お狐様、東京第8ダンジョンに潜る2
連弾。イナリの放つ狐火が次から次へとリビングメイルを破壊し、他のリビングメイルが盾になる形で逃れたリビングメイルがイナリの下へ到達し剣を振るう……が、袈裟懸けに斬られその場に崩れ落ちる。そうして全てのリビングメイルが倒れた後に魔石や何らかのドロップ品が残るが、イナリはそれを拾わず奥へと進む。
「もったいない。ないが……今は一刻を争う事態じゃ。呑気に拾っとる暇はない……」
魔石を拾うのはイナリの目的のための手段の1つではあるが、今まさに危機にさらされている人命を後回しにするわけにはいかない。何が目的かは分からないが、相手の取る手段に「抵抗できない人間の殺害」が含まれているのは明らかだ。そうである以上、イナリはそれとは直接関連しないものを優先するわけにはいかない。もっと言えば、無辜の人々の被害を許容できないのだ。
だからこそイナリはダンジョンの奥へと走っていく。広間を抜けると左右に通路が分かれており、イナリはほぼ直感で左へ向かう。
(此処の構造は一定周期で変わる……行き止まりでなければ良いが……!)
自分の直感と運を信じるしかない中でイナリは走り、途中に立ち塞がるリビングメイルを狐火で破壊しながら進み階段を登っていく。そうして進んだ先の扉を開けると……そこは食堂のような空間だ。
大きなテーブルに並んだ綺麗な食器。浮かび上がり襲ってくるフォークやナイフをイナリは突き出した手の先から展開する結界で弾き、即座に扉を閉める。扉にフォークたちがぶつかる音を聞きながらイナリは身を翻す。あの先は行き止まり。ならば余計な時間を使っている暇はない。
「ええい、行き止まりとは! ならばあぁーっ」
突然足元がパカリと割れ出来た落とし穴にイナリは落ち、そのまま下の階に着地する。ちょっとビックリしたが、怪我1つない。問題はこの小さな部屋が何処かだが……扉を開けてみると、廊下に繋がっている。一本道のそこを走り、その先の扉を開けると、そこは最初の玄関ホール。居並ぶリビングメイルがイナリに一斉に顔を向け、武器を構えて走ってくる。その様子に、イナリは思わずヒクついた笑みを浮かべてしまう。
「な、なんと性悪な! ええい、負けん! こんな嫌がらせに儂は絶対に負けんぞ!」
襲ってくるリビングメイルの群れをイナリは再び狐火で殲滅すると、奥の扉を開けて今度は逆方向へと走っていく。階段を上がり、降り、扉を開けて、進んで。辿り着いた先は、最初のロビー。居並ぶリビングメイルが、一斉にイナリへと顔を向けて。
それを更に2度ほど途中のルートを変えながら繰り返し、イナリはロビーに膝をつきぜえぜえと息を吐く。
「お、おかしい。流石におかしいのじゃ! 違う道を選んどるはずなのに気付けば此処へと戻ってくる……!」
そう、毎回違う道を選んでいるはずなのだ。なのに、気付けばこの玄関ホールへと戻される。1度や2度ならそういうこともあるかもしれない。3度目でもまあ、有り得なくはない。しかし4度目はおかしい。何らかの妨害を疑う段階にきている。しかし見た限りでは違和感など何処にもなかったはずだが……しかし現実として「何か」がおかしい。イナリの運が悪いのを含めても、それで片づけていいレベルを超えている。イナリは息を整えて、周囲を見回す。
玄関ホール。ダンジョンの入り口から入れば此処に辿り着くのだから、文字通りに玄関ホールだ。
一番奥には大きな扉。そして周囲には小さな扉が幾つもある。しかし、あんな無数の扉は……此処に最初に来たとき、あっただろうか……?
「……となると、化かされておる……か?」
ダンジョンを歪めるもの。かつてシステムが告げたその単語をイナリは思い出す。此処にもそれがいるのは、これで確定した。そしてどうやら、今回はのぞき見している者は居ないようだ。となれば……自力でこの迷いの罠じみたものを突破しなければならない。
(だんじょん自体が変えられているのであれば、それをどうにかするのは無理じゃな。となれば……これしかあるまい)
狐月を構え直すと、イナリは刀身に指を這わせ滑らせる。
イナリの指の動きに合わせ白い輝きを纏っていく狐月は、イナリの手からふわりと浮く。
「根源を示せ――秘剣・祢々切丸」
イナリの上へと浮き上がり回転する狐月は、やがて1つの方向を指し飛び始める。その後をイナリも追い、1つの扉……いや、扉と扉の間の壁へと突き刺さる。瞬間、狐月は突き刺さるのではなく、壁であるはずの場所をすり抜けていく。
「そういう仕掛けじゃったか……!」
幻術。分かってみればなんとも簡単な仕掛けだが、しっかり化かされた以上はイナリとしてはなんともいえない。まあ、誰かが後で仕掛けたのではなくダンジョンの仕掛けとしてのものなのでイナリも不自然さを感じられなかったというのはある。あるが……飛んでいく狐月を追いかけていった先に、1人の男が歩いている姿があった。
「見つけたぞ、首魁!」
「なっ!? 何故起きている奴が……!」
「観念せよ、年貢の納め時じゃ!」
飛ぶ狐月に追いつき掴むと、イナリはそのまま男へと狐月を振り下ろした。





