お狐様、友達が出来たっぽい
「では挨拶も済んだところで……ありがとうのう。正直助かったのじゃ」
「ん、あ、いや。私もイナリちゃんに会ってみたかったしね」
深々と頭を下げるイナリにヒカルは面食らったような顔を一瞬するが、すぐに笑顔に戻る。実際イナリに会ってみたかったのは確かだしこうして会ってみると収穫もあったが、それよりもイナリ本人に驚いたのだ。
(うっそだろ……アタシの「真実の瞳」が反応しねえ。100%本気で礼言ってやがる。ええ? 素直かよ。や、やりにくぅ……)
「儂にかえ? まあらいおん通信はらいばるとは聞いとるが、儂はその辺あんまりこだわりがないんじゃけども」
「それは私もだけど……あ、じゃあ仲良くできるかな?」
「うむ。勿論じゃよ」
真実の瞳。ヒカルが持っている、相手の嘘を見抜くスキルだ。相手が嘘をつけば即座に分かるこのスキルはしかし、先程から全く反応しない。つまりお世辞でも社交辞令でもなく、イナリは本気で「仲良くできる」と言っている。正直にいって、あり得ない素直さだ。普通人間とは、もう少し言葉に多少の嘘を混ぜるものだし、それが人間味というものだ。それが、こんな素直さなんて……人が全く住んでいない秘境から来たとでもいうのだろうか?
「そっか。それじゃあアドレス交換しようよ♪」
「あどれす……ああ、電話番号じゃな。どうするんじゃったか……」
「と、登録したげる」
機能の少ないフォックスフォンの機種でどうして操作に迷うのかヒカルは理解できないし本当に秘境から来たんじゃないかと思うのだが、結構正解に近いのはなんとも凄い話ではある。ともかく、こうしてアドレスの交換が終わるとヒカルはにっこりと微笑む。
「じゃあ、私たち今日から友達だね!」
「おお、友達か! ええのう。儂、友達は初めてじゃのう」
「えっ」
「アレじゃろ。ケンケンパとかメンコとかするんじゃろ?」
「え、ええ……? えーと」
(うっそだろ。これも嘘じゃない。超本気じゃん……ええ、何処から来たらこんなタイムスリップしたみたいなのが出来んの?)
山奥の廃村であるが、さておいて。現代社会に出てきてもほぼ野球と通販しか見ていないイナリの情報更新が遅すぎるともいえる。まあ、本人があんまり興味がないのだからそこは仕方ないし実のところ覚醒者にとって一般人向けのニュースはあまり意味のあるものではないので世間の事情に疎い覚醒者というのは結構普通であったりする。
まあ、そんな話をしながらイナリとヒカルは歩いていき……やがて、フォックスフォンとライオン通信の本社の前に辿り着く。道を挟んで存在する両社の建物からは、互いにライバル視しているのが伝わってくる。どっちが先かは知らないが、わざわざこうして道を挟んだ向かいに存在しているのが互いのライバル心をよく表しているといえるだろう。
「お、着いてしもうたのう」
「そうだね。名残惜しいけど……それじゃあ、私はこれで! またねー♪」
「うむ、それではの」
横断歩道を渡ってフォックスフォンへと歩いていくイナリの姿は律儀そのもので、イナリがそういう性格であることは充分過ぎるほどにヒカルは理解できていた。そう、本気の善人。話した限りでは、イナリはそういうものであるように思えた。
ここ最近の情報……少なくともヒカルやライオン通信で入手できる限りの情報では「狐神イナリ」という覚醒者は突然出現した。
年齢不明、出身地不明、経歴不明。後ろ盾はフォックスフォンに見えるが、どうにも覚醒者協会日本本部が実際の後ろ盾だ。実力を考えればそれ自体は不思議ではない。不思議ではないが……「見えるもの」以外は一切見えてこない。まるでそれ以前の過去など存在しないとでもいうかのように目撃証言がなく、ある日突然「狐神イナリ」は出現した。
(狐神? イナリ? それで恰好も狐で巫女? 何の冗談だよって話だけど、そこにも嘘はなかった。わっけわかんねえ……マジで何者だ?)
分からない。話したところ、イナリに嘘はない。むしろヒカル自身のほうが嘘だらけで、どちらが「真実の瞳」の前で怪しい奴と判断されるかといえば、確実にヒカルのほうだ。まあ、キャラ付けに関してはヒカルのせいではなくてライオン通信のせいなのだけれども。けれど、まあ。わざわざヒカルが東京に来た目的は果たせたともいえる。ヒカルはイナリが入っていったフォックスフォンのビルを見つめたまま、小さく呟く。
「……それで? 満足かよ、カミサマ。お望みの奴には会えたぜ?」
カミサマ、と。ヒカルは確かにそう言葉にした。
カミサマ、神様。この世界において広く信仰されるそれらのどれかではないのならば。ヒカルの言う神様とは……すなわち、神の如きものたち。
あの東京第1ダンジョンでイナリにその存在を明かした【果て無き苦痛と愉悦の担い手】。ヒカルもまた、それと同様のものに関わる「使徒」……ということなのだろうか?
そしてヒカルは……自分だけに見える、ノイズ混じりのメッセージを見ていた。
―【全ての獣統べる万獣の王】は満足げに頷いています―
「そうかい、そりゃ良かった。じゃあ、今日もお仕事しなきゃあな」
そう言って、ヒカルはライオン通信のビルへと入っていく。当然ながら……ヒカルと【全ての獣統べる万獣の王】の関係を知る者は……この地上には、存在しない。
イナリ「友達か……良い響きじゃのう」





