お狐様、カードが青くなる
3日後。安野はイナリに1枚の青いカードを手渡しに来ていた。
まるでサファイアのように美しい青色のカードは、イナリの新しい覚醒者カードだが……受け取ろうとしたイナリの手の前にスッと進み出たアツアゲがカードを恭しく受け取り、そのままそっとイナリに受け渡す。
「えーと……アツアゲはどうしたんですか?」
「うむ。人間社会で生きる上での心構えなどについて少しのう……」
段々態度が戻ってきているので長持ちはせんじゃろうが、とイナリは呟くが、安野としてはそもそも何があったのか分からないので意味が分からない。まあ、気にはなるが本題ではないので自分に出されたお茶を抱えてイナリの前に運んでいくアツアゲをそのままに軽く咳払いする。
「えーとですね。それが狐神さんの新しいカードです。今までのカードは回収させていただきます」
「うむ、これじゃ」
イナリの取り出した白カードを安野は受け取り、パンチ処理で穴をあける。これでこのカードは使えなくなった。あとは持って帰って処分するだけである。ほっと一安心しながらも、じっと手元の青カードを見ているイナリに安野は「どうかしましたか?」と声をかける。しっかり確認したはずだが、何か間違いでもあれば大変だ。ドキドキする安野に返ってきたのは、予想外の台詞だ。
「いや、色以外に何が変わったのかと思うてのう」
「あ、そういうことですか。えーとですね……基本的にはそんなに変わらないです」
そもそもお給料が出るわけでもないし、カードの差など本気で色以外の差はない。ないが……昇級してカードの色が変われば、それはすなわち覚醒者協会の保証する実力の証明であり信用の証でもある。ローンの申請は通りやすくなるし、何かあったときの一般市民からの信用度も違ってくる。それに覚醒者協会から何らかの仕事を紹介するときにも、カードの色というものは重要だ。
「上から順に金、銀、銅、黒、緑、青、赤、黄、白となってまして。青だとどのくらいかといいますと……そうですね、一般的には実力者だとかそれなりのベテランだとか思われる感じです」
「儂、初心者じゃけど」
「狐神さんの実力が初心者じゃないので……赤羽港の件もあって、白カードのままだと都合が悪いそうでして」
まあ、そういうことであればイナリとしても別にどうこういう理由もない。何か面倒な義務を負えというのであれば困ってしまうかもしれないが、どうにもそういう話ではないようなので何も問題はない。
「えーと、それでですね。大変申し訳ないのですが」
「む?」
「協会への批判を逸らすために狐神さんと敷島さんの功績を持ち上げる方向で発表を行ってまして、しばらく身辺がまた物凄い騒がしくなると思います。ご了承ください……!」
「敷島とは……めいどのエリのことかえ?」
「え、ご存じない? そうです、メイドのエリさんです」
「そうか、敷島エリって名前じゃったんか……」
納得するイナリに安野は「結構親密だと思ったけど違ったのかな……?」などと思ってしまうが、エリは単純に習慣で上の名前を言っていないだけだし、イナリとしては苗字という文化にそこまで執着だのこだわりだのが無いせいで、普通に思い至らなかっただけであったりした。悲しき……そんなに悲しくないすれ違いである。さておいて。
「いや、儂も苗字なんつーもんにはそこまで慣れてないからのう。つい聞くのを忘れとった」
言いながらイナリは「あっ」と声をあげる。そう、エリだ。今の話からすれば、エリも相当有名になってしまっているのではないだろうか? マーマン退治にはイナリが巻き込んでしまったようなものではあるが、大丈夫なのか心配になってしまったのだ。
「エリにも色々あるのではないかえ? 前回は儂も大変じゃったが……」
「あー……大丈夫だと思いますよ。使用人被服工房は元々アイドル気質なところありますし、内部の結束もガッチリ強くてノウハウもあるので。今だから言いますと、フォックスフォンに断られた場合の狐神さんの所属の第2候補はあそこだったんですよ」
「ほー……それはまた。不思議な縁もあったもんじゃ」
「まったくです。まあ、あそこに所属してたら狐巫女じゃなくて狐メイドになってたかもですが……」
もうメイド服の写真があの店に飾ってあるなどということはイナリは言わず、黙ってお茶を啜る。そういえばお礼の品を贈ると言っていたが一体何を出すつもりなのか。そんなことをイナリは思い出すが、別に何であってもいいか……と思い直す。大切なのは心であって物ではないのだから。
「個人的にはいいと思うんですよね、狐メイド。ベタかもですが、結構愛されキャラって気がします」
「そもそも儂はめいどではないんじゃが……」
「まあ、そうですけども」
ただ、もしそんな未来になっていたら。確かにメイド服を着て走り回っていたかもしれない。頼まれたら断り切れないし、もしかするとエリたちみたいにポーズをとっていたかもしれない。それを考えると……。
(ほっくすほんで良かったかもしれんのう、儂)
イナリがそんなことを思ってしまうのもまあ、無理のないことではあるだろう。
イナリ「ちなみに緑カードのいめえじはどうなっとるのかの?」
安野「普通にベテランです」
イナリ「普通」





