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10.契約




馬車での移動はあっという間で――すぐに伯爵家の屋敷に着いた。


そして到着した私を迎えてくれる使用人や執事の姿はない。


あくまで、一人で玄関の扉を開けて入らなければならないのだ。


(まぁ、予想通りだったからいいけれど……玄関の扉をあけたら、きっともう喋りたくない家族たちがいるのよね……)


物語の流れを知っているので、間違いなくそうなるはずだ。


そして私としては、そのままイベント通り、「追放宣言」を受け入れればいいのだが……。


「家族と縁を切る前に……私のお母様に挨拶をした方がいいわよね」


そう、馬車で揺られながら思ったのは――自分を産んですぐに命を落としてしまった母親のこと。


前世の私とは関係がほとんどないものの、オリビアの記憶や感情が混ざった結果――母親に関しては、後悔の念が強い。


お父様に何度も叱られたこともあって、オリビアのせいで命を落としてしまったと――そう頭にこびりついてしまったのかもしれない。


(けれど、お母様のことは……一緒に過ごした記憶がない代わりに、出産で命をかけて――私を産んでくれたという想いがあるわ。会ったことがないからイメージが湧かないけれど、それでも……)


これから家族の縁を切るというタイミングで、挨拶をせずに――オリビアとしての決断を言わずして、家を去るのは気が引けた。


だから私は馬車から降りたのち、フローレンス伯爵家の屋敷から少し歩けばいける……伯爵家の墓地へやってきた。


お父様とお兄様の目があるときは、拒絶されて入ることが叶わなかったが――こうして一人で行けば、すんなりと入れた。


西洋風な墓地の作り方をしており、綺麗に手入れがされていた。


前世の記憶通りなら、夜に墓参りなんて――恐怖を感じてしまいそうだが……。


(なんだろう……あんまり怖くないわ)


ここがゲーム世界だから文化が違うのかもしれないが――悪い気分は感じなかった。


そして墓に刻まれている、お母様の名前の墓石まで行って……私はしゃがんで、祈りを捧げる。


(本日……オリビア・フローレンスは、伯爵家から出ていきます。伯爵家に貢献することができなくて……ごめんなさい)


そうした気持ちを、心の中で伝えた。気持ちを伝えるのに一区切りしたら、再び立ち上がって――墓石を今一度見やれば。


「あ……ホコリが付いているわね」


墓石に風で飛んできたであろう砂埃がついていた。そこを、私は優しく手で払う。


「たしか……お兄様……ミシェルのイベントで、墓参りのイベントがあったわよね」


ミシェルを攻略キャラとして、ストーリーを進めていくと――彼の並々ならぬ、母親への気持ちが窺えるのだ。


今となっては、自分を虐げてくる兄というイメージだが、もともとのゲームでは、母親の代わりに妹をみてあげている――優しい兄というイメージだった。


(母親代わりになれずに、オリビアが暴走するまで止めてやれなかったって、悔いていたわね)


今となっては、それが本当に正しく物事をとらえられていたのかは分からない。


だってこうも、全然違う姿を目にしているので……ゲームで見たことが全てではないと思っているのだ。


「埋葬された死者と魔力が共鳴すると――死者がもう一度会ってくれる……なんてことも、言っていたわね」


お母様のことを恋しがったミシェルが言った言葉だ。


魔法やら魔力のことは、ゲームとしてのシステムとしか知らなかった私からすると。


この世界では、そんなこともできるんだと感心するばかりだ。魔法の力によって死者との再会ができるなんて。


(でも、ミシェルのイベントでは――お母様と会うこともできなくて……結局本当にそういうことができるのか、分からずじまいだったのよね)


前世で過ごした日本とは違って、ファンタジーな世界の常識に圧倒されつつも……ふと脳裏によぎるのは。


(もし、お母様にお会い出来たら……気持ちは変わったのかしら?)


けれど、今のところ墓石からお母様が現れる様子はない。


だから叶わぬ願いに縋るよりも――今すべきことをしなければ。


「よし、挨拶もできたから……屋敷へ行くとしますか!」


私は墓地を背にして、屋敷の玄関へと向かう。家族との対決に向けて、心の準備をしつつ――歩き出すのであった。


それ以降、墓石のほうを見ることがなかったため――私は気づかなかった。


――ボウッ。


青白い炎が、お母様の墓石からぼんやりと揺らめき始めていることなんて、私が知る由もなかったのだ。



◆◇◆



お母様の墓参りも終わって、屋敷の玄関の扉に手をかけた。


いざ尋常に――という気持ちで、玄関の扉を開けて……エントランスの中へ入って行けば。


「オリビア・フローレンス」と諌めるような声が、響いてきて。


「魔法が使えない能無しのうえに、大切な妹への極悪非道の行い! お前はもう我が伯爵家の娘ではない!」


お父様であるヘンリーから、そう言われた。ゲームで見たことのある追放イベントに、悲しさも何も湧かなかったが……。


リアーナの泣きまねを見て――庭園から別れるときに言っていた「覚えておけ」という言葉通りに、私への誹謗中傷をあることないこと、お父様とお兄様に吹き込んでいるのは分かった。


(なんなら、庭園で見てなかった――腕の赤い腫れがあったわね。あれは自分でつけたのかしら?)


既存の物語では、ちゃんと意地悪なオリビアによって怪我を負わされていたが……今はまったく身に覚えがない。


(でも、もう――関係ないから、気にしない方がいいわね。それにここからは――もう……物語通りにはしない)


だから私は、堂々と伯爵家からの追放宣言を受け入れて――屋敷から出ていった。


そしてタイミングがいいことに、レインが伯爵家へ来てくれていた。


彼の手に自分の手を重ねて――上空へとふわふわと浮いていく。


彼の方をチラッと見やれば、公爵家の方へ視線を向けているのか……遠くを見つめていた。


そんな彼からは、再会して早々「あの愚か者どもを……一掃しましょうか?」と声をかけられた。


(屋敷からの大声を聞いていたみたいで、気にしてくれたけれど……)


彼とこの伯爵家は何も関係がない。私としても今日を境に――フローレンス家とは縁を切るのだ。


そうした自分の決意が、無意識に手へ力が入ってしまったようで。


レインの手に重ねた手がギュッと彼の手を握っていた。すると彼は、視線をこちらへ向けて。


「上空が怖いですか……?」

「え?」

「あなたの手に、力が入ったようでしたので」

「! あ、こ、これは……その怖いというよりも……」


私はレインにそう指摘されて、あわあわと焦ってしまった。


決して彼のせいではないため――そのことを伝えようと口を開けて。


「自分の選択に――後悔がないと、そう決意していたら……その」

「……」

「気遣わせてしまい……申し訳ございません」


私がそう言えば、レインは私の方をじっと見つめたのち。


「謝る必要はありません」

「え?」

「僕は――その言葉が聞けて、嬉しいくらいですから」


彼は、美しくニコッと笑ったかと思うと――ゆっくりと自身の方へ私を引き寄せる。


「え、えっと……?」

「魔法での移動は、人によって負荷が変わるので……上空から飛んで屋敷へ向かおうと思っていたのですが……」


レインは私を引き寄せたのち、面と向かってハグをするように私の身体を支えた。


彼の行動に私の頭は、ぐるぐると混乱でいっぱいになる。


「あなたがそう決意をしているのなら――僕も決意で応えたいですね」

「こ、こたえ……?」

「はい。すぐにでも、行きましょうか」


彼の返事を聞いた瞬間、私とレインの足元に魔法陣が現れる。


突然の魔法陣に、私の脳内はさらに混乱が増した。


しかしレインが心配がないとばかりに、私の身体を支えながら。


「目を閉じてください。すぐに着きますので」

「え? は、はい……」


何がなんやらな状態だが――魔法に長けている彼の言葉に、素直に従って目を閉じた。すると彼は嬉しそうな声色で。


「いい子ですね」


そう言葉を口にしたのち――私は周囲の気温が変わった気配に気が付く。


「もう、目を開けていいですよ」

「……っ」


そろりと目を開ければ、先ほど見た伯爵家を見下ろせる上空から一変して。


初めて目にする――立派なお屋敷が目の前にあった。レインが「エヴァンス家へようこそ、オリビア」と話してくれる。


「ここが、公爵家……さ、さっきの魔法は……」

「移動の魔法ですね。人によっては酔ったりするのですが――あなたは大丈夫ですか?」

「え? は、はい、身体は大丈夫ですが……」


レインから移動の魔法と聞き、彼の魔法のすごさに呆気に取られてしまう。


そしてあらためて自分の身体の状態を調べてみるも――特に何も問題はなさそうだった。


そんな私の反応に、レインは気を良くしたのかニコニコとしている。


「あなたと舞踏会で別れたのち……準備を完了しまして」

「!」

「早速ですが――僕たちの結婚式を執り行いましょうか」


レインはそう言うと、私の手をゆっくりと掬って――準備を完了したという場所へ、エスコートしてくれるのであった。



◆◇◆



レインと共に、公爵家の屋敷を通り過ぎて……公爵家内に建造されていた教会にやってきた。


家の敷地内に、教会があることに私は驚いてしまう。


(公爵家って、教会を建てていたのね……!)


きっと表情にも出ていたのか、私の顔をチラッと見たレインは「先先代のおじい様が、趣味で建てたようです」とケロッと話していた。


「しゅ、趣味で……す、すごいですね」


前世の記憶からも、趣味で教会を建てていた人はあまり聞いたことがない。


ただこの世界では、レインの……エヴァンス公爵家はかなりの資産を持っており、公爵家としての敷地も広大だ。


だからこそ、為せるわざなのかもしれない。


レインと共に教会の中へ足を踏み入れれば、奥に神父と思わしき人物が一人立っていた。


レインは私の手を取りながら、奥へ歩いていく中――申し訳なさそうに話した。


「……ウェディングドレスの準備ができなくて、申し訳ございません」

「! いえ、お気になさらないでください。今回は結婚という形よりも――互いの目的が一番ですから」


私はしっかりとそう言葉を紡いだ後、レインの瞳を見つめて話す。


「それに私は、この選択に悔いはありませんから」


虐げてくる家族から離れることができ、一方的に処刑される未来を変えられるチャンスが手に入ったのだ。


むしろこれからの未来について、意気込む気持ちの方が大きい。


私の言葉を聞いたレインは、目尻をやわらげてから声をあげた。


「あなたは逞しいですね。まぶしく感じます」

「え?」

「おや、到着したようだ」


レインが言った言葉の意味を聞こうとした矢先、神父がいる祭壇の前へ到着した。


そして目の前の神父は、口を開き――。


「これから、婚姻の儀式を始めます」


そう声をかけてきた。その声に促されるように、無意識のうちに私は背筋をシャキッと伸ばしていた。


神父は全ての訳を知っているかのように、スムーズに進めていく。


とはいえ、この場には二人しかいないため、制止されることもなく――気づけば、神父は二つの指輪が入ったケースをこちらに向けて来た。


通常ならば、「病める時も健やかなる時も……」といった、結婚式の誓いの内容を聞かれるが――神父の口から出た言葉は。


「今から、指輪の誓約に入ります。お二人とも、自分に付ける指輪をお取りください」

「は、はい……」

「……」


神父が差し出す前開きのケースに入っている二つの指輪から、私は女性用の――小ぶりな方の指輪を、そしてレインはもう一方の指輪を取った。それを見た神父は、続けて。


「……新婦オリビア。汝は、エヴァンス公爵家に嫁ぐにあたって、自身の魔法の力で公爵家に貢献すること……そして汝の夫になるレイン・エヴァンスを裏切らないことを、誓いますか?」


神父の言葉を聞いて、自分がもともと知っている結婚式とは体裁が違うことに気が付く。


しかし神父が口にしたことは、まさしくレインに私から提案したことなため――。


(何も問題はないわ……これがこの世界での結婚式なのね)


文化の違いにハッとなりつつも、私はしっかりとした声色で返事をした。


「誓います」

「――確かに、お聞きいたしました。指輪に魔力を注ぎ……箱の中へお戻しください」


神父からそう言われたので、従うように手に持っている銀の指輪に魔力を注いだ。


そして神父から言われたことに従って……指輪を神父が持つケースの中へ戻した。


神父はそれを確認したのち、レインの方へ視線を向ける。


「……新郎レイン。汝はオリビアを妻として、エヴァンス家における彼女の安泰な暮らしを保証すると――誓いますか?」

「はい、誓います」

「――確かに、お聞きいたしました。オリビアと同様に指輪に魔力を注ぎ……箱の中へお戻しください」


レインも神父の言う通りに、指輪に魔力を注いだ後、箱の中へ戻した。


二つの指輪が戻ったことを神父は確認すると。


「ここに、本日結ばれる二人の誓約を確認しました。指輪の交換を行います――お二人とも、相手に付ける指輪をお取りください」


神父からのアナウンスを受けて、私は男性用の指輪を――そしてレインは女性用の指を手に取る。


「では、新婦から新郎へ――そして新郎から新婦へ、指輪をお付けください」


まずは私からレインへ指輪をはめるようにと、神父から促されたので指示に従ってレインへ指輪をはめた。


指輪が左の薬指にはまった際に、キラリと光った気がした。


(魔力を注いで、誓いをしたから――つけるときに何か痛みがあったりするのかと思ったけれど……何も問題はなさそうね)


自分の薬指にはまった指を確認したのち――レインから私に指輪をはめた。


つつがなく、指輪交換の儀式が終わると。


「ここに、二人の婚姻が成立したことを祝福します――おめでとうございます」


神父がそう祝福の言葉をかけてくれた。時刻は真夜中で、教会の内部にあるステンドグラスからは、月の光を通して――私とレインを照らしていた。


そして神父からの言葉を受けて、レインが口を開く。


「これにて、結婚式は無事に終わりました。お疲れ様です」

「え、は、はい。お、お疲れ様……です?」


想定していた結婚式よりもスムーズに、また短時間に終わったためあまり実感が湧かなかった。


一方で、目の前にいた神父は一仕事を終えたとばかりに、レインと私に挨拶をすると――そのまま教会から出ていった。


(確かに、これは結婚式というより――契約の場って感じね)


レインが口にしていた「契約をすることが本意」ということが、いかんなく出ていたように思った。


ただ、指輪を付け慣れていない薬指と――レインの左手にはまっている指輪を見て、不思議な感覚を持った。


(これもまた……結婚……ということなのかな)


きっと前世の記憶があるからこそ、そのギャップに翻弄されているのかもしれない。


じっと指輪を見つめていれば、レインが再び口を開く。


「あらためまして、僕と結婚してくれてありがとうございます。オリビア」

「え? こ、こちらこそ、ありがとうございます。公爵様」

「公爵……もうあなたは、公爵家の一員でしょう? それに僕は夫になるのですから」

「!」

「呼び方は分かりますか?」


レインはニコッと不敵に笑って、そう言った。


その言葉に私は、「あ」となりながらも、はくはくと口を動かすだけになってしまう。





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