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遠敷国

挿絵(By みてみん)

↑同国の国旗



遠敷国(ヲニフノクニ)


〈概要と国民性〉

 世界的な大河である「天の川」の裏にある国。鬼が人口の大半を占めるが、人間や付喪神も住んでいる。 

 世界的にも古い国の1つであると考えられており、少なくとも2500年以上前から存在している。伝統的に他国との交流をほとんど持たず、排他的な姿勢を取る国であり、基本的に他国人の入国を拒否している。しかし、鬼の入国は一律で認められており、特に節分の夜にこの国を訪れる鬼は手厚くもてなされる。また、年に一度、夏に開催される「饗宴(あえのうたげ)」の時期は他国人の入国規制を緩めている。

 さらにこの国は自然由来の資材を用いた建築技術、特に橋梁技術が非常に高く、地震や台風、河川の増水などの災害による建物への被害件数はここ450年間発生していない。


 公用語は日本語であり、中世期のそれに近いが、一部地域では現代の近畿地方特有の訛りがあり、いわゆる「京言葉」を話す。

 国民の多くは刹那主義であり、合理的な思想よりも快楽的なことを選択する国民性であると言われる。また、物質的な快楽よりも精神的な快楽を好む。これに関連し、エッチの回数が多い国ランキングでは常に上位に位置しており、人口から考えると実質1位といわれる。また、人口1人当たりの酒類の消費量は世界1位であり、42.2リットル(推定)である。この要因としてこの国では5歳から飲酒が可能であることが挙げられる。



〈貿易〉

 この国の住民は基本的には自給自足で生活しており、数百年前までは食料や物資が不足すると近隣諸国から掠奪をすることもあった。近年では少ないながら貿易を行っており、農業技術の向上も相まって掠奪の回数が格段に減少した。輸出品目としては酒類が大半を占めている。 

 この国の名産であり、最大輸出品である焼酎「鬼の霍乱」は世界でも有数のランクであり、辛口・淡麗な焼酎として有名であるが、アルコール度数は82%を誇る。

この焼酎は天然のひょうたんに入った焼酎であり、見た目のインパクトからお土産としても人気である。

 貿易とはいっても、「外郎売」と呼ばれる行商専門の鬼が各国を巡って売り歩くという方法を取っている。当然、道中で売り切れることもあるが、その場合は各国を回って注文を取るという方式に切り替わる。その際に取った注文は次に訪れた時に届けられる。旅館や飲食店など大口の定期取引も行っている。基本的に取引は現金払いであるが、物々交換での支払いも受けている(要相談)。

 この「外郎売」は黒い編み笠をかぶり、深紅のつづらを背負って独特な口上を述べながら各地を渡り歩くことが特徴であり、「外郎売」の特徴となっている。その口上は


 酒は百薬の長。酒は百薬の長。東方世界の薬の元〆、薬師如来の御加護あり。やあやあここにありしは、かの「酒呑童子」が醸したる銘酒、其の()も名産「鬼の霍乱」なり。しかして鬼をも惑わす魅力の酒。一献呷れば浮世を離れ、二献参れば夢幻の国、三献回れば西方浄土。我こそはと名乗りを上げたる大虎はいずこの(くさむら)ぞ。我が「鬼の霍乱」ここにあり。


 というものである。各国の酒豪はこれが聞こえてくると、飛んでやってくると言われる。



〈生活と社会構造〉

 国民は家族単位で分散して生活しているが、農業や酒造など大掛かりな仕事を行う際にはいくつかの家族がひとまとまりとなった「村」と呼ばれる集団レベルで行動する。

 この村は国内に3つ存在し、物資や労働力などが不足すると村間で物々交換や労働力の貸し借りなども行っている。村をまとめる役割として「兄役」を立て、村単位では兄役をトップに行動している。時折、兄役は代々「茨木」「酒呑」「八瀬」を襲名しており、それがそのまま村の名前や場所を示す。区別のため、個人名としての「茨木」「酒呑」「八瀬」を示す場合はあだ名や身体的特徴などから関連した異名と共に呼ばれることが多い。兄役は村の構成員による指名で決定されている。


 この3つの村の間に格差はないとされるが、実際には「酒呑」を兄役とする酒呑村は他の村よりやや優位に立つことが多く、「兄役」の中から「父役」(後述)が選ばれるが、これも「酒呑」となることが多い。


 この「父役」が国の実質的な首長であり、国の運営統治や各種儀式を執り行うほか、貿易など国際的な協議などを一任されている。

「兄役」は地方自治体のトップとして置かれており、村の運営統治を行っている。村の運営に関することは全て兄役が判断・決定し、村民らの個人的な争いなども裁定するが、村間の争いなどは兄役同士で話し合いを行って裁定を下す。このとき、兄役たちでは問題をもてあますような場合や話し合いが決裂した場合などには父役の判断に委ねられる。

 この時、問題解決の手段として一対一で武力対決をする「果合」(決闘)が用いられることも多く、これが事実上の裁判となっている。

 果合は「夜叉神宮」の境内で父役・兄役が見守る中で行われる。ルールは死んだら負けであり、防具の使用と変化術の使用は禁じられている。果合を行う当事者が女性であっても鬼であれば本人が直接闘うが、鬼ではない女性の場合は代理人を立てることが慣習となっている。

 基本的には武力決闘が多いが、場合によっては建築技術を競う建築決闘となることもあり、その際は決闘を行う場所に「鬼六神社」の神をお招きし、その神前で決闘をする。

 

 以上のような「兄役」「父役」はあくまでも役職名であるため、女性が選ばれることもある。性別による違いはほぼないが、女性の場合、一部の儀式に参加できないため、兄役・父役の他に「弟役」が置かれることがある。傾向として兄役が女性である時期は村内の私闘の件数が少ない。また年によっては人間・付喪神が就任することもある。この際も鬼の「弟役」が置かれる


 歴代の女性の父役のうち、著名な人物は次の通りであり、彼女らは国内外からの評価が高い。

 ・「日巫女(ひみこ)」 人間と鬼のハーフであり、宗教的な技量が非常に高かった。特に「鬼道」をよく使いこなしたと評価される。弟役は実弟が努め、彼以外との接触が殆ど無かった。しかし、それにもかかわらず、日巫女は妊娠・出産を行った。そのため、周囲からは尊敬の意を込めて「神と交わった娘」と呼ばれていた。


 ・「紅葉御前」 当代父役であり、酒呑村の兄役である。前代父役である「隻腕の酒呑」の養子で、知略に優れ、変化術を得意とする。風流を愛し、文才に優れており、血の気が多い鬼たちを良くまとめている。雅号は更科女(さらしなのむすめ)。また、舞を得意とする。弟役は「下戸の茨木」の息子である。彼も変化術を得意としており、御前の意向で普段は女性に化けている。


 また女性ではないが、歴代の父役付喪神は次の通りである。

 ・「鬼神一振(きしんひとふり)」 銘は「鬼神大王波平行安」。鬼である波平行安(なみのひらゆきやす)が約800年前に作刀した剣であり、年間1万を越えるペースで作成され、膨大な数量が流通した行安の中で唯一の太刀である。本刀(ほんじん)は常に冷静沈着であり、かの孔明の神算鬼謀に匹敵するほどの知略を備えており、世界大戦時には参謀として国の防衛に寄与した。一方で茶の湯に通じており、闘茶を得意とするほか、日本酒を緑茶で割る飲み方を開発した。現在は人の姿はとらず、刀の姿のままで茨木村の山奥にある庵で「隠居」している。


 ・「櫻切行安(おうせつゆきやす)」 こちらも鬼である波平行安が約520年前に作刀した剣である。正式名称は「無銘(号・櫻切)」である。この号の由来は龍造国の某大名が讒言により、打ち首に処されるかといった際に大名の首ではなく後ろにあった桜の木だけが切られたことからつけられた。以後、代々この某大名家に受け継がれてきたが、遠敷国大飢饉に伴って発生した他国略奪の際にこの国にわたり、「梁の八瀬」が愛用した。本刀は温和で釣りを好み、太公望と呼ばれることもあった。一方で武勇に優れており、「梁の八瀬」存命時には彼を主人とし、彼に対する忠義に篤かった。主人の死後、後任の「八瀬」および父役に選出され、その篤い忠義をもって国を導いたが、世界大戦時に大破し、消滅した。現在は八瀬村の集会所に彼の破片と拵が祀られている。



 〈冠婚葬祭について〉

 ★婚姻

 婚姻を申し出る場合、夫が妻の家の家長と決闘を行ったのち、酒の飲み比べ競争を行う風習(「婚儀申立宴」(よめとりもうしたてのえん))がある。かつては夫となる男性が敗北した場合、斬首されて首級をさらすという風習があったが、ある時、妻となるはずだった女性がその首級とともに家族の前で焼身自殺するという事件(1)が起きてからは廃止となった。


 無事に婚姻が成立すると、夫側の家族が全員で妻の家まで迎えに行き、そのまま酒宴を行う。酒宴が終わると妻だけが夫の家族と共に夫の家に帰り、その日から妻は夫家族の一員として生活し、基本的には妻が家族の元へ帰ることはない。だが、出産と妻家族の冠婚葬祭に関わる儀式の際は帰ることが許される。

 

 夫は命を懸けて妻子を外敵から守り、養うことが責務とされている。そのため、他国との戦争時には真っ先に妻がいる男性が招集される。

 妻は子供を産み、育て、子供と家を守ることが義務とされている。しかし、「子供」というのは必ずしも自身の子である必要は無く、子供のいない夫婦が親族の子供を養子として引き取ることもよしとされる。

 家族やコミュニティが夫婦それぞれの責務を果たせていないと判断した場合、「教育的指導」と称した決闘やリンチ、酷いケースでは村八分などの対象となる。この「教育的指導」期間や程度などはケースバイケースであるが、とある古老へのインタビューで過去には最長51年間の村八分が実施されたことが示唆されている。

 ただ、上記のような長期の村八分は一般的な事例ではなく、通常は「教育的指導」を実施しても状況に改善が見られない場合、離縁となる。

 離縁をする際は両家総出で話し合いを行い、双方が納得した場合に離縁が可能となる。慣習的に離縁が許可されるのは具体的に子供に対する暴力があったとき、夫が妻よりも力で劣っているとき(尻に敷かれているのはセーフ)、夫家族が妻に日常的に嫌がらせをしていたとき、子供を育てるために十分な努力をしなかったと判断されたとき、夫婦のどちらかが死亡したときである。

 反対に家庭内暴力や浮気などでの離縁はできないということであるが、これはあまり問題になることはない。なぜなら鬼は種族的に男女の物理的な力の差はさほど無く、力による解決を悪としないためである。また、子供を多く産み、育てることが絶対的な正義とされているため、子供ができる機会を増やす浮気は問題にならないどころか、むしろ推奨されていた時代もある。


 ★葬儀

 この国では村人の中から死亡者が出た場合、村人総出で葬儀を行う。

 葬儀の日となると集会所に遺体が坐った状態で安置し、その周りに酒や料理、生前好きだったものなどを供え、人々はその周りに集まり酒宴を行う。これは故人と囲む最後の食事とされており、多くの場合では故人の好物が用意される。茨木村の長老の話によると、かつてはこのときの酒宴は静かに行われるのがしきたりであったという。

 夜になり、酒宴が終わると兄役を先頭に遺体を運ぶ遺族、提灯を持った村人たち、他村の友人などの順で列をなして国内唯一の火葬場へ歩いていく。このときの葬列を「百鬼夜行」と呼び、これに遭遇した場合、人間であれば目を伏せ、それ以外であれば参加しなければならない。

 火葬場に到着すると遺族や村人は遺体に酒をふりかけて、最期のお別れを行う。これが終わると兄役が故人に最期の言葉を掛け、遺体に火をつける。火の勢いが収まった頃に村人と兄役はその場を後にし、遺族は遺体が燃え尽きるまで見守るのであるが、本来は故人が鬼であれば、体内に蓄積されたアルコール分の作用によって、遺体は自然に燃え尽きるため、見守る必要はない。だが、遺族が静かに故人を偲ぶ時間として行われている。

 遺灰はそのまま火葬場に残し、風雪によって自然に還るようにするのがしきたりであり、遺族が家に持ち帰ることは禁じられている。

 以上の葬儀のしきたりは故人が鬼・人間の場合であり、付喪神が消滅した場合はやや異なる。

 多くの場合、付喪神が消滅する際はもとの「モノ」の形に還るため、それを「遺体」として荼毘に付すこととなるが、そのような「遺体」は神が宿っていた器でもあるため丁重に扱う必要がある。

 本人や村人の意向によって「遺体」がそのまま祀られることもあるが、ふつうは大広間において父役が「御還宴」を行った後、井形にくみ上げた木の中心に「遺体」を安置し、酒をふりかけた後、火を点ける。村人たちはそれを囲みながら「御神送唄(おんかみおくりのうた)」をしとやかに唄って別れを惜しむとともに新たな神の御帰還に際して妨害を試みる悪神や悪霊を牽制する。

 火が燃え尽きた後、父役がまだその場所に神が留まっていないかを確認する祭文を読み上げて葬儀は終了となる。


 ★祭り

 節分は各地から逃げてきた鬼たちを癒す日として位置づけられており、この日は国家行事として「大広間」と呼ばれる儀式用の野外宴会場で大規模な酒宴が朝から晩まで催されている。この日は「鬼の霍乱」をはじめとする銘酒が振舞われ、人肉料理を中心とする豪華な料理が用意され、「儺声乱唄(だのこえみだしうた)」と呼ばれる唄が一日中、歌い続けられる。


 年に一度、夏に開催される「饗宴(あえのうたげ)」は大広間の中心に国中の神々や祖先の霊を一挙にお招きし、神々や祖先の霊と共に酒宴を楽しむ祭りであり、これによって神々や祖先の霊を慰撫し、次の1年に備えて気を回復(2)してもらい、国家鎮護を願うものである。

 祭りは3日にわたっており、1日目は「神降りの日」と呼ばれ、大広間に温泉を模した大釜を設置し、それを清めた後、神々や祖先の霊をお招きする儀式を執り行う。その後、大釜には湯が張られ、この日は常に湯が絶えないようにする。2日目は「饗の日」と呼ばれ、大広間にお迎えした神々や祖先の霊と共に酒宴を行い、神々を慰撫する舞や祖先の霊を歓迎する演奏が絶えず行われる。3日目は「御還りの日」であり、大広間に「御土産」と呼ばれる様々な供物を並べ、神々や祖先の霊にお帰り頂く儀式を執り行う。この時、滞りなくお帰り頂くため、男性だけで儀式を執り行う。しかし、「左府宮(さふのみや)」と呼ばれる霊を始め、数柱の神は男性を好むため、そのような神々にお帰り頂く儀式は「氏長者(うじのちょうじゃ)御帰還」として別で執り行われ、その儀式は父役の他は全て女性だけで行われる。

 これらの饗宴に関わる儀式は全て父役が行うが、儀式を直接的にサポートする役目は「八瀬」や八瀬村の人々が担い、その他の村の者たちは調理や掃除などをする。

 ちなみにこの饗宴に招かれる神には付喪神も含まれているため、普段世話になっている付喪神へ感謝を述べる日ともなっている。



 〈福祉と医療〉

 社会福祉などは未発達であり、医療体制も十分ではない。

診療所は酒呑村と八瀬村にのみ存在し、医者は3人のみである(うち1人は「弟子」)。この2つの診療所で全ての患者を診察しており、国全体の医療を支えている。薬剤師・看護師は国内に存在しない。

 かつては茨木村にも医者が常駐していたが、医師の高齢化により診療所が閉鎖された。


 この国に産院などはないが、出産は妻の家で行い、産婆を呼ぶというのが慣習である。この産婆が新生児の処置をし、産褥期の母体と新生児の医療的サポートを行う。そして家族総出で家事など、その他のサポートを行うというのが一般的である。


 医師不足の主な原因は国全体が排他的なコミュニティであり、外部の医師を招聘しないこと、刹那主義の国民性により長命や延命を重要視していないことなどが挙げられる。しかし、当代父役の「紅葉御前」はこの事態を重く受け止めており、医療器具を付喪神とする計画があることを明かした。(昨年に行われたインタビュー記事による。)



 障碍者に対するサポートは全くと言っていいほどなされていない。

 この国では先天性の身体的障害をもつ者、精神的な障害をもつ者、体力のない者、病弱な者は「障碍者」として扱われている。

 例外として戦いで身体的な障害を負った場合はコミュニティから「障碍者」ではなく「益荒男」として扱われ、食糧や酒などを優先的に融通してもらえる。

 しかし、「障碍者」たちがどの様な扱いを受けているのかは外部からは全く不透明であり、実態が判明していない。(3)ある郷土研究家はいわゆる私宅監置を行っているのではないかと指摘しており、また別の研究家は障害が判明した時点で処刑しているのではないかという見解を出している。

 いずれにせよ「障碍者」たちは表舞台には登場せず、闇に葬られているものと考えられ、国際的な基準から見れば倫理的問題を抱えた国であると評価されがちである。

 しかし、自給自足を基本とし、医療体制が不十分なこの国において、生業である農業や酒造業に従事できず、将来的に従事できるようになる見込みも立てられない人材に対して割くことが可能な物的・人的リソースがほぼないという実態も考慮すべきであろう。

 また、無論、障碍者たちの人権は遵守されるべきではあるが、寿命が300年以上ある鬼がその一生を障害と共に生きていかねばならないということを忘れてはいけない。果たして障碍者福祉の充実が当事者のためになるのか、といったことも考えていかねばならないだろう。



註釈 

 (1)当時、酒呑村に住んでいた鬼と人間のハーフである「釣鐘の娘」が起こした事件。夫となる男性が敗北し、斬首されることが決定すると、娘は父役に三日三晩の間、助命嘆願を乞うた。しかし、決定が覆らないとみると、娘は変化術を修得していなかったにもかかわらず、大蛇と化した。その大蛇は村々を襲い、甚大な被害をもたらした。その後、娘は取り押さえられ、「手力雄の茨木」監視の元屋敷に軟禁され、その間に男性は処刑されたが、彼が処刑された瞬間に娘は再び大蛇と化し、男性の首級を持って逃走した。娘の家族や兄役たちが追いかけていくと娘は「釣鐘の鎮守」の釣鐘の中に入って周囲に火を点け、そのまま男性の首級と共に焼身自殺をはかった。これを受けて父役は釣鐘の鎮守を「釣鐘神社」とし、2人を祭神として祀った。また、男のために命をも顧みない娘の覚悟に免じて、以降は夫を処刑する慣習を廃止した。

 (2)疲れをとって元気になってもらうということ。

 (3)ごくわずかであるが軽度の「障害者」たちは「外郎売」をしていることが判明している。

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