お狐様、平和に過ごす
イナリが事件を解決した翌日。世間は「赤羽港襲撃事件」に揺れていたが……当のイナリは、家にいた。事件の余波でマスコミに囲まれるのを嫌ったのか? いや、そうではない。単純に、こなさなければならないことがあったからだ。それは、そう……魔石の摂取である。
「うーむ……目的のためとはいえ、魔石は……こう……飽きるのう」
先日のマーマン退治の時のドロップ品の配分はアイテム類は全てエリに、そして魔石は全てイナリにということになった。総額で言えばドロップ品のほうが圧倒的に高くなってしまうからもう少し分配については考え直そうとエリは固辞したのだが、イナリとしてはどうせオークションに投げてしまうだけなので必要ないし、随分助かったから受け取ってほしいと押し通したのだ。エリからは「受け取るが、後日イナリ宛にお礼の品を贈る」という約束をすることになったが、まあ別に問題はない。
まあ、そんなわけでイナリは机に魔石を置いて食べていたのだが、やはり米が美味しすぎるせいで魔石には不満が出てきてしまう。なお、魔石は食品ではないので色々と間違った不満ではある。
そして何故か、アツアゲも魔石を食べる……というか、体内に押し込むようにして取り込んでいた。その積み木の身体にぐいっと押し付けると溶けるように飲み込まれていくらしく、結構なハイペースであった。
「美味いかえ? あまり食い過ぎてはいかんぞ。儂も目的があって食っているからのう」
イナリのそんな言葉にアツアゲは魔石を持ったままイナリを見上げると、そのまま魔石をヒョイと自分の中に取り込んでいく。分かっていないのか、それとも分かった上で無視することにしたのかは不明だ。なんとなく後者なような気がイナリはするのだが、まあ気にしないことにした。
どうにもアツアゲは魔石を食べることが食事にもなるようで、魔石を食べることでなんだかツヤがよくなってきたような気もするのだ。となれば、イナリとしても魔石を食うなとは言えないし魔石を集める理由が増えてしまった。
「しかしまあ、れべるは上がったが能力は全然上がらんのー」
名前:狐神イナリ
レベル:23
ジョブ:狐巫女
能力値:攻撃E 魔力A 物防F 魔防A 敏捷E 幸運F
スキル:狐月召喚、神通力Lv9、狐神流合気術、神隠し
正直レベルの上昇も少し遅くなってきてはいる。そして「攻撃」や「物防」「敏捷」「幸運」などの数値はピクリとも動きはしない。レベルが上がった時の上昇幅は人によるらしいが、イナリのそれがもしかするとその辺りの数値の成長が遅いのかもしれなかった。まあ、その割には魔力もAから上がってはいないのだが……イナリ自身は強くなっている感覚はあるので、「Aの上」に求められる能力が非常に大きい可能性もある。
そんなことを考えながら魔石を食べて……最後の1個を取ろうとすると、一足早くアツアゲがサッと机の上の魔石を奪取する。全身で魔石を抱えているアツアゲを、イナリは軽く手招きする。
「これこれ、よさぬかアツアゲ。それを渡すのじゃ。最後の1個なんじゃぞ?」
イナリのそんな声にアツアゲはイヤイヤをするように首を横に振る。渡す気はないと全身で主張しているのがよく分かる。
「ぬう。そんなに欲しいのかえ? しかしのう……あっ」
とられる前に食べてしまえと思ったのか、アツアゲは魔石を身体の中に取り込んでしまう。そして「もうありませーん」とでもアピールするかのようなポーズをとるアツアゲを、イナリはサッと掴んで引き寄せる。
「いかん、いかんぞアツアゲ。それはいかん。人の世はそういう行為によって何度も争いが起きてきたと聞く。儂らはどちらも人ではないがの、それゆえにそういうのには思慮深くなるべきだと思うんじゃよ」
アツアゲは言葉は「ビーム」しか喋らないので意思疎通は中々に難しいが、それでも言葉が通じている気配はあるので分かってもらえるはず。そう考えながらアツアゲから手を離すと……アツアゲは、イナリに向かって片手を口元に添えるようなポーズをとる。
「ふふ、ごめんね……というわけかの? よいよい、分かってくれれば……ん?」
クルリと背を向けたアツアゲは、何やらぺしぺしと自分の後ろを叩くようなポーズを見せる。一体何を伝えたいのか……イナリは考えて、ハッとする。もしや、先程のも「ごめんね」ではなく。
「ま、まさか……『あっかんべー、お尻ぺんぺん』だというのかえ⁉」
ダッシュで机の上から逃げていくアツアゲに、衝撃でぷるぷる震えていたイナリは椅子から立ち上がってアツアゲを追いかけ始める。
「こりゃ、アツアゲ! そんなものを何処で覚えてきたんじゃ!」
アツアゲが人間の言葉を完全に理解しているのはもはや疑いようもないが、イナリをからかう程度にまで知能が高いのは凄まじい。今もテレビの上で踊っているし、小さな身体を駆使して家具を壊さない程度にイナリを翻弄している。
「許さんぞ、捕まえて説教じゃ!」
そうして家中をドタバタと走り回るイナリとアツアゲは……覚醒者協会で巻き起こっている事態など全く知らないままに平和な1日を過ごしていたのである。
イナリ「そりゃ捕まえたのじゃ!」





