ってしまっていたのかもしれない。
それが今は……レインを失ってしまう――起きてもいない未来に勝手に不安になっていたのだ。
ずっと自分のそばにいてほしい。可能ならば、一分一秒でも長く一緒に……。
「わがまますぎる願いだわ、はぁ……何言って――」
「わがままとは、何ですか? オリビア」
「! レ、レイン様……!」
もやもや考えていたせいか、まったく周囲を気にしていなかった。声が聞こえて背後を振り向くと、心配そうにしているレインがいた。
いつの間にか庭先に、彼が来ていたようだ。彼はゆっくりとこちらへ近づくと、自分の上着を脱いで私の肩にかけてくれる。
「夜は体が冷えますから」
「あ、ありがとうございます……!」
「明日は結婚式ですが……眠れませんか?」
「!」
「緊張してますか?」
レインはこちらを優しく窺ってくれる。
美貌な夫という側面だけでなく、こうした気遣いや優しさを知るたびに彼の良さを感じ……また先ほどのきゅっとした胸の締め付けを感じた。
こんなに良くしてもらっているのに、変なわがままなんて言えない。というかレインを困らせたくない。
「き、緊張はしておりませんわ。むしろ心配をかけさせてしまって、ごめんなさい」
「……」
「明日のためにも、早く寝ます。だから……」
だから、気にしないで大丈夫です。
そう言おうとする前に、レインが片手で私の手に優しく触れ――もう一方で腰を引き寄せるように動かす。
彼と至近距離で対面する姿勢となった。
「オリビア」
「っ!」
「言いにくそうなことは分かりました。でも――心配について謝る必要はありません」
「それは……」
「僕はオリビアのことを考えるのが……好きなんです。それにあなたの憂いがあるのなら、だれよりも早く解決したい」
真剣なレインの瞳に見つめられて、私は言葉が出なくなる。それにともなって、また胸の奥がきゅっと詰まるような変な感覚が起きる。
「僕たちが思いを伝え合ったとき……あの時もオリビアは一人で抱え込んでいましたよね?」
「あ、あの時は……そうですね……」
レインが言っているのは、私が国王から裁判状を送られた時の話だろう。
レインに迷惑がかけるのが嫌で、離縁の話が出た。その結論に至ったのは、もちろん一人で考えたことに他ならないが……。
(今の問題は……あの時とはち、違って……っ)
もちろんレインにわがままで迷惑をかけるというのは、一緒なのかもしれないが――口に出すのがはばかられるような事案だ。
もごもごとうまく言えないでいると、レインはますますことを深刻に思ったようで。
「オリビア、僕はあなたがつらいとき……真っ先に助けになりたい」
「レイン様……」
「夫としてだけでなく、あなたを愛する一人の男としとて――放っておけないんです」
熱を持った視線で射抜かれる。
その眼を見ると、心臓の鼓動が早くなった。
「ダメでしょうか?」
「……っう……」
いつもはスマートでクールな彼が、可愛くうるうるとこちらを見てくる。
そんな目で見られたら、降参だった。
いくら恥ずかしい理由だとしても、レインの不安を煽るよりも白状したほうがいい。それで嫌われるのだけは不安だったが――まっすぐに向き合ってくれる彼を前にして嘘は言いたくなかった。
「離れるのがいや、なんです……」
「え?」
「レイン様と! 一分一秒でもずっとそばにいたいんです! そうじゃないと不安なんです!」
まるで付き合いたてのカップルのような、恥ずかしいことを言い切った。もうすでに夫婦なのに、言葉にするとなんてことを言ったんだと自分で恥ずかしくなってくる。
気づけば顔に熱が集まっているようで、熱かった。
「その……レイン様もご存じの通り、自分の家族のことで……ずっと一緒にいれなかった時間が多かったといいますか……」
私はしどろもどろになりながらも、家族との関係での傷があったことを話す。
レインには私がどんな扱いを受けていたのかは、すべて知っているが……心の内を話すのは初めてだった。
実の娘ではなく養女を優先されて、苦しく寂しかったこと。もう時間が経って過去のことなのに、今でも鮮明に覚えていること。
「それで……誰よりも大事なレイン様のことを思うと、離れがたくて……つい勝手に不安に思ってしまって」
言葉にすればするほど、なんてことを言っているんだと顔がどんどん熱くなる。
言い終わると、今すぐこの場から消えたかった。しかし腰をレインに支えられているため、無理に動くのは危なかった。
「へ、変な悩みを言ってごめんなさい! ですから! 私は問題ありませんので!」
そう言って、どうにかこの場を切り上げようとするも――。
次の瞬間には、私の体は宙に浮いていた。
「えっ?」
「……変な悩みではありません」
私をお姫様抱っこしたレインは、先ほどとは打って変わって何かを耐えるような表情だった。
「しかし可愛すぎます」
「んっ?」
「僕と離れているのが、苦しいんですよね?」
「っ……は、はい……」
あらためて本人から言われると、返事に窮してしまう。
顔を赤くしながら私はレインのほうへ視線を向けると、目を丸くする。
(レイン様も顔が赤い……?)
私だけでなく、レインも顔を赤くしていたのだ。
もしかして内容の恥ずかしさが、共感性羞恥のように彼に電波したのかと思っていれば。
「……あまり見ないでください。僕の格好悪い顔を」
「えっと……?」
「あなたにそういわれて、かなり舞い上がっているんです。僕だけが、あなたを求めてばかりだと思っていたので」
「! そ、そんなことは……!」
レインの言葉に、私がレインを重く思っているのだと主張するよりも早く――彼はどこかへ歩き出す。
「レイン様?」
「結婚式が終わるまでと思っていましたが、予定変更です」
彼は決意をしたまなざしで、こちらを見る。
「もちろん。今日は、ただ側にいるだけですが――明日を迎えるまで部屋を別で過ごすのは……耐えられませんから」
「!」
「今日から少しでも長く、ともに過ごしましょう。あなたが不安になるのなら、公務を休んで――ずっとあなたのそばで暮らしてもいい」
「なっ……!」
「文字通り、一分一秒でも……オリビアと時間を共有したいのは、僕もですので」
「そ、それは……そんな無理はやめてくださいね?」
「ふふ」
私が冗談ですよね……というトーンで聞いたが、彼は不敵に笑うだけだった。レインの本気が分かって、私は目を見開くのと同時に胸が痛いほど心臓が脈打った。
現在、彼が向かっているのは夫婦で共に使う部屋の場所なのだろう。確かに彼の方法によって、「そばにいること」が達成できるが――胸のドキドキがおかしくなっていた。
レインは悩ましそうにため息を吐く。
「……ただ僕の理性をあまり刺激しないでくださいね?」
「し、刺激……?」
「可愛い妻を前にして、どれだけ我慢できるのか――新たな問題ができてしまうので」
「~~~!」
その熱い視線を受けて、私は完敗だった。
先ほどのまでの不安が嘘のように、すべてが熱に変わっていく。はじめからこうして聞いておけばよかったのかもしれないが、この方法は心臓がもたないようにも思った。
そもそも毎日ドキドキする彼の顔を、これから毎日至近距離で見てしまっていいのだろうか――そういう気持ちにもなっていた。
明日の結婚式を控えて、夫婦の新しい……ドキドキな夜が今日から始まるのであった。
新婚の二人を祝福するように、月が優しく二人を照らしていた。
お久しぶりです。江東です。
後日談を更新いたしました!
不定期となり恐縮ですが、これからも
番外編や後日談を随時更新していけたら…と
思っております!
よろしくお願いします!




