お狐様、疑問を解決してあげる
そして、サングラスをつけたイナリを前にして。ヒカルは「うーん……」と微妙な顔をしていた。似合っていないわけではない。元の素材が良いので似合ってはいる。いるのだが、それ以前の問題なのだ。
「ふふふ。色眼鏡なんぞつけるのは初めてじゃのー」
イナリはウッキウキでテンション上昇中だが、ヒカルはむしろテンションが下がっている。まあ当然だ。ヒカルの目論見が甘かったのは認めるが……サングラスをかけたくらいではどうしようもない。
「どうじゃ? 儂、イケてるかの?」
「初めて服屋に行って営業トークに引っかかって変なもん買わされた直後って感じ」
「え、儂そんな感じ?」
何がダメって、狐耳と巫女服が致命的過ぎる。目元を隠した程度で何が隠れたというのか。他の主張があまりにも強すぎて何も隠れていない。ぶっちゃけ電飾をつけて歩いているのとそう変わりがない。だが、まだ諦めてはいけない。持ってきたのはサングラスだけではないのだから。
「帽子……! これで耳を隠せばどうにか!」
「むお?」
スポン、とイナリの頭にヒカルは野球帽をかぶせる。ヒカルの狙い通り、イナリの頭に野球帽はスッポリとはまって狐耳を覆い隠して。帽子が揺れ動き、パタパタと動く狐耳が野球帽を浮かせてしまう。なんかこうイナリとしては押さえられている感覚があんまりよろしくなくて狐耳が動いてしまったのだ。
「だ、ダメかあ……」
「耳がのう。なんかこう、落ち着かんのう。すまんのう」
考える。ヒカルは考える。耳を押さえつけるのはダメだ。しかしそうすると麦わら帽子とかだろうか? 勿論、そんなものの用意はない。ないが……まあ、海に行く服装としては不自然ではない。
あとはそれに合う服装をしてもらうとして……あとは、そう。あとは。揺れているイナリの尻尾を、ヒカルはぎゅっと掴む。
「ひょあー!」
「うわっ!」
ぴょんっと飛んだイナリからヒカルは思わず離れてしまう。イナリの反応が予想より大きかったので驚いてしまっただけだが、結構ビックリした。そしてイナリもビックリした。まさかいきなり尻尾を掴まれるとは思っていなかった。
「これ! ダメじゃよ。勝手に人の尻尾を掴んでは」
「あー……ごめん。本物なんだな、それ」
「本物じゃよ。というか、説明してくれんと分からんのじゃが」
「あー、うん。あれだよ。目立たないように変装をだな」
「なんじゃ、そんなことか。えーと……前に見た感じでええか」
そう言うとイナリは巫女服を軽く指で叩く。すると巫女服がシャツとパーカー、そしてズボンに変化する。頭には野球帽が現れ、その上からは狐耳がぴょこっと出ている。普段の服が服であるだけに一瞬イナリだとは分からず、ヒカルの持ってきたサングラスがより似合っている。尻尾はそのままだが……まあ、ここまで印象が違えばアクセサリーと思われるかもしれない。しかし、しかしだ。
「出来るなら最初っからやれよ……! アタシの苦労はなんなんだ!」
「ぬおおお!? 何故怒っとるんじゃ⁉」
「つーかそこまでやってなんでまだ耳と尻尾あんだよ! 消せ!」
「む、無茶を言いよる! お主だって一つ目入道になれと言われてもなれんじゃろうに!」
「ええ……? 耳と尻尾はマジで消せねえの?」
「消せねえのじゃ」
「じゃあ仕方ないな……怒鳴ってごめんな」
「素直に謝れる良い子じゃのう」
頭を撫でようとするイナリの手を避けながらヒカルは照れたように顔を赤くする。こういうところが祖母を思い出すのだが、関われば関わるほど謎な人物でもある。
ヒカルと契約している【全ての獣統べる万獣の王】はイナリにかなり強い興味があったようで、それがヒカルが東京に出てきた理由ではあるが……実際に会って以降は、【全ての獣統べる万獣の王】がイナリについて言及することはなくなっている。聞いてみても答えは無いので、ヒカルからはどうしようもない。
だからこそヒカルは自分からイナリに接触したのだが……やはり分からない。凄く良い奴であることは確かで、こうして会ってみてもそれは変わらない。しかし……同時にこうも思うのだ。
(たぶん使徒だと思うんだけどなあ……でもそういうスキルって可能性もあるしな。下手にその辺突っ込んで面倒なことになってもな。そもそも無暗にスキルとか聞くのはマナー違反だし……そもそも使徒だったらどうだってんだ。そんなもんが分かったところで……)
「どうしたんじゃ? なんぞおかしなとこでもあるかの?」
「え? あ、いや。ないけど」
イナリに顔を覗き込まれたヒカルは、そう笑ってごまかす。そう、分かったところでどうというものでもない。【全ての獣統べる万獣の王】が「会え」と何度も言ってきた相手だから変に気になっているだけなのはヒカルとて分かっている。いるが……やはり気になってしまうのだ。
「さて、と。そろそろ行こうかのう?」
「いや待った!」
「む?」
「やっぱりダメだ。気になり過ぎる。聞かせろ……その耳と尻尾、どういう経緯で生えたんだ?」
「むう? どうも何も……元からじゃが」
「元からあ!?」
「なーんぞむずむずした顔をしとると思ったが、そんなことが気になっとったんかえ。早ぅ聞けばええものを」
「えーと、うん。そうだな?」
「それより早ぅ行こうではないか!」
楽しそうに笑うイナリに「そうだな」と答えながら……ヒカルはなんだか考え込んでいた自分が馬鹿らしくなってくる。正直、疑問は増えるばかりだ。増えるばかり、ではあるが……それでもいいかな、と考え始めていた。
折角の友達。なら、別に耳と尻尾くらいどうでもいいのではないか。そう決めてみると、不思議と思考もすっきりとしてきて、ヒカルは気持ちを一新する。
「んじゃ、行くとすっか!」
そう声をあげ、ヒカルはイナリと一緒に玄関へ向かって走っていった。
イナリ「楽しみなのじゃ」





