お狐様、マーマンをやっつける
「ギャギャギャ!」
「フォースシールド!」
エリの丸盾から光が広がり、壁のようになる。突き出されたマーマンたちの槍はいとも簡単に光の壁に阻まれ、それでも回り込もうとするマーマンが現れて。
「カウンターセイバー!」
エリを中心に囲むように現れた複数の光の刃が回転しながら近づいたマーマンに襲い掛かり刻んでいく。一切の遠慮のない攻撃だが、その間にもエリは「フォースブラスト!」と叫び光の壁を攻撃的なエネルギー波に変えて発射し、ダメージを受けて怯んだマーマンたちの間を駆け抜けソードブレイカーで切り裂いていく。
そのエリを脅威と感じたかマーマンたちが一斉に襲い掛かろうとして、しかし横から飛んできた狐火でまとめて吹っ飛ばされる。
「ひゃー……あんな小さな火が凄い威力……」
エリは少し離れた場所で戦っているイナリへと視線を向ける。盾も持たず刀一本だというのに、エリの目から見てもイナリは凄まじく強い。刀を振ればマーマンが両断され、指先を動かせば狐火が発射されマーマンを一撃で仕留めていく。
それだけではない。身軽でヒョイヒョイ避ける上に避けきれない攻撃は凄まじい硬度のバリアで簡単に防いでしまう。エリもタンクとしては相当特殊な「マジックフォートレス」としてそれなりにやる方だと自負してはいるが、イナリのアレは文字通りにレベルが違う。
高い攻撃力と敏捷力、防御力に魔法能力。ハッキリ言って、1人で全部こなせるレベルで強い。秋葉原の臨時ダンジョンを凄まじい速度でクリアできたというのも、これを見ては納得してしまう。それに、何よりも。
(動きに迷いが全くない……うわあ、イナリさんって白カードの新人さんでしたよね……?)
剣術自体は会得していないと思われる、かなり無茶苦茶な剣術とも剣法とも呼べないものだ。しかし逆に言えば実戦的で、とにかく一撃で相手を殺しに行く攻撃的なものだ。それを支えるのはあの「狐月」とか呼んでいた刀でもあるのだろうが……まあ、とにかく強い。「滅法強い」ってのはあんなんだろうなー、などとエリは思ってしまう。
それだけではない。戦闘が始まると同時にイナリの巫女服の中から飛び出してきたのは、最近噂の積み木ゴーレム。
イナリに追随するように走りながらビームを放つその姿は、まさに良いサポート役だ。
(私いらなかったかなー、どうかなー。ちょっと自信失くしちゃいますねー)
そんなことをエリが考えているなどとは思わず、イナリはとにかく目につくマーマンを片っ端から切り裂いていく。
(エリのほうはまあ、そんなに心配は要らんな。しかし数が多い……!)
もう20か30は切り殺したし、狐火で焼いたものやエリが倒したものも含めれば目視したより多いはずなのだが……チラリと奥に視線を向ければ、マーマンチーフに急かされて荒川からマーマンたちが上がってきているのが見える。
「なるほどのう……随分数を揃えたとみえる」
解決したなど、とんでもない。この状況を見るにマーマンの件は未だ進行中で、あのマーマンチーフが現場指揮官のようなものなのだとすれば……まだこの件、終わりそうにはない。
それだけではない。今までと動きが明らかに違い、敵の種類が統一され、なおかつ組織的な動きをとるというのであれば。それは明確な何らかの作戦目的によるものだ。
神の如きものが関わっているかもという安野の予想も、こうなれば戯言とは言い切れない。問題は、何を目的としているかだが……まあ、それは今はどうでもいい。
「時間をかければ被害は広がるばかり。となれば……少々荒っぽくいくしかあるまいて」
狐月を構え直すと、イナリは刀身に指を這わせ滑らせる。
イナリの指の動きに合わせ青白い輝きを纏っていく狐月は、その輝きを電撃に変化させる。
そしてイナリは、狐月を真上へと掲げる。
「秘剣・雷切!」
狐月から放たれた電撃が天へと昇り、今まさに襲い掛からんとしていたマーマンたちや、川から上がろうとしていたマーマン、そして川そのものへと落雷となって襲い掛かる。慌てたアツアゲがイナリの巫女服の中に逃げ込むが、エリにも落ちてはいないのでアツアゲの心配しすぎではある。
そしてマーマンたちが黒焦げになり、川からもマーマンが浮いてきて……その全てが消えてドロップ品を残していく。
「ギャ、ギャギャ……」
「分散させたとはいえ、生き残ったのは見事。じゃが、これで終いじゃ」
満身創痍のマーマンチーフへとイナリは走り……服の中から再びアツアゲが顔を出す。
「ビーム」
「ギャガアアアアアアアア!」
「あっ」
アツアゲの放ったビームがトドメになり、マーマンチーフが倒れ槍をその場にドロップして消える。もう本当に満身創痍だったせいで、ちょっと押しただけで倒れるような状態だったのもあるのだろうが。トドメを刺した形になったアツアゲはそのままイナリの頭の上によじ登り楽しそうに踊り始める。イナリの視界ではアツアゲがレベルアップしたというメッセージが表示されているが……それを見て「ま、ええか」と呟く。別に誰がトドメを刺そうと、平穏が戻ればいいのだ。
「イナリさん!」
「おお、エリ。強かったのう、少しじゃが見とったぞ」
「うっ、本気で言ってるのが分かるだけに辛い……」
「むう?」
首を傾げてしまうイナリたちの下に、ようやくやってきた他からの増援の覚醒者たちが走ってくる。
「え、もう倒したのか……?」
「ドロップ品が散らばってるぞ」
「ええ、積み木ゴーレムとメイドと狐巫女?」
「アレって噂のイナリちゃんか?」
ザワザワと声が響く中で、イナリは荒川へと視線を向ける。
この件は、これで終わりではない。しかし……だから具体的に何をすればいいのか?
その答えは……今は、イナリの中にはなかった。
イナリ「何が起こっとるのかのう……」





