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19.同類


彼女は俺を突き飛ばし、荒い息を吐き出した。


濡れたブラウスに、下着が透けて見えている。



「ボクに、何を求めるつもりだい?」

「アングラサイトの閉鎖と、情報提供だ」

「その情報を得て、どうするつもりなのかな」

「真実を暴く」

「は」



 牧野は毒々しい笑みを浮かべる。嘲りを露わに、こちらを見下す。



「真実。何が真実かなんて、キミだって知らないくせに。どうせそれは、事件解決って意味だろ、探偵さん? 無駄なことだ。この事件は初めから、人間が太刀打ちできるようなものじゃないんだよ」


 それとも、裁くのは俺だ、とでも言うつもりか。マイク・ハマー?




「そう思いたきゃそう思え。お前は事件のことをどこまで知ってる?」



 下唇が白くなるまで噛み締めた牧野は、やがてゆっくりと口を開いた。


「……初めは単なる噂話だったよ。『警察に発覚することなく殺人を成功させることができる』っていう、ね」



 牧野は喉を擦り、それから、鬱陶しげに自分の髪を搔き上げた。



「よくある話だけど、殺人ってのは実行前も実行後もかなり興奮するものだ。アドレナリンの分泌とか、緊張とかが関わっているんだろうけど。しかも、高校生ともなれば、ちょうど授業で挫折を覚える年齢だ。そんな時、プライドを維持するために、自慢できる何かを放出せざるを得ない」



 尾崎豊だよ、と牧野は言う。



「尾崎豊の『卒業』だ。喧嘩を武勇伝として大げさに言いふらすのさ」

「その『自慢』を、お前はどこからか聞き出したわけだ」


「連続殺人の中で、教師が殺された件があった。それを自分がやったと言いふらすバカな男がいた。頭の悪そうな彼女に向かって、駅前のバーガーショップで、大声でね。もちろんそんな能無しが、警察の捜査をかいくぐって完全犯罪を達成できるはずがない。そいつは『おまじない』と言ったんだよ」

「おまじない、か」

「要するにオカルトの領域だ。話を聞けば、それが神社に由来しているというじゃないか。神社もまた、今じゃオカルトの域だからわからなくもない。だが、神社というのは伝承と伝統という二つが大きく作用している」

「伝承と、伝統?」



 聞き返す俺に、ようやく余裕を取り戻したか、牧野が饒舌に語る。



「福沢諭吉の自伝の中に、神社の石を捨てて、その代わりその辺の石っころを入れておいても、誰も気づけなかったという話がある。言い換えれば、ただの石に過ぎなかったそれも、神社という権威をバックボーンに、本物のご神体に変わったと言えなくもない。


オカルトという不確かなものは、自分の存在を確固なものとするには、誰かに信仰されることこそが重要なんだよ。そして、時にそれが共同幻想を作り出す。ある閾値を超えた時、そこに真実と虚構の境界は存在しない」

「『口裂け女』の都市伝説のようなものか?」



『都市伝説』が『目撃証言』となり、警察を動かすという現実へつながった、オカルトが現実を侵食した例だ。



 牧野は肩をすくめ、似たようなものだ、と肯定する。



「ゆえに、ボクは考えたのさ。その『おまじない』をより広域に、事実として確立したものへ変貌させたらどうなるか。それもまた、オカルトがこの世により物理的に干渉できる証拠となりうる。


さらには、『将来』『保身』を考えて『完全犯罪』を行おうとする人間は、大抵劣等感にまみれたクズだ。連中は数年もすれば、教師を殺したと恋人に自慢するようになるだろう。


だがそこに、『真実を知る人間』から、告発が届いたらどうだ? 証拠はないと突っぱねたとしても、罪を犯したことは自分自身が知っているはずだ。そう言ったクズは、自滅する」

「そう言ったクズの背中を押して、本物に仕立て上げた後、そいつらを社会的に抹殺する、と?」

「地域貢献の一環としては十分だと思うけど? それに、殺意を実行に移すかどうかは、その人間の自由意思だ」



 牧野の回答はそっけない。




確かに、『第三者』からすればそうだろう。

 だが牧野は、『第三者』の立場ではない。




「そいつらの背中を押した時点で、お前も殺人教唆と同じことをやっている。頭がいいわりに、自分のことは見えてないらしいな」

「ウワサを広めることが、どう殺人教唆に繋がるのさ?」

「法律的なことじゃない。道徳的なものだ」

「道徳!」



 呆れたように牧野が手を打ち鳴らす。



「久しく聞かない言葉だね。てっきりもう死んじまったものだと思ってた」

「思い込むのは勝手だ」

「そっくり返すよ。ボクは教唆なんてしていない。おまじないを教えただけだ」



 平行線をたどるのは分かっている。


嘘に対し罪悪感を抱くことのない人間は、破綻するとわかり切っている嘘も平気で口にする。


彼らにすれば、それらのうち一つが相手を納得させ、一時的にでも丸め込めればそれで十分なのだ。


 嘘に罪悪感を持たなければ、責任感を持つこともない。



「サイコパス、ソシオパスという言葉が広まって久しい。そう言った連中は、映画やドラマの敵役で、絶対的な悪として君臨するために、さぞ頭がいいように描かれる。が……」



 結局のところ、責任感が欠如した人間、共感できない人間はどこにでもいる。



できないことが問題なのではない。

共感しようとすること、克服しようとすること、そういったことを放棄することが問題なのだ。


自分にそういった力が備わっていないことを言い訳に、他人の心を土足で踏み躙る人間こそが、悪だ。


そして、そんな『低級』なサイコパス・ソシオパスの例は、牧野のように、どこにでもいる。



当たり前のように誰かを嘲笑い、不幸を願って、当然の権利のように責任から逃れる。


だがそれは、本人の頭脳次第だ。



「そもそもお前が本当に頭のいいサイコパスなら、俺程度の人間に丸め込まれるような醜態は晒さないだろうよ」



 何か言いたげな牧野を手で遮り、言葉を続ける。



「お前は自分の好奇心を満たしたいだけだ。どんなお題目で見繕っても、単にムカつく奴を抹殺してやりたいという、お前の言う『クズ』とどっこいだ。


確かに俺はお前を裁けない。最初から責任を感じていないお前をどう責めようとも、お前にとっちゃ、痛くもかゆくもないんだろうよ。


だが、お前を憎み、嫌い、殺したいとさえ思う人間は決して少数ではない。お前ほど頭の良くない連中は、お前の『恩』も忘れて、お前を殺しにかかるかもしれんぜ」



 俺の言葉がどれだけ届いたかはわからない。だが、どうでもいいことだ。

 踵を返す。



「よく言うよ、吉川。キミこそ本物のサイコパスだ。後輩を巻き込まないようにするとかなんとか、そういった人間らしい感情、罪悪感も、全部後天的に学び、貼り付けてるだけじゃないか。


キミが普通の人間なわけがあるか。キミこそ、ボクよりもうまく普通の人間に擬態しているサイコパスなんだ。仮にこの件を解決したとしても、それが何だって言うんだ……」



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