お狐様は今後の予定を考える
「ライオン通信……此方の成功を見て極端にアイドル風に舵を切ってきましたね……!」
「はい。突然の新イメージキャラ就任とCMの全国展開……確実に此方を意識しています」
イメージキャラは勿論それが全てではないが人気は重要だ。何かに迷ったときにイメージキャラで選ぶことがあるのは今も昔も同じであり、実際フォックスフォンもイナリの人気でここのところライオン通信に売り上げなどで大幅に勝っていた。
しかしライオン通信だってただ黙って負けているはずもない。「可愛いは強い」という方程式さえ証明されているならば、そちらに振るのは何の不思議もない。そしてやるならば最初の一撃で徹底的に。この鮮烈なデビューが天秤をどの程度揺るがすか、まだ分からない。
「狐神さん! 此処はやはり歌って踊るしか」
「歌わんし踊らんて。何故儂にやらせたがるんじゃ……」
「巫女は踊ることもあるじゃないですか!」
「神楽のことかのう」
「そうです! アイドルの歌と踊りはまさに現代の神楽! 1つの信仰と言えます!」
「それはさておいて。儂は歌っとらんし踊っとらんし、ましてやこまーさるにも出とらんし。むしろこういうのは『一般的ないめえじきゃら』のやり方なんじゃないかのう?」
言われて赤井はハッとした表情になる。イナリを歌って踊れる狐巫女にしたい欲求が強すぎて一瞬目が曇ったが、確かにその通りなのだ。そもそもイナリのイメージキャラとしての在り方は、一般的なイメージキャラのそれとは大分違う。
おおよその場合においてイメージキャラとなる覚醒者はすでに有名な覚醒者か、あるいは覚醒企業が手塩にかけて育てる覚醒者だ。何故かといえば、覚醒者はいざという時に戦える実力と気概がなければ人気が一気に落ちるからだ。実際、顔だけで選ばれたイメージキャラが実際の戦闘で醜態をさらし企業イメージまで落ちたことがあった。
つまり最低限戦えるだけの……そのくらいの実力を備えているのは必須事項。実際スポーツジムを経営するような覚醒企業はムキムキマッチョな兄妹コンビの覚醒者をイメージキャラに据えていたりする。
勿論それは比較的例外であり、大抵はビジュアルも重視する。するが、ビジュアルと実力を両方とも高いレベルで兼ね備えている覚醒者というのはそこそこレアな存在なのだ。では、それを前提にして「狐神イナリ」という覚醒者をイメージキャラとして評価するとどうなるのか? その答えは「えっ、すごい……うちと契約しよ?」である。
ビジュアルは合格通り越してオファーが殺到するレベル、頼まれもしないのに狐耳と尻尾に巫女服とインパクト抜群な恰好をしていて、性格は比較的穏やかで生活態度は二重丸超えて花丸。そして実力は一線級といって差し支えない。しかもこれで新人であり、世間に与えるインパクトも充分。そして実際結果も出している。覚醒者協会日本本部からイナリの話を貰ったとき赤井は嬉しさのあまり即興のオリジナルダンスを踊ったほどである。
しかし実際のイメージキャラとしての活動スタイルはどうかというと、今のところは東京の固定ダンジョンを比較的短いスパンで回り要請に応えて臨時ダンジョンをクリアし、東京第1ダンジョンの「事故」も解決した。グッズはフォックスフォン主導で出しているが、アイドルっぽい活動はない。なんかもう、非常にストイックで「可愛くて強いなんて超凄い」という評価も受けていたりする。つまるところ、すんごい人気なのである。
「確かに……その通りです。此方を意識しているにしては、やり方が刺激的ではありますが普通に過ぎます。まさか、アイドルを意識しすぎたということでしょうか? けれど、あのライオン通信が初歩的なミスをするでしょうか」
(ふふふ、なんだかんだと良い好敵手なんじゃのう。そうして高め合ってきたんじゃろうて)
イナリが頷いていると、赤井が突然「ふふふ……」と笑い出し立ち上がる。
「ライオン通信敗れたり!」
「お、おおっ?」
「狐神さんのスペックを見誤ったのが貴様の敗因! もはや覚醒フォン市場は我が手中にあり!」
「元気じゃのう……」
「すみません、代表は狐神さんとライオン通信が絡むとテンションが上がる傾向にありまして……」
「ああ、うむ。気にせんでええよ……」
先程部屋に飛び込んできた社員が本当に申し訳なさそうな表情で謝ってくるが、イナリとしては謝ってもらうようなことでもない。見ていてちょっと楽しいというのもある。さておき一通りテンションを上げきると、赤井は冷静さを取り戻したらしくソファに座り直す。
「まあ、ライオン通信も何らかの狙いがあるんだと思います。恐らくですが実力もそれなり以上のはずですし……これは予想ですが、しばらくは彼女関連のニュースがよく出てくるようになると思います」
「儂が実力で名をあげたなら、似たようなことを多少大袈裟にして塗りつぶそうということかの?」
「はい、あくまで予想ですが」
それは別に構わない。ダンジョンを頑張ってクリアしていくことは悪いことではない。問題があるとすれば、またダンジョンの予約が混みそう……というくらいだろうか?
(やはり埼玉に行ってみるかのう……赤羽を経由して行けるんじゃったかの?)
イナリはそんなマイペースなことを考えていたが……その頭には「ライバル現る!」みたいな思考は、一切なかったのである。
イナリ「そういえばころっけ、美味かったのう……」





