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俺が異世界帰りじゃないかと会社の後輩が疑っている。

作者: 猫野 ジム

 月曜午前8時30分、俺は起床した。会社の始業時間は午前9時。家から会社までは徒歩と電車を合わせて30分。どうやらアラームが鳴らなかったらしい。それとも寝ながら止めたのか。どちらにしろ遅刻確定だ。通常ならば。


 俺は冷蔵庫から牛乳を取り出して菓子パンと一緒に喉に流し込んだ。少しだとしても朝食はしっかり摂らないといけない。

 それから身だしなみを整えて時計を見ると午前8時50分になっていた。


(さて、そろそろ出社するかな)


「テレポート!」


 目を閉じて俺がそう言うとジェットコースターの最高地点から急降下するような感覚に陥った。俺は絶叫マシンが苦手なんだ。だからなるべく使いたくないんだけど、今日は寝坊したから仕方ない。


 その感覚が完全に収まってからゆっくりと目を開けるとそこは会社近くの路地裏だった。

 始業時間ギリギリに出社するのが良しかどうかはともかく、遅刻はしていない。セーフだ。


 俺は魔法が使える。なぜなら異世界から帰って来たから。では異世界で何をしていたかというと、特に何もしていない。いや、何もする暇が無かったというのが正しいだろう。


 召喚された時は魔王を倒してくれと言われたが、当然そんな力があるわけなく、修行を積んでいるうちに別の転移者が魔王を倒したらしい。どうやら異世界の王様は片っ端から勇者候補を召喚していたようで、数撃ちゃ当たるとの考えだったらしい。


 そんなわけで異世界に残るか帰るかの二択になったが、そんな倫理観ぶっ壊れた王が治める国になんて居たくない俺は現代に帰って来た。


 そして帰ってみれば全く時間が進んでいなかったし、おまけに覚えた魔法がこっちでも使えるようになっていた。


「おはようございます」


 俺がそう言って自分の席に座ると隣の席から挨拶が返ってきた。


「先輩、おはようございます!」


 声の主は後輩の女性社員だった。


「日向(ひなた)さん、おはよう」


 日向さんは大学を卒業して今年入社したばかりで、俺の三年後輩だ。黒髪ロングに大きな目が特徴的で目を()く。


「先輩、今日は時間ギリギリでしたね」


「ちょっと電車が混んでてね。遅くなった」


「電車の混み具合は関係ないですよー」


 取るに足らない会話だがこれもコミュニケーションの一種だ。


「それよりも日向さん、今日の社内プレゼンの準備は大丈夫?」


「はい! でもちょっと心配です」


「初めてだけど肩の力を抜いてリラックスすれば大丈夫だから」


 そうやって後輩の緊張をほぐしながら俺は鞄の中を探ると、違和感を覚えた。

 なんとなく鞄の中がスカスカな気がする。あるべき物が無いというか……。その数秒後、俺はたっぷりと汗をかいた。気温の高さから出る汗と冷や汗の二種類が同時に出ていた。

 昨日せっせと家で作成した今日の社内プレゼン用のデータが入ったUSBメモリーが無かったのだ。


(しまった、家に忘れてきた……)


 しかし問題無い。テレポートを使えば5分で取って来られる。俺は休憩と称してテレポートで取りに帰った。


 

 昼休み。この真夏日に飲むキンキンに冷えた炭酸飲料が好きな俺は自販機でサイダーを買ったがタイミングが悪かったのか、ぬるいままの物が出てきた。


(マジか、ツイてないな)


 でも俺は慌てなかった。テレポート以外の魔法も使えるからだ。といっても、手に持った物の温度を変化させるという地味な効果だけど。


 サイダーを自力でキンキンにした俺は弁当を温めようと電子レンジの前に立ったが、故障中だった。


(マジか、ツイてないな)


 でも俺は慌てなかった。今度は魔法で弁当を温めた。そして休憩スペースのテーブルに陣取ると、日向さんが声をかけてきた。


「ご一緒してもいいですか?」


「いいよ、どうぞ」


「失礼しまーす」


 日向さんは手作りの弁当のようだ。俺はコンビニで買ったトンカツ弁当。魔法で温めたトンカツにソースをかけて箸で掴んだ。


「私、先輩に聞きたいことがあるんですけど」


「何かな?」


「先輩、魔法使えますよね?」


「日向さん、いきなり何を言いだすのかな」


「私、魔法を察知できるんです」


 そう言った日向さんは真剣だった。いきなりそんな突拍子のないことを言うのは勇気がいるだろう。よほど自信があるに違いない。


「どこで分かったの?」


「驚かないんですね。普通、魔法を察知できるなんて言うとイタい子扱いされるのに」


「日向さんが真剣だったからね」


「私も異世界に行っていたんですよ」


 その一言で理由は十分だった。


「じゃあ日向さんも異世界で身に付けた能力が使えるの?」


「私は魔法を察知することしかできませんよ。それだけ習得したら魔王が倒されたんです」


「日向さんも帰るという選択をしたんだね」


「だってあの王様、身勝手すぎですよ。それに私はこっちの世界が好きなんです」


 良かった、あの異世界の王がぶっ壊れてると思うのは俺だけじゃなかったんだ。


「先輩、私のお弁当も温めてもらえませんか?やっぱり温かいほうがおいしいですから」


「もちろんいいけど、普段はなるべく魔法を使わないようにしているんだ」


「どうしてですか?」


「すごく疲れるから」


「フフッ、すごくシンプルですね」


「それにしても異世界とか魔王とか、よくすんなり受け入れられたね」


「私こう見えて、マンガとかゲームが好きなんです」


「そうなんだ、俺も好きなんだよ。ついでにアニメもね」


「私もです! 放送中のアニメでは何が好きですか?」


「そうだなあ……」


 その後も趣味の話で盛り上がり、昼休みが終わろうとしていた。いつもは時間を持て余すというのに、楽しい時間は過ぎるのがあっという間だ。


「私先輩が同じ趣味とは知りませんでした!」


「俺もだ。もっと異世界での話も聞きたかったな」


「それなら今日の仕事終わりにご飯食べに行きましょうよ!」


「そうだなあ、さすがに会社の休憩スペースで異世界がどうのという話はしたくないな」


「私たち二人だけの秘密ですね!」


 その日の夜、俺達は夕食を共にした。聞けば日向さんも魔法使いを目指していたそうで、初歩の初歩を習得しただけで帰ることになったことを悔しがっていた。

 テレポートというチート魔法を習得できた俺は幸運だったようだ。


 異世界での経験がこんなところで役立つとは思っていなかった。意外と会社にもまだ異世界帰りの人がいたりして。確認する手段は無いけれども。


 片っ端から「異世界帰りですか?」なんて聞こうものならイタい人認定されることは必至。日向さん、「魔法使えますよね?」なんてよく聞けたなあ。

 そういえば社内プレゼンでも堂々としていたっけ。


「先輩、まだお時間ありますか? 私、観たい映画があるんです。一緒に行きましょう!」


 人生、どんな経験が生きるか分からないものだ。




 

 

この作品の続きが、『俺が異世界帰りだと会社の後輩にバレた後の話』という連載作品です。ぜひご覧ください!

https://ncode.syosetu.com/n0206jf/

『小説家になろう』内の作品ページへのリンクです。

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[一言] ちっ…、リンク飛んでやらァ!!!!
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