お狐様、ライオン側の事情にあんまり興味ない
ライオン通信秋葉原本社内プライベートジム。覚醒者のパワーに耐えうる様々な器具が並ぶ中で、サンドバッグを1人の少女が叩いていた。拳での打撃からハイキックへの目にも止まらぬ素早いコンビネーションがサンドバッグを大きく揺らし、トドメとばかりに放った一際強い一撃がサンドバッグそのものを破壊してしまう。ザラザラと流れ落ちてくる砂をそのままに少女はタオルで汗を拭いて。そのタオルを、そのまま床に叩きつける。
「あー、もう! なぁにが『だぞ!』だ! アタシはあんなアホみたいな語尾つけるために覚醒者やってんじゃないってのに!」
「瀬尾ちゃん、落ち着いて。お仕事なんだから」
「だから仕事中はやってんだろ!? あのアホみたいなキャラをさあ!」
「世間的に可愛いキャラは今流行だから……」
言われて少女……ライオン通信の新イメージキャラ「瀬尾ヒカル」は椅子に座って大きく溜息をつく。瀬尾ヒカル、今年で23歳。見た目は中学生くらいでありながら、しっかり成人済である。それというのも、ヒカルの覚醒が関係している。
ヒカルが覚醒したのはおよそ12歳の頃。覚醒に年齢は関係ないとはいえ、僅か12歳で覚醒してしまうのはあまり例がないことだった。そしてヒカルは近距離ディーラー……それも肉体派である「格闘家」のジョブを持っていた。
実のところ肉体派の近距離ディーラーは肉体の成長が遅れる、あるいは止まる傾向があった。それは本人にとって最高の状態で止まるのだとされており、ジョブやレベルなど「強くなる」仕組みに肉体が対応するのだと言われていた。
だというのにヒカルの肉体は12歳の状態でピタリと止まってしまったのだ。いくら鍛えても肉体は全く変わらず、これこそがヒカルの全盛期だと言わんばかりだった。とはいっても、身体が小さいというのは格闘というジャンルにおいてはあまり有利ではない。モンスターも巨体の相手は多く、近距離ディーラー……それも格闘家としては致命的。自然とパーティーにも入れず、ソロで活動していたが……道行は明るくなかった。だが……そこに周囲が奇跡だと呼ぶようなことが起こった。
正確にそれがいつだったかはヒカルは語らないが、ヒカルのジョブが「獅子王」と呼ばれるものへと変化したのだ。小さい身体を全くハンデとしない素早さと、並のモンスターなど簡単に吹っ飛ばす剛力。そして今まで鍛え上げてきたテクニック。ヒカルは当時居た九州では有名かつ情報のあまり知られていない「謎の近距離ディーラー」として知られるようになったが、そこにライオン通信が目をつけた。
謎であればいくらでもキャラ付けできる。おまけにライバルのフォックスフォンのイメージキャラ「狐神イナリ」に対抗できそうな容姿。これを勧誘しないはずがない。そして今まで地元である九州の覚醒企業の誘いに1度も頷いたことのなかったヒカルは、この誘いにアッサリと乗ったのだ。
かくして今のヒカルがいるわけだが……ライオン通信の提示した可愛さを前面に出していくキャラには結構辟易していた。その結果があのサンドバッグであるわけなのだが。
「流行ねえ……そんなもん塗り変えりゃいいのに。どうせアタシが戦ってるとこ見たら可愛いとかって声は吹き飛ぶと思うけど?」
「そこはなんかこう……にゃんにゃーんな感じでお願いできれば」
「ライオンだろぉ⁉ ガオーじゃないのかよ!?」
「うん、そうそう。がおー♪ って感じで」
「契約先間違えたかなあ……」
頭を抱えるヒカルの肩を、マネージャーが優しく叩く。実際、ヒカルの強さもジョブもライオン通信にはピッタリなのだ。正直、こんな条件に合う覚醒者は今後見つかるかも分からない。マネージャーも上層部も一応こう言ってはいるが、ヒカル本来の猛々しい感じを出しても「ギャップかわいい」でいけるとは思っている。でも言うと本人がキャラ設定を完全に捨てかねないので言わないのだ。
「つーかさあ。狐神って子はCMとか出てないじゃん。必要あんの?」
「出る前にこっちで塗り潰しておくんですよ。必要な戦略です」
「戦略ねえ……まあ、お仕事だからいいけどさ」
「ええ。なのでボイストレーニングとダンスも頑張りましょうね」
「必要あるかなあ⁉ 覚醒者に歌とかダンスがさあ!」
「必要ですよ。ブロンズマンジムのマッスラーズだって歌ってるんですから」
まあ、今時のイメージキャラは皆歌を出している。マッスラーズの「君にも行けるさ筋肉の道」もそうだが、そうした歌が覚醒企業のテーマソングにもなったりするので、結構重要なのだ。ライオン通信もその例に漏れないため、「前のイメージキャラ」の歌から出来るだけ早く刷新する必要があるのだ。いつまでも即興のBGMだけでは誤魔化せない。消費者はそういう誤魔化しに敏感なのだ。
そうしてマネージャーに背中を押されながら、ヒカルは此処に来た目的の1つであるイナリのことを思い浮かべる。
(狐神イナリ、ね……早めに会っておきたいところだけど、どうすっかなあ……)
それがライバル的思考なのか、それとも全く違う何かなのかはヒカル以外には分からない。今分かることは……当のイナリは、まだヒカルの名前すら知らないしあんまり興味ないということであった。
イナリ「至高のおにぎりとは……」





