お狐様の家とメイド隊
事実、メイドや執事というものは一般的な家庭においては常備されているものではない。
旧時代の秋葉原や池袋においてはそういった体験を提供する娯楽としてメイドや執事が数多く存在していたともいう。実のところ、現代においてもそういった文化は廃れてはいない。いないが……少なくともイナリの観測できる範囲には居ない。さておいて。
そういった知識のないイナリにとってメイドや執事が何かといえば、エリやセバスチャンたち『使用人被服工房』の面々である。決して嫌いではないしむしろ好意的に思ってはいるが、一言で言えば「ノリが違う」のである。そんな中に入っていくのは双方のために良くない。イナリはそう思っていた。いた、のだが。
「家に来るというから何かと思えば……なんじゃ、これ」
「和風メイド服です!」
安野が帰ってから、更に数日後。イナリの前に広げられているのは、文字通りのメイド服……でありながら和服のテイストを感じさせる、そんな代物であった。
そう、上着を着物風のゆったりしたデザインに、スカートを袴に置き換え、大正浪漫を思わせる可愛いエプロンを採用した。勿論、メイドの兜ともいえるホワイトブリムも忘れてはいけない。しかも使用人被服工房製のホワイトブリムは下手な金属兜よりも強い。そう……この一式は『使用人被服工房』がその技術をもってして作り上げた、戦闘にも耐えうるイナリ専用メイド服なのである!
「素材にもしっかり拘ってます。覚醒者協会の基準で言えば下級中位から上位の間に位置する、まさに現時点での最高品質です!」
「う、うむ」
一線級と呼ばれる装備が中級下位であることを考えれば、かなりの品であるのは間違いない。文字通りに真心が詰まりまくって溢れ出た品である。まあ、イナリが着るかというと別問題なのだが……エリの背後に控えてポーズをとっているメイド隊の面々を見るに、どうも着付けを手伝いに来た感じではある。
「あー、ところでエリの後ろの其方らは……」
「着付け担当、リリカです」
「スキンケアとネイルケア担当、シズナです」
「ヘアメイク担当、メイです」
「仕上げ担当、ジェーンです」
「そして私はまとめ役のエリ!」
「今日はバッチリ仕上げてみせるのでご期待ください!」
ビシッとポーズをきめるエリたちだが、そこでエリがコホンと咳払いをする。
「とはいえ、イナリさんがお望みで無いならこれは持って帰ります。正直、皆で途中で止まらなくなったのは自覚してるので」
「ふむ」
押し付ける気はない、と言うエリにイナリは感心してしまう。これが自分たちに出来る最良であると恐らくは全力で作ったのだろうが、「それはそれ」と線引きが出来ている。事実、好意の押し付けというのはよくある話ではあるが……その辺りを弁えるというのは、中々に出来るものではない。正直、イナリはそういうことをされると結構弱い。
(それに……儂を思って作ったのもよく伝わってくるしのう)
イナリに似合うものを、という心が伝わってくるような服だ。正直に言って、そこまでされたものを「要らない」と突っ返すようなことはイナリには出来ない。もう、誠意は充分に示されている。
「うむ。戦闘にはコレがあるから使わんが……大切に着させてもらおう。ありがとうの」
「わあ……!」
「やったね!」
エリたちははしゃぎ合い喜び合う。その姿を見て、イナリも何やら暖かい気持ちになってくるが……そこでエリたちの目が一斉にギラリと光りイナリは「むおっ⁉」と驚きの声をあげる。
「では! 今後の為にも私たちでメイクアップしていいでしょうか⁉」
「う、うむ……?」
代表してズイッと進み出てくるエリにイナリがそう応えれば、リリカが隅に置いていた鞄をバンッと叩き開く。そこから出てきたのは筆のようなものや櫛、化粧道具……それらをシズナとメイ、ジェーンが素早く掴み取り装備していく。物凄い早業だ。
「では、始めます……最高の和風メイド、作らせていただきます! 皆、ぬかるんじゃないわよ!」
「応!」
「忍者か何かだったかの……?」
イナリですら見失いそうな本気の動きで動き始めたメイド隊の面々にお化粧されたり髪に櫛を通されたりと、もう秒で凄い事になり始めているイナリだが、その仕事が至極丁寧なのはもう尊敬するしかない。
「す、凄っ……赤ちゃん卵肌……? 違う。これが本当の卵肌……?」
「櫛の通りが凄い。さらっさら……」
そんなことを言われながらも出来上がったのは、髪を後ろで結んだ清楚風の和風狐耳メイドである。あくまでイナリの素材の良さを引き立てる方向に仕上げられた服は、動きを阻害しないような軽さであり、イナリが狐月で戦ったことを考慮してのものであることが着てみるとよく分かる。
そうして出来上がった和風メイドイナリに、エリたちは「ほう……」と熱い溜息をつく。
「すっごい……予想をはるかに超えて似合う……」
「素材の暴力ってずるい……ちょっと整えるだけで最高品質。いい……」
「持って帰りたい……」
「通報」
「でも分かる……」
大満足らしいエリたちだが、用意された姿見を覗き込めばイナリとしても満更ではない。元々服にこだわりのないイナリでも、良いと思えるような……そんな出来なのだ。だからこそ、イナリはエリたちの心を感じてうっすらと微笑む。
「ありがとうのう。本当に嬉しいのじゃ」
その笑顔は、見る者を魅了するような……そんなとびきりのもので。エリたちが「写真撮りたいのでもう1回お願いします!」と頼んでもイナリ自身出せないような、そんな最高の笑みであったのだ。
イナリ「嬉しいものじゃのう」





