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3.トライアル

 翌日、呼び出しを受けた。

 勝ち誇る加害者の一団と、彼女らに守られるように立っているユイ。



「昨日、お前は、傘で諏訪部を殴った。間違いないな?」

「はい」



 男性教諭が眉を寄せるが、釈明の機会は与えてくれるらしい。



「なぜだ?」

「その前に、一つ訊かせていただいても?」

「訊いているのはこちらの方なんだが」

「訊かせていただいても?」



 俺は視線をもう一人の、女性教諭に移す。



「今回の件は、どなたが先生方に報告されたんですか?」

「この子たち」


 女性教諭が言う。敵意を隠すことなく。


「この子たちの目の前で暴力を振るったでしょう。証人よ」

「なるほど」




 今後、『ユイの保護』は彼女たちが行う。護衛という名目で虐待し、失敗の度に俺が呼ばれる。そんなところか。


 俺の役目は、ヴァンパイアのように神出鬼没に、彼女らの『警備』を『かいくぐって』、ユイを『いじめる』こと。



「ところで彼女たちは、放課後の教室で、何をしてたんです?」



 視線をずらせば、何人かは視線を逸らした。

 お粗末なことだ。身代わりを見つけたことに舞い上がって、辻褄合わせを忘れていたらしい。



「そ、その! 勉強を教え合っていたんです!」



 取り巻きの一人が言い、水を向けられた坪木ががくがくと頷く。ひっきりなしに、耳にかかる髪をなでつけようとしている。

 教師の表情が消えた。俺とグループとを交互に見つめている。



「たいていの教育者はバカだ。連中はただ教壇に立って、教科書をまんま読み上げて、定期テストをやれば生活が保障されている。疲労と苛立ち。繰り返すだけの日々。勘が鈍くなるのも当たり前だ」

 叔父の言葉。



「だが、それ以上にバカなのは子供の方だ。一パーセントの天才を除けば、子供は教育者よりもバカだ。なぜなら、バカな教育者に教えられているからだ。

 そういう意味ではよほどのやらかしがない限り、告発を受けても教師の疑いは密告者もされた側もほとんど平等に向けられている。

謂れなき嫌疑をかけられたら、手早く、討論相手を完膚なきまでに叩きのめせ」




「昨日俺は、キミを傘でぶん殴ったんだが、これは共通の事実かな?」



 俺はまず、被害者に事実確認を取った。

 ユイは掠れた声で、ええ、と頷く。





「大切なのは、より多くの意見を取り入れることだ。混乱させることもできるし、真実を導き出すこともできる。それは、主導権を握った人間にのみ与えられる特権だ」




「では、彼女たちは勉強会を開いていた。これは事実か?」

「いいえ」


 教師の疑念が首をもたげる。坪木が慌てて遮った。


「先生! この男は、諏訪部さんを脅して自分に都合のいい言葉を引き出そうとしてます!」



 苦笑。

 だとすれば、自分が殴ったことを認めるバカがどこにいる。

 連中を無視し、質問を重ねた。



「じゃ、彼女たちは何をしてた?」


 困惑したように伏せられた目と、無意識のうちに頬に寄せた白い手。



「嫌がらせを、されていました」

「――っ!」



 少女達の息をのむ声が聞こえてきた。

 この学年の、このタイミングで暴露されれば、タダでは済まないスキャンダルだ。



「そ、そんなこと私たち、してません!」

「それに関しては俺が証人になりますよ」

 肩をすくめて言う。



「第三者の立場ってわけじゃないですけれど、それを指摘して俺の暴行の事実が変わるわけじゃない。ですから、これと言って利害は発生しないでしょう?」



 相対的に自分の罪を軽くしているとも言えるが、前提条件は覆った。



「どういうことなの?」

 女性教諭の口調は、明らかに変化していた。



詰問に対し、グループはまず否定する。

畳みかけられれば、気まずそうに沈黙する。



 一方のユイは水を向けられれば、どのようなことをされたのか、感情を交えることなく淡々と説明する。

 言うまでもなく、役者が違いすぎる。




「それにしても」



 と、沈黙を破るようにして、ユイは言った。閉じていた眼を開け、再び自分の頬に手を添える。鋭いまなざしがこちらを射抜いた。



「いくらいじめを告発したいからって、女の子の顔を殴る?」

「悪かった。慰謝料としてクレープを奢るってのは?」

「へえ。あんたの謝罪の気持ちって、そんなに薄っぺらいの?」

「厚さで測るんならお好み焼きでもいいんだが」



 俺の軽口に、ユイは呆れを混じえて睨む。



「もう少し、穏便に事を済ませられないわけ?」

「ここまでスピーディとは思わなかったんでね」



 数日間いじめが止まればいいとは思ったが、まさかこうなるとは。



「あ、あんたたち……!」

「黙りなさい!」



 坪木が怒りに肩を震わせるも、女性教諭の一喝でシュンとなったが、こちらには殺意すら滲ませた視線を投げつけてきている。



 いじめに寄り添う同性の麗しき友情。

そんな『美談』の夢も破れ、女性教諭の声は憤懣を隠しきれていなかった。




 一方の担任は、俺とユイに交互に視線を向け、言った。



「……そんなに、教師は頼りないか?」

「いえ」



 ユイが首を振る。



「被害を訴えることは、己の弱さを暴露するような気がして、私のプライドが許さなかっただけです」



 他人事のような口ぶり。三十字以内で人物の心境をまとめる、現国の問5。

あるいは、児童心理学入門のテキストと向き合っている気分だ。


 担任も不信を隠さないが、ユイはそれ以上を語るつもりはないらしい。沈黙が続く。



「ところで、加害者たちにはどんな罰が?」


 もちろん俺も含めて、と付け足すと、教師はこちらに向きなおった。


「保護者の呼び出し、実態調査の後、規模に合わせた罰――まあ、出席停止とかだろうな」

「でしょうね」



 だが、加害者にとって一番の罰は、周囲のまなざしが変わってしまうこと、そして、内申点が下がることだ。



 受験勉強に励むべきこのシーズン。

 推薦枠からはまず外される。内申点もどうなることか。

 この辺の高校は、内申点も重視しているのだ。



「何を他人事みたいに」


 拳が降ってきて、俺は頭を押さえて蹲る。



「お前も。いじめをやめさせようとして、被害者を傘でぶん殴るってどういうわけだ?」





 サイコパス検定初級。

問一。


 なぜ、いじめをやめさせようとした人間は、被害者の方を攻撃したのか?

 答えは既に本文に在った。




 ユイは円形のメガネを押し上げため息をついた。



「まったく。こんな時期に」

「……ああ、そうだな」



一拍遅れて、教諭が相槌を打つ。

何ともいえない表情で。



「……本当に。こんな時期に、な」


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