ザ・リビング・デッド・オブ・キンギョ
初めに出目金の死があった。
ある日、黒出目金のキンタがプカプカと水面に浮いていたのだ。無理もなかった。飼い主は俺達金魚をほったらかしにして、もう長いことどこかへ出掛けてしまっている。
餌は貰えない。水槽内には緑の藻が生えまくり、正体不明の貝なども発生して大変なことになっている。
俺もキンタのようになるのかな。そう思っていた時、琉金のリサが声をあげた。
『キンタが……! キンタが泳ぎ出したわ!』
見るとその通りだった。死んだはずのキンタが、逆さになっていた体をまっすぐに起こして、しかし何だか不自然に斜めに揺れながら、ゆらりゆらりと、泳ぎ出したのだ。
皆がすぐに察した。キンタは生き返ったのではない。死んだまま、動いているのだと。
初めは濾過器の作る水流が動かしているのだと思った。しかしどう見てもそうではない。
キンタは取れそうな目をギョロリと動かし、口からは呻き声を漏らしながら、ボロ雑巾のように破れた鰭で泳ぎながら、俺達のほうへ向かってきたのだ。
「キンタ! よかった! アンタ生き返ったのね?」
一匹だけ空気の読めないランチュウのレイラが最初の犠牲者になった。彼女は迂闊にもキンタに近づいた。
キンタが口を開けた。パクパクとかわいく生前は動いていたその口は、鮫のように牙が並ぶものに変化していた。
キンタはゆらゆらと遅い動きから、一転、素早く襲いかかり、レイラの赤い瘤のような頭に噛みついた。
それからは惨劇が水槽の中で繰り広げられた。リサが食われ、ボブも食われ、遂には俺一匹となってしまった。
和金の俺は水の抵抗が少なく、鰭も皆のようにヒラヒラしていないので素速い。しかし、やがて体力が尽きれば俺も食われるのだろう。水槽の中に逃げ場はなかった。
そう思っていると助けがやって来た。
上からとぷん、とぷんと、二匹の金魚が外から飛び込んで来たのだ。
「助けに来たわ! ワッキー!」
俺の名を呼んだのは救助隊のハリエットだった。相棒のジュリアンと一緒だった。
しかし金魚にゾンビに対抗する武器などあるはずもなく、二匹もすぐに食われてしまった。
ゆらり、ゆらりと、キンタが俺を追い詰めた。
眼球はもう取れてぶら下がっている。その目に囚えられて、俺が観念したその時だった。
水槽の中が青く染まった。
メチレンブルーだ! 水槽内に猖獗を極めるゾンビウィルスを退治してくれる救いの薬だった。
ようやく帰って来た飼い主の巨大な顔が、不気味に水槽を覗き込んでいた。