お狐様、しっかり断る
そんな1つの出会いもあった後。フォックスフォン本社では、机の上で踊るアツアゲに赤井が黄色い声をあげていた。
「あー、もう、すごい可愛い……! 積み木ゴーレムは話でしか知りませんでしたけど、まさかこんなに可愛いモンスターだったなんて!」
「同じ覚醒者でも随分と反応が違うもんじゃのう」
「え? だって可愛いじゃないですか!」
「うーむ……」
まあ、安野を前にしたときとアツアゲの反応も違うのでそういう結論になるのも自然なのかもしれない、とイナリは思う。確か安野のときには威嚇していたはずなのに、なぜ今は踊っているのか?
別にそれが逆でもイナリはどうとも思わないが、少しばかり不思議ではある。しかしまあ、不思議といえばあの少女のことだろうとイナリは思い出す。
「そういえばのう。例のらいおん通信の娘とさっき会ったのじゃ」
「やはり此処は新商品として超金属DXアツアゲを……え?」
「ほれ、あの瀬尾ヒカルとかいう」
「ええ!? まさか決闘の申し込みに!?」
「ははは、まさか。囲まれてるところを助けてもらってのう。で、友達になったのじゃ」
「えええ……?」
何故そんなことになっているのか、意味が分からなさすぎる。だからこそ赤井はソファに座って、イナリからその経緯を聞き出すことにする。
「申し訳ありませんが、その辺を1から説明してください」
「む? ええぞ。まずは儂が秋葉原に降りてからのことじゃが……」
そうして先程の流れをイナリが説明し終わった頃、赤井は頭を抱えていた。イナリの意思を重視した結果とはいえ、これは赤井のミスでもある。今ちょうど人気が高まり世間知らずのイナリを秋葉原に放てば、そういうことになるのは時間の問題だったのは確かだ。しかし、まさかライオン通信のほうから接触してくるとは思っていなかった。
いや、もしかすると瀬尾ヒカルの個人的な接触かもしれないが……しかしそうだとすると、狙いは何処にあるのか? 正直、仲良しアピールをする意味が分からない。要調査だろう。
「そんなに悩むことかのう」
「悩むことなんですよ……イメージキャラの人間関係っていうのは結構企業イメージにも直結するんです……ライオン通信は何を狙っているのか」
「ふむ」
それならやはり、そんなに悩む必要もないのではないかとイナリは思う。恐らくだがあの瀬尾ヒカルという少女は本当に偶然イナリと会って自分の意思でイナリを助け、そうして自分の意思でイナリの友達になった。それに関しては、ただそれだけのことだと思うのだ。むしろ、問題があるとすれば……。
(今まで会ったどの覚醒者よりも強い力を感じたのじゃ。頭1つ飛び越えとる感じじゃったが……まあ、儂「強い覚醒者」とはあんまし縁がないからのう……)
強い覚醒者がいるらしいのは知っているが、会ったことがないのでどうしようもない。正直、あまり期待していない部分も大きかったのだが、ヒカルであれば期待できるような強さに届くかもしれない。まあ、現時点ではまだ発展途上……といったところだろうけれども。あの身に纏っていた装備も、そんなに悪くはなさそうだ。まあ、欲しいかと言われたらちっとも欲しくないのだけれども。
「まあ……そんなに心配はいらんと思うのう。儂の予想じゃけれども」
「むむ、狐神さんがそう仰るなら様子を見ますが」
まあ、白昼堂々ケンカになったというよりは余程良い話なのは間違いない。別にフォックスフォンとしてもライオン通信と武力衝突をしたいわけではないのだから。それに、イナリを今日呼んだのはライオン通信なんかの話をするためではない。だからこそ、赤井は真面目な顔で1つの資料をデスクから持ち上げる。
「実は今日狐神さんをお呼びしたのは新しい広告の話やアツアゲのグッズの話もあるんですが……何より大事な話があります」
「ほう、そんなに改まって言われるとどんな話か身構えてしまうのう」
「はい。実をいうと、これに関しては散々迷ったのですが……狐神さん、全国の有名覚醒者が一斉に集まる日があるのをご存知ですか?」
そう、その日は全国から選りすぐりの覚醒者が集まる。希望者が全員参加できるというわけではなく、指名された者や厳しい選考を経た者など「選ばれた覚醒者」たちが集うのだ。その日のことを覚醒者も一般人も各種企業も注視しており、この日に関連して凄まじい額の金も動くという。
「何やら凄いことは分かってきたのう」
「ええ、これに参加するだけで箔がつくと言われますし、人脈形成のチャンスとも人生逆転の日とも言われています」
そう、実際にこの日を境に有名な覚醒者へと成りあがった者もいる。これはそういう日であり、この日のために自らを鍛え上げる者も多いという。まさに覚醒者にとって最大のイベントであり、これに参加したくない覚醒者はいないとまで言われている。そう、そのイベントの名前は。
「次世代アイドル覚醒者コンテストです……!」
「儂は参加せんぞお?」
「な、何故ですか!? とっておきの歌も振付師も用意して……!」
「参加せんぞお? つーかまだ諦めとらんかったんか」
絶対参加しないのじゃ。そう言い張るイナリに赤井は「かわいい狐耳美少女にかわいいことさせたいんです! うちの狐が一番かわいいって日本中に知らせたい!」と熱いパッションをぶつけていたが……イナリには理解してもらえなかったそうである。
イナリ「そもそも儂、お主のじゃないしのう……」





