「え?また仕様変更ですか?」と言い続けた世界に転生した
暑い日が続きますので、熱中症には十分にご注意ください。
独自性、独創性、などと言えば聞こえは良いがそれに付き合わされる方の身にもなってほしい。なぜあのとき俺は「馬鹿じゃねえの?」と突っぱねることができなかったのか、そう悔やんでももう遅いのである。
最初のシナリオでは、「卒業パーティーの乾杯のため、参加者たちは近くにいた給仕からシャンパンを受け取った。」だったなあ、とぼんやり前世を思い出しながら熱々のトムヤンクンが入ったカップを受け取った。
季節は真夏、炎天下のガーデンパーティーの会場での出来事である。
始まりは何だったか、たしかそう、半分以上開発が進んだプロジェクトにコンサルタントを名乗る集団が参加したのがきっかけであったように思う。彼らはシナリオに目を通すと、シャンパンはシャンパーニュ地方で作られるものであり、最低でもスパークリングワインなどにすべきと主張したのだったはずだ。
異世界を舞台にしているのだから世界観を大事にするためには違和感は消したほうがいいという主張に皆なるほどと思ったものだ。シナリオライターも異論を唱えなかったし、イラストレーターは絵を書き直す必要もないし、せいぜいプログラマーの俺がシナリオデータをちょっと直すだけで良かったんだ。
コンサルの奴らだって最初はこちらの方針をよく理解したうえで、ちょっと良くなる改善案を提示してくれて助かった事が多かったように思うし、プロジェクトリーダーもクオリティが上がるのは良いことだって彼らを褒めた。
それから一体何が悪かったのか、ここはこうしたほうが、やっぱりこっちはこうしたほうが、と度重なるアドバイスにより整合性は失われ、よくある学園物の乙女ゲームのクライマックスだというのに、これから我々は熱々のトムヤンクンで乾杯をせねばならないのである。シャンパンなどと贅沢は言わないから、せめてキンキンに冷えた氷水にならないものだろうかと忌々しいトムヤンクンを睨みつけるが一向に冷める気配はない。シャンパンよりもトムヤンクンのほうが世界観を壊しているのではないか、となぜ誰も指摘できなかったのだろうか。全ては納期という名の魔物の仕業だったのだろうか。
ジリジリと照りつける太陽に朦朧とする意識の中で、前世で飽きるほど繰り返した言葉が脳裏をよぎった。
(え?また仕様変更ですか?)
思えばこの世界に転生してから何度このこの言葉を思い出しただろうか、魔法があるからと言って何でもかんでも科学的なものを排除するのはどうなんだろうと思った時点でストップをかければよかったのかもしれない。そうすればエアコンは無理でもせめて扇風機ぐらいは会場に設置できたかもしれないというのに。
隣ではモブ仲間のぽっちゃり野郎が夜会服を汗でびしょびしょにしている。そう、「夜会服」を、だ。悪いことをしたなあとは思うんだよ。でもな、納期がもう目の前に迫っているというのにガーデンパーティーにしましょうって言われたってイラストレーターも一枚絵を書き直すのは無理だよ。それでも頑張って背景のレイヤーを屋外に差し替えてなんとかしてくれたんだけど、人間を全部書き直すなんてできるはずがないから妥協したんだっけか。
その結果できあがったのは、炎天下で夜会服を着た人の群れの絵であり、春先の絵には見えないから真夏にしましょうって話になった結果がこれだ。
王子が壇上に上がるのが見える。そしてその後ろにぞろぞろと36人だったか48人だったかの聖女の群れが続く。最初は光の聖女だけだったはずなんだがなあ、やっぱり闇の聖女も加えてダブルヒロインが良いのでは?ってのはまあわからなくもない。お陰でシナリオ分岐がやたら複雑になってプログラムを大きく書き換えたのは覚えている。しかしそこからなんでこんな大人数になったんだったか。
もうちょっとヒロインを増やそうとして火や水の聖女だとありきたりだとかって話になって、じゃあいっそタロットカードモチーフにするかとかトランプはどうだとか、そんな方向性を間違えた議論の末に色鉛筆か何かの色にするとかなんとかって話になったんだっけか。赤色の聖女と朱色の聖女とかもうどっちがどっちかわからないんだが……。その時も俺は「え?また仕様変更ですか?」としか言わなかったんだよなあ。
俺の記憶が正しければ、ここから王子が婚約破棄だって叫んで、婚約者の公爵令嬢が聖女をいじめたって騒ぎ立てるはずだが、無理だよなあ。だって聖女が何十人もいるんだよ?令嬢一人でできるはずもないし、取り巻きとかお友だちとかを使ったって聖女をまんべんなくいじめるなんてできるわけもない。というか王子は王子で何十人もの聖女とイベントをこなしたってことかね?プログラムをどう書き換えても間に合わないからって諦めて似たようなイベントをコピペで増やしまくった覚えがあるんだが、あれをこなしたってことは睡眠時間や自由になる時間どころか下手したら授業や食事の時間も満足になかっただろうに。
ドサリ、と隣で人が倒れる音がする。親友のぽっちゃり野郎が虚ろな目でかろうじて持ちこたえているということは倒れたのは別のやつか。俺もまた死んだ魚のような目で壇上を見上げると、王子は3人目の聖女がどのような被害にあったかを熱く語っている途中だった。
再び、ドサリ、と音がした。ついにぽっちゃり野郎が倒れたか、やつは見た目の割に根性もあるいいやつだったのだが、などと思いながら横を見れば案の定ぽっちゃり野郎は地に倒れ伏し、地面に広がる真っ赤なトムヤンクンはまるで惨劇のあとのようだ。
クラリと視界が回る。どうやら俺もここまでのようだ。
ゆっくりと地に倒れ伏した俺は、なぜ王子は平然としているのか、これが世界の強制力というものなのか?などと考えながらゆっくりと意識を手放した。
もし、プレイヤーというものがいるのであれば、此処から先は君の目で確かめてほしい。
お読みいただきありがとうございました。