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23.大人になる


再びソファに戻った。残ったのは本物の、『ここにある』銃で、テーブルの上にあった。



弾倉から弾を抜く。シリンダーが回転することを考慮していなかったため、俺は空打ちしていたらしい。


死ぬかもしれないという覚悟が、滑稽なものに変わっていく。


鉄球が床に散らばり、虚しい音を立てる。




これで終わったのだろうか。

あまりにむなしく、呆気ない顛末。




『サタデー・ナイト』は消えた。今後、完全犯罪は成り立たない。



既に、自分の手を汚さないようオカルトに頼っていた連中も、消滅した『縁』に、少々頭を痛めているかもしれない。



「ざまあみろ」



呟いて、笑おうとして、笑えなかった。




強張った体が震えていた。一向に震えが止まらず、自分の体を抱いた。


俯く頭を支えようとして、肘が太ももに刺さった。頭皮に爪が食い込んでも、痛みは感じなかった。





どれくらい時間が経っただろう。


ふと、入口に人の気配を感じて顔を上げた。



「恵麻さん、唯……」



唯の顔は、複雑な感情に彩られていた。肩にそっと置かれた手が優しい。


恵麻さんは、テーブルから拳銃を取り上げると、弾倉を丸ごと軸から外し、ポケットに仕舞った。


てきぱきとした機械的な動きは、自分にも他人にも甘えを許さないような緻密さだった。




「あなたが、やったんですか?」




唯が俺と、恵麻さんの間に視線をさまよわせる。背を向けたままの恵麻さんは俺の言葉の続きを待っている。



「叔父は初めから、存在しなかった。確かにコンタクトは取れたが、叔父の持っている拳銃は、実在しないものだった。手紙を送って来るなんて不可能だったはずだ」



その場から立ち上がる。立ち尽くす恵麻さんへと距離を詰めながら、呟く。



「『サタデー・ナイトを探せ』という叔父の手紙。それだけじゃない。叔父に会うための手筈として、その拳銃まで用意してくれた。


あなたはこの事務所の管理人だった。けれども、俺は、あなたと叔父がどういう関係なのか、一度として確かめたことはない」



叔父の幻影からの告白。

見えそうで見えない、事件の全貌。


この推察だって、当たっているかどうかわからない。それでも、尋ねずにはいられない。


あまりにも現実離れした状況に、俺は彼女を責めたいのかもしれなかった。



「……俺じゃなくとも」

「キミにさせるのではなく、ワタシが役割を担うべきだった、と?」



 彼女はすべてを知っていた。一瞬言葉に詰まって、気圧されないように語気を強めた。



「効率の問題です。そこまでお膳立てできるなら、こんなまどろっこしいやり方は不要だったはずだ」

「いや違う。キミはワタシに敵意と嫉妬を抱いている。キミの知らない、吉川武という男を知っていたという点において」

「答えになっていません」

「だが、図星だろ」



靴底をキュッと言わせながら、こちらを振り向く。深呼吸のための動きが、顎を突き出して見下すような、傲慢な仕草にも見えた。



「確かに、ワタシはキミを動かした。けれどもそれは、ワタシの意志というよりも、吉川武の願望だったと言える」

「どうして?」

「叔父にあったキミなら、理解できると思うけど?」



恵麻さんは向かいのソファに腰を下ろし、流れるような動きで煙草を咥え、ライターで火をつけた。



「そもそも今更になって、ワタシと彼の関係を知りたがるというのは、おかしな話だね。ワタシは弁護士で、彼はワタシの雇い主だった」

「『だった』なら、もうそのお役はごめんでしょう」

「けど、そうでもない。雇い雇われ、というだけの関係でないことは、うすうす知っていただろう?」



躊躇いがちに頷く。

体を動かすと、よりはっきり、唯の掌の力強さが感じられた。



恵麻さんは疲れたサラリーマンのように体を投げ出している。


立ち上る紫煙を見つめ、先端の灰が転げ落ちた頃、言葉が紡がれた。



「命の恩人だった」


恵麻さんは、そう言った。



「恋愛では語れない、周囲からすればストレンジとも思える関係かもしれない。とはいえ、ワタシは明かすつもりはないけどね。たとえキミが、彼の甥であったとしても」

「今回の件は、どこまで掴んでいたんです?」

「信じてはくれないだろうけれど、キミとほぼ同じくらいのタイミングだね」

「ウソだ」

「やれやれ。随分嫌われたものだ」



恵麻さんは再び煙草を唇に差し込むと、いったんソファに身を預けた。紫煙を吐き出して話を戻す。



「噂自体は知っていた。それが唯一の手掛かりだった。小澤君とは頻繁にやり取りしていたからね。彼の話せる情報と、警察が信じない噂。それらを統合して、ありえない結論を導き出した。非現実的なファンタジーを」

「それを解明させるために、叔父の名で手紙を出したんですか?」

「仮に彼の意志が事件にかかわっているとすれば、キミに自分の運命をゆだねると、ワタシはそう思っただけだ。実際当たっていたようだし」

「叔父が死んだと確信したのはいつごろです?」

「ワタシの口座に、事務所の管理費の振り込みが止まってからだね。とはいえ、少なからず彼の財産はあったから、自動で引き出されていたけれど」



恵麻さんは内ポケットを探り、通帳をテーブルの上に投げた。

叔父名義の通帳だ。



「吉川武名義だけど、共同のものだ。運営資金はここから出ていた。キミの叔父は、数少ない収入を趣味につぎ込んでいたわけさ」



彼女の指がテーブルを弾く。



「職業柄言わせてもらうと、パブリックな金の動きが止まるより、プライヴェートの動きが止まった時の方が、事態は深刻なものなんだよ」

「それだけで叔父が、幽霊もどきになっていたと?」

「さっきも言ったろう。様々な情報を統合して、だ」



短くなった煙草を握りつぶし、その手で灰皿を引き寄せる。



「同性の、男同士にしかありえない絆というものがある。どれだけ親しくなっても、踏み込めない場所を、男たちは持っている」




私が加われるはずもない。

呟きは低く、小さく、呪詛にも聞こえた。




「君たちが病院に送り込まれてから、彼がコンタクトしてきた。銃弾が、キミたちを結び付けたおかげさ。幽霊らしい、夢という手段でね」



二本目の煙草を口にくわえると、動きに応じて、先端が上下した。



「再会の挨拶もなし。キミの話では雄弁だったらしいが、あの男ときたら。弁護士は実利的な話しか好まないとでも思っているのか。拳銃を用意しろ、だとさ。わざわざ神社に掘り起こしに行く羽目になった」



フィルターのない煙草の端を、ぎっと噛み締めると、彼女は諦めるように大きく、長い溜息を吐いた。



「それでもまあ。最後にツラを拝ませてくれたのは、あの恥ずかしがり屋の感謝のかたちだったのか……どのツラさげて会いに来たのか、と言い返せたならよかったのになあ」



寂しそうな、嬉しそうな、諦めてしまったような顔。




子供の頃の、お祭りを思い出すような顔。

決して、このような形で締めくくられるものではないはずなのに。



「叔父にだって責任はあります」



視線をこちらに戻した恵麻さんは、笑みを浮かべたままだ。



「そうだろうね」

「アンタは叔父に会えて、嬉しかったかもしれません。だけど、まだ何も終わっちゃいないんです」

「その通り」

「人死にが出てるのに、大人のアンタが。弁護士であるアンタがそんなんじゃ――」


「わかっているさ。キミたちの命がけの戦いを、ワタシのひと夏の思い出のように扱うつもりはない」

「だったら――」

「ワタシはすべきことをした。少なくとも、当事者としてはね。ケアと職業としての義務は――依頼があれば、もちろん」



間違っていない。

恵麻さんはやるべきことをした、と言える。


いやそれ以上。事件の一端を明らかにした功績がある。



それでも釈然としない。納得できない。




この事件の犠牲者、被害者。

特に、音羽布津という少女がどれだけの傷を負ったかを知っていてなお、それを路傍の石のように扱うことに。



「……今後どうするんですか。恵麻さんは」

「幽霊とお別れしたし、後は墓守さ。キミは気分を害するかもしれないけれど」



 彼女の役目はここで終わりだ。恵麻さん自身理解している。



「情報は引き続き集めておく。小澤君も、できる範囲での情報提供をしてくれるはずだ。ま、彼がいなくなった今、もう必要はないかもしれないが」



主役として、まだやるべきことがある。脇役に、それも、自ら袖に引っ込んだやつの相手をする暇はない。


 立ち上がり、彼女に背を向ける。



「ああそれから、墓守といったけど――もちろん、彼の遺言は遵守する。二十歳になったら、この事務所の名義はキミのものになる。資金はこちらが融通するよ。その暁には、キミは晴れて探偵さ。所長兼、探偵ってわけだ」



「やりたきゃアンタがやってください」



最後にそう答えた。



「俺じゃ力不足ですので」



ちらりと振り返ると、彼女のシルエットが、紫煙もろとも窓に浮かんでいた。



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