生まれつき心を読む魔法が使えるのですが、好きな人の心だけは怖くてまだ読めません。
私には生まれつき使える魔法がある。私は人の心と記憶を読むことができる。この王国では王族の何人に1人かは使える能力で、王族が敬われ、畏れられている一つの理由でもあった。
この能力を持つ人だけが就く仕事がある。国内唯一の裁判官。それが10歳の時から、私の仕事だ。
私の職場、裁判所には窓がない。暗い中で燭台の上の蝋燭の光がゆらめいている。
「セイレーン様、罪人を連れて参りました」
この国の裁判はとてもシンプルだ。裁判官の前に牢番が繋がれた罪人を連れてきて、裁判官が心と記憶を読む。
「有罪、強盗」
「無罪、被害者の自作自演」
「有罪、殺人教唆」
私が罪人の頭部に触れ、罪名を読み上げ、それを秘書が書き取る。その内容に従って、法に決められた罪が適用される。
生まれたときからこの魔法が使えた私は小さい頃、力を制御できなかった。人の心、記憶が分かることが当たり前で、日常の延長にこの仕事があった。
10歳で前任者が亡くなり裁判官を始めた頃は、時には殺意を向けてくる殺人者たちが恐ろしくて眠れない日もあった。しかし、他に代われる人もなく、王族の義務、仕事は仕事で割り切って、最近ではもう何も感じない。
そんな私だが、最近、怖いことが一つある。
仕事を終えて裁判所から出ると、周囲の明るさに驚いて目を瞑る。
「セイレーン」
金髪に青い目の美しい男が、私に向かって駆けてくる。
アレックス・クロノ、隣国、クロノ王国の第二王子で、今は遊学でエバンス王国に逗留している。
キラキラしている。まぶしい。もう慣れたとはいえ楽しくはない仕事での陰鬱な気持ちが晴れていく。
「アレックス、どうしたの」
「会いたくなって、仕事終わるの待ってた」
素直な言葉を聞いて、恥ずかしくて顔が赤くなる。
お互いに惹かれあっていると分かって、恋人同士になって3ヶ月。アレックスは思ったことをすぐ言うので、言われる方は恥ずかしい。
「迷惑だった?」
そう言いながら、自然な仕草で手を私の手に重ねて、指をからめる。
「迷惑じゃない」
外で誰かに見られたら恥ずかしい気持ちもあったけど、隠している関係でもない。堂々とすればいいかと思い直して、つないだ手を、ぎゅっと握り返す。
「ねえ、あのお店に行かない? いつもの」
「いいね」
その店は裁判所から遠くない。すぐに着いて、椅子に座った。注文はいつもと同じ。しばらくすると注文した飲み物が運ばれてきた。アレックスはコーヒー、私は季節の果物のジュースだ。
「仕事、大変だったでしょ」
「ううん、もう慣れてるし。大変なこともないの」
私は届いたジュースを一口飲んだ。甘い。疲れが癒やされるようでほっとする。
「そうは言っても、人の頭の中をのぞくんだろ」
アレックスは心配そうに私を見ていた。
「私にとっては当たり前のことだから」
「当たり前なんだったら、俺の頭の中も読んでほしいな」
そんなことを軽々しく言う。
私はどうしても彼の心、記憶を読む気持ちになれない。
不安が消えない。
いろんな人の心を読んできた。表面上好意的なのにひどいことを考えている人、愛しているといいながら別の人のことで頭がいっぱいの人、いろんな人がいて、心を読むまでその本心は分からない。
アレックスは私を好きだと言うけど、それは本当?
本当だとして、どれくらい好き? 私と同じくらい? それとも少ない?
誰かにいわれて、好きなふりをしているんじゃない?
好きな人が私のことを好きだと言ってくれる。それだけで奇跡みたいなことだ。それが本心かどうか、確かめるのが怖い。期待通りじゃなかったら失望する。口ではいいと言ってくれていても、自分の頭の中をのぞかれるのは気持ちのいいものじゃないと思うから。
「心、読まないの?」
「今日は、ちょっと」
「いつもそういうけどさ、仕事だったらいいのに、俺はだめなわけ?」
仕事は仕事、私は罪人たちになんの感情も持たないようにしているし、アレックスのことは違う。
「そんなこと言われても、仕事とこのことは全然違うよ。そういうことじゃなくて、私の気持ちがまだ・・・」
「不安にならないで、セイレーン」
見透かすようにアレックスは言った。彼は私より、私のことを分かってるのかもしれない。心を読めなくても、心を読む以上のことを分かっているんじゃないかと思うときがある。
「君にとって、心を読むのは普通のことなんだろ。俺は単純だから、いつ読まれたって、口で言ってることとそう変わらないよ。読んでみて、絶対大丈夫、保証するから」
言われてみれば、アレックスは少し大げさだけど裏表のない性格で、好意もそのまま、不機嫌もそのまま口に出す。それが分かっていても、私はまだ不安だった。
「保証するのね」
「絶対だ」
「私は今だけじゃなくて、過去だって、あなたが隠したいこと、全て知ることができるのよ」
「問題ないよ、さあ」
アレックスは無防備に目を閉じた。なにがなんでも心を読ませたいらしい。私は諦めて、一つ深呼吸した。
頭の中を仕事モードに切り替える。
何があっても、どんなことを彼が思っていても、私は気にしない。表に出さないよう覚悟を決める。
よし、大丈夫。
確信を持って、ずっと目を閉じたまま待っている、アレックスの額に手を伸ばし、魔法を使った。指が震えるのをとめられない。やっぱり怖い。
私の気持ちはお構いなしに、彼の心が私に流れ込んでくる。
『紫の目が宝石みたい』
『真っ赤になってかわいい』
『世界一』
『好きになってくれてありがとう』
『でも絶対俺の方が好き』
『みんな見て!かわいいでしょ、俺の彼女』
次々と普段の発言の比じゃないくらい、甘い言葉が、次々流れ込んでくる。うれしいとか通り越してもはやパニックだ。
「待って待って無理もう何にも考えないで!!」
私はパッと手を離して、アレックスの心をシャットアウトした。
「え、そんな。思ってること全部伝えるチャンスだと思ったのに」
普段は我慢してるんだけどな、と言うアレックス。私は驚きすぎて目を白黒させていたと思う。アレックスの心には、私に対する、悪い感情は何にもなかった。いつも通り、それ以上の好意に、どう返せばいいのか分からなくなってしまう。
「結婚しようって思ったところは聞こえた?」
「え!?」
「聞こえてないか、じゃ、改めて」
アレックスは私の手を取って自分の額に触れさせた。
「結婚しよう、本心だよ」
私は手を引っ込める。
私の魔法は、その人の額に手を当てることで発動させる。アレックスの額に手を当てていれば彼の気持ちを読めたけど、ここで読んでしまうのは、フェアじゃないと思った。
読んだって、読まなくたって、私の気持ち、返事は同じだ。
私は、私の気持ちが読めない彼に、精一杯自分の気持ちが伝わるようにアレックスの青い目を見つめて答えた。
「うれしい。よろしく、お願いします」