お狐様、なんかすごいのを手に入れる
埼玉第3ダンジョン前。転送場所に転移してきたイナリに、職員たちが「おおっ」と声をあげる。生還がかなり運任せのダンジョンであるが故に、無事に戻ってきたイナリに素直にホッとしたのだろう。その瞳には、労いの色が宿っていた。
「お帰りなさい! 早速ですが」
「あ、うむ。少し待っておくれ」
―称えられるべき業績が達成されました!【業績:究極の玩具破壊者】―
―報酬ボックスを回収し再計算中です―
―報酬ボックスを手に入れました!―
「ふむ、こういうのにも慣れたのう」
「え、ええ……? 特殊な報酬ボックス……? と、とにかく此方に」
職員が連絡をすると鑑定係の職員が走ってきて、イナリが机に乗せた2つの箱やザラザラと取り出されるアイテム類にポカンと口を開けてしまう。しかしすぐに気を取り直したのだろう、まずは2つの箱から鑑定を始めていく。1つは立派なプレゼント箱、1つは積み木ゴーレムのカッコいいイラストの描かれた包装紙に包まれた箱だ。
「うっ……!? な、なんですかこれは……」
「む?」
「さ、『36倍プレゼントボックス』と『積み木ゴーレムの報酬ボックス』……? あ、貴方。あの中で一体何があったんですか?」
「何と言われてものう。凄い苦労したんじゃよ。36倍っちゅーのはあれじゃな。ごおれむが、そんなのじゃった」
「え、ええ……? 36倍積み木ゴーレムってことですか? そんなの相手に1人で勝利するなんて前代未聞ですよ……」
今まで確認されていた最大の積み木ゴーレムは8倍積み木ゴーレムだ。5人パーティで何とか勝ったと聞いていたが……当然だ。積み木ゴーレムは大きくなればなるほど強くなるし、その大きさは運次第。8倍でも4メートルほどの巨体になるのだ。そこから発射されるビームの威力たるや、初級中位の魔法とほぼ変わらないという。だというのに、36倍ともなれば理論上は積み木ゴーレムの最大値。いったいどれ程の能力になっているのか、計算するのも恐ろしい。そんなもの相手に勝ったというのは信じられないが、この「36倍プレゼントボックス」の存在が真実だと告げていた。
「あ、あの。狐神さん。この箱は、どうされるのですか?」
「む? ひとまず開けてみようと思っとるがの」
「ご自分でお使いに?」
「いやあ……たぶん売るんじゃないかの」
やはり、と鑑定係の職員は思う。ここのところ、とんでもないアイテムが出てくる騒動が続いていたりしたが……間違いなく目の前のイナリが原因だと気付いたのだ。しかしそうであれば、彼にはより良い提案があった。
「で、では。此方の報酬ボックスは狐神さんしか開けられませんが……36倍ボックスはそのまま売ってみるというのはいかがでしょう?」
「んむ?」
別にそれでも構わないのだが、提案の意味が分からずにイナリは首を傾げてしまう。つまりラッピングされたまま売ることを提案されているわけだが。イナリの心理としてはそんな中身が分からないものを買おうとは思わないのだが、世間的にはそうではないということなのだろうか? いや、確かそういうものがあった気がする。アレは確か……。
「それは……あれかの。開けるまでワクワクする、正月のお年玉袋のような」
「そうですね。どちらかというと福袋な感じと申しますか……」
言いながら、鑑定係の職員は説明するための言葉を探す。察するにイナリはこの箱を箱のまま出すことの価値を全く理解できていない。しかし、理解できないままでは説明責任を果たせていない。そう感じるからこそ、鑑定係の職員はしっかりと説明を続ける。
「このプレゼントボックスは、倍数が大きいほど中身の期待値が高まります。しかし、36倍というのは前代未聞。1倍プレゼントボックスの中身はただの石のような無価値なものが出ることも多いですが、36倍なら……何か凄いものが出るかもしれないと期待させてくれます。その期待は、きっと値段の高さとなって返ってくるはずです!」
「なるほどのう」
そう言われると、イナリにも理解できる。つまり36倍の箱であれば「凄いものが出るかもしれない」、あるいは「凄いものを出せるかもしれない」という期待込みで買う者が多いということなのだろう。とはいえ運次第なのは変わらないのでイナリとしてはそんなものにお金を出させるのはどうかと思ってしまうのだが……確実に運のない自分が開けるよりは何処かの運に自信のある誰かが開けた方が良い物が出るのかもしれない。その機会を奪うというのもまたどうかと思ってしまうのだ。だから、イナリはこう答える。
「そういうことなら、そのまま出しとくれ。それが良かろう」
「はい、ではそのように。では、そちらの報酬ボックスですが……あ、結構雑に開けてるなあ」
バリバリと包装紙を破ってイナリは箱を開けるが……そこから現れたのは、小さな人形だ。
積み木ゴーレムそっくりな、その人形に鑑定係の職員が顔を真っ青にして絶句していたが……これはイナリが初めて魔石の他に売らなかった物であり、この後巻き起こる騒動の……そのうちの1つであったのだ。
イナリ「何やらこの人形、愛着が湧いてきたのう……」





