覚醒者協会は大騒ぎ
「どうして気付かなかったんだ!」
そんな怒号が覚醒者協会日本本部の会議室で響く。いや……怒号ではあるが悲鳴にも近いかもしれない。何しろ赤羽港襲撃事件は一歩間違えれば物流にとんでもない損害が出ただろうし、人的被害も物的被害も……想像するだけで顔が真っ青になるような被害になっていただろう。
そうなった場合、何処に人々の怒りが向くか? 当然、覚醒者協会である。何しろ、今覚醒者協会にはダンジョンの発生を検知する装置があるのだ。気付かなかったでは済まされない。実際、マスコミの一部ではすでに日本本部の対応に問題なかったか検証する動きすらある。
だからこそ日本本部長はこれ以上ないくらいにイラついていた。よりにもよって自分の任期中にこんなことが起こるなど有り得ない。誰かが自分を本部長の座から引きずり降ろそうと企んだのではないかと、そんな想像すら出てきてしまうほどだ。
だからこそダンジョン管理部の部長を本部長はギロリと睨んで、睨まれたダンジョン管理部の部長は慌てたように「こ、故意ではありません!」と叫ぶ。
「現在日本本部で使っているダンジョン検知機器は世界基準のものです。これはダンジョンの発する特殊な磁場を検知するものですが……水中などの遮るものがある場合、検知精度が下がることが報告されています。これは現在の技術では対応する術は無く……」
「そんなことは知っている!」
本部長が机を叩くと、ダンジョン管理部長の声が止まる。そう、そんな仕様など知っているのだ。問題は、そんなところにはないのだ。なのに、どうして誰も分からないのか。
「ダンジョンブレイクだぞ!? モンスター災害が起きているんだ! それも東京湾にだ! 無対応の場合のダンジョンブレイクまでの一般的な期間はどの程度か言ってみろ!」
「そ、それは色々と差がございまして」
「平均1か月だ! つまりそれだけ検知が出来ていなかったということだ! 海底だからといって、それだけの期間検知に引っかからないなどということが有り得るか⁉」
「か、可能性としては無いとまでは言えません」
頭痛がする。いっそこの場で倒れて入院してしまえたらどんなに楽か。此処に居るのは全員第一線を退いたとはいえ覚醒者であるはずなのに、自分の保身しか考えないクズがこんなにもいる。先程からほぼ全員と目線が合わないのだ。皆、自分の責任にならなければいいと思っているし、万が一責任を問えば適当な部下にその責を負わせるだろう。それを本部長はよく知っていた。
「……もういい。マスコミ対策はどうなっている」
「覚醒者の迅速な対応で解決したという結果を強調しています。実際被害は現場で戦った警備隊の怪我くらいのものですので、彼等が身体を張って時間を稼いだことを」
「もういい。警備隊の面々については手厚く扱うように」
そう遮りながら、本部長は資料を軽く捲っていく。
『フォックスフォン』所属、狐神イナリ。
『使用人被服工房』所属、敷島エリ。
今回の事件の功労者2人だが、エリはともかくイナリのことは本部長もよく知っている。身元不明、覚醒者協会所属までの戸籍は無し。実力は……かなり凄い。『神の如きもの』とかいうよく分からないものの報告も聞いている。まあ、それについては話半分ではあるのだが……一応取扱注意の情報にはしてある。何しろ実力があって覚醒者協会に協力的な覚醒者だ。そんな相手からの報告であれば単純に「そんなものがいるわけない」と切り捨てていい情報ではない。まあ、真偽についてはこれから時間をかけて要確認だが……。
「また狐神イナリ、か。いつも何処にいるかよく分からん金カードの連中に比べればずっと……ん? 白カード?」
イナリのパーソナルデータにある「白カード」の記載に本部長は目を丸くする。
白カード、つまり登録したての初心者。別に期間を考えればそんなにおかしくはないが……これまでやってきたこと、そして今回の事件解決の際の報告も加味すれば、白カードのままなど有り得ない。マスコミに嗅ぎ付けられたら間違いなく面倒なことになる事案だ。
「おい、なんでこの子は白カードなんだ?」
「え? お、恐らくですが昇級申請をしていないためかと。更新時期でない場合は、本人からの申請を受けて審査を実施しますので」
まあ、確かにその通りではある。通常は実績を考慮し、申請を受けて昇級審査を行うのが一般的だ。それ自体は問題がない。ないが……手続きに問題がないのと倫理的に問題がないのは違う。これも下手に嗅ぎ付けられたら功労者に報いないとか言われるパターンだ。
「……最速で審査しろ。適正な等級に上げるんだ。これ以上面倒ごとを増やすんじゃない」
「は、はい!」
「それと……東京湾のダンジョンについては最速で調査しろ。これ以上後手後手に回ればマスコミだけじゃない。覚醒者からも突き上げが来るぞ」
そうなれば少なくともダンジョン管理部長は左遷にせざるを得ないだろうし、更に面倒な事態にもなりかねない。最悪、日本経済が大きく揺らぐ。ようやく来た安定期を壊すわけにはいかないのだ。
「狐神イナリ、か。1度会ってみる必要があるか……」
イナリ「ええか、アツアゲ。そもそも倫理とは人らしくある為の……」
 





