お狐様、癒しの時間を作る
結果から言うと、即応隊の面々は2日で決定された。これは覚醒者協会という組織の面子をかけた事態であるということ、そして何よりこれを機会に売り込みをかけようというクランや覚醒者の多さにより、あまり迷う必要もなくメンバーが選定できたという事情があった。その結果……イナリは見事に人選から漏れていた。
「アタシ……つーかライオン通信も営業かけたみたいだけど、ダメだったらしいぜ。だからそんなに落ち込むなよ」
「儂落ち込んでないもん」
揺れるバスの中でヒカルに慰められているイナリではあったが……そう、応募者が多すぎたのだ。その中には10大クランのエースや「黒の魔女」といった有名覚醒者も多くいたらしく、最近ちょっと噂になったくらいのイナリや中堅クラン所属のヒカル程度では書類審査で弾かれてしまったのだ。
まあ、そんなわけでイナリは暇になってしまったのだが……そういった事情もあって、有名覚醒者を見ようと人が集まってダンジョンの予約が取りやすい状況にもなっていた。だからこそヒカルは丁度良いとイナリを誘って東京第8ダンジョンへと向かっていた。
リビングメイルの出てくる古城型、東京第8ダンジョン。普段であれば予約のとれないこのダンジョンも、有名覚醒者の集まる世紀のイベントを見ようとキャンセルが出ており、そこにヒカルがすかさず予約を入れたのだ。
「まあ、いいじゃん。おかげで人気ダンジョンに入れるんだしさ」
「そうじゃのう。儂はそういうの思いつきもせんかった」
「アハハ、アタシも思い付きだけどな。大当たりってわけ」
「うむうむ。儂も見習わねば」
ヒカルと話しているとイナリも大分気持ちが上向いてくる。なんとも楽しい気分だが、まあいつまでも落ち込んではいられないので丁度いいお誘いでもあった。
(カードの色が信用に繋がる……じゃったか。その辺も気にしていかねばならんが……)
どうやればカードのランクを上げていけるのかは安野にまた確認しなければいけない。そう考えていたイナリだが……辿り着いたダンジョンゲート付近は、かなり発展していた。
此処は府中市。その中でもかつては府中駅と呼ばれた駅が存在していた辺りだが、近くに競馬場や多摩川などもあり物流の点でもある程度栄えている場所だ。そこに人気の東京第8ダンジョンもあるということで、覚醒者需要を見込んだビジネスも多くあった。レストランやホテルなどもその1つであり、なんと今日は泊りがけでのダンジョン攻略旅行であった。
「いやー、こういうのもいいよな!」
「そうじゃのう」
バスを降りたイナリとヒカルは、まずはホテルにチェックインするべくバスターミナル付近を歩く。モンスター災害を経て昔とはかなり違っているらしい府中だが、人間とはたくましいもので今は立派な建物がたくさん建っている。その中でヒカルが選んだのは「府中ナイツホテル」と呼ばれる大きなホテルだ。
東京第8ダンジョンがリビングメイルの出てくる古城型であることに因みお城をも思わせる豪華な内装が特徴のホテルで、イナリは入ると「はえー」と声をあげてしまう。
「何やら凄いのう……」
「この辺じゃお高めなホテルなんだよっ。とっても素敵だよね♪」
「ん、おう? うむ、そうじゃな」
何やら急に別人になったかと思うような言動のヒカルにイナリは一瞬戸惑ってしまうが、すぐに「演じている」のだなと気付く。変装はしているのだが、本名で活動して台帳に名前を書く以上、ある程度キャラクターとしての「瀬尾ヒカル」を演じる必要があるのだろう。
(正直どうかとは思うが……まあ人間、本音のみにて生きるわけにもいかん。これもまた普通のことなんじゃろうて)
そう自分を納得させながらチェックイン手続きを終えて部屋に入れば、ヒカルは無言で大きなベッドに倒れこむ。
「あー……ダリィ。あのキャラ、ほんっとダリィ……」
「大変じゃのう……」
「イナリはいいよなあ。素でやれてんだもん。それが素だってのは、それはそれですげえんだけど」
「ふうむ」
ならやめればいい、などと無責任なことはイナリは言えない。ヒカルはそれを込みで仕事をしているのだし、愚痴を言いたくて言っているだけ……まあ、つまりは甘えているだけなのだ。イナリの役目はそれを受け止めることであって、幸いにもイナリはそういうのは得意だ。
「まあ、儂は難しい話はよう分からんが、愚痴くらいは聞けるでの。どれ、耳掃除でもしてやろうか?」
床に座って膝をポンポンしてみると、ヒカルがベッドから起き上がりそのままイナリの膝に頭を乗せる。早くも機嫌が直ったような表情をしている。
「いいよな、耳掃除。そういうの憧れだったなあアタシ」
「最近はせんのかのう。まあ、やらなきゃならんもんでもないのかもしれんが」
「最近は……アレだ。金がとれる」
「よう分からんのう……」
耳かきはブラザーマートで売っていたものだが、まあ見様見真似だ。昔そういう光景を見たことがあるからこそ、イナリとしても「してあげる」のはちょっとばかり憧れでもあったのだ。まあ、そんなわけで始まったイナリの耳かきにヒカルが「えーえす……」とか呟きかけてやめていたが、何のことかはイナリにはサッパリ分からないのであった。
ヒカル(これ基準になると色々辛そうだな……マジで……)





