お狐様、赤羽に行く
赤羽。それはかつては古き良き飲み屋街の雰囲気を残し、新しい空気と懐かしい雰囲気の混在する、何処かノスタルジックさを感じる場所だった。しかし赤羽もまたモンスター災害からは逃れられず、また海にもダンジョンゲートが現れた影響による海へのモンスターの広がりの影響は大きく。
何かあったときに比較的対処が簡単な川や水路の活用といったものが今、再評価される流れになっていた。
そんな中にあって東京湾とも繋がる荒川の重要性も増し、赤羽港というダンジョン出現前であれば何の冗談かというような施設まで出来ていた。
さて、そんな赤羽であるが……水運の要所の1つとして発展し、自然と陸路での輸送拠点も出来る物流の町と化していた。
倉庫が立ち並び、大きな市場や個人向けの商店も立ち並んでいる赤羽は今や、活気でいえば東京でも有数の都市となっているのだ。ちなみに荒川を挟んで存在するお隣の埼玉県川口市もその影響を受け発展していたりするのだが……ひとまずさておこう。
ともかく、赤羽であれば手に入らないものは覚醒者関連の物品だろうというくらいには「ないものはない」場所である、ということだ。
バスが辿り着いた場所は赤羽バスターミナルであり、もうすでに活気が凄い場所であった。競りの類は早朝に終わっているので今はすでにその片付けや一般客の時間ではあるのだが……ここからが本番だとばかりに声をあげる店もたくさんある。
「いらっしゃいいらっしゃい、魚が安いよー!」
「秩父から届いた味噌! 今が一番美味しいよー!」
何やら色々な呼び込みの声が響いているが、やはり食品類が多いということなのだろうか。
水路だけではなく陸路の拠点となっていることもあり、かなり幅広い商品が並んでいるのが見える。リンゴのような果物や野菜の類も並んでいて、イナリは思わず「ほー」と感心した声をあげていた。
「これは凄い。思わず色々と買い求めたくなるが……儂の今日の目的は米じゃからのう」
そう、イナリの今日の目的は米専門店だ。この赤羽の何処かにあるはずなのだが……こうも入り組んでいては、正直何処にあるのかよく分からない。あちこちに案内板もあるが、米屋のものはない。
新鮮野菜取扱、さとう野菜店。各種酒販売、世界の長野。まぐろ専門店、金谷魚店。
色々な店があるが、米屋の看板はない。確かにこの辺りにあるはずなのだが……。
うーむ、と唸ったイナリは仕方なく、その辺の店の店主に声をかける。
「もし、そこの方。大変申し訳ないのじゃが」
「はい、いらっしゃいませ! 今日のおススメは今朝獲れたばっかりのアサリですよ! 酒蒸しにしてもよし、味噌汁に入れても良し!」
「あ、うむ。すまぬが客ではなくての。道を聞きたいのじゃよ」
「ありゃ、そうでしたか! でも魚ならうちが一番ですからね! 帰りに是非寄ってってくださいよ!」
「う、うむ。それでじゃな……」
そうして聞き出した場所は、どうやら赤羽の中でも少し外れた場所であるらしかった。米専門店が何故そんな場所にあるのかは分からないが、もしかするとそんな場所にあっても問題はないという自信の現れなのかもしれないとイナリは思う。
大通りを外れ、脇道に入って歩いていくと……なるほど確かに「米専門店 播磨」の看板がある。
高級なアクセサリーを扱うかの如く洒落た店内に入れば、店員が丁寧に頭を下げてくる。
「いらっしゃいませ。今日はどのような米をお探しでしょうか?」
「う、うむ。なんか儂の知っとる米屋と大分違うのう」
ビシッとスーツできめた店員にそう声をかければ、店員は洗練された笑みで応える。
それはまさしくソムリエの如くであり、実際に店員はこの店の米ソムリエであった。
「はい。米ソムリエの国家資格が導入されてより、鑑定スキルと米判別の知識を併せ持つ覚醒者の米ソムリエが求められるようになってまいりまして。ただ赤羽のもつ雰囲気やイメージといったものもございますので、こうして少し外れた場所にあるというわけでございます」
「なるほどのう……納得な話じゃ」
確かにこの店の雰囲気は先程まで見た赤羽の雰囲気とは合わない。そういう意味では納得ではある……のだけれども。
「しかしまあ……赤羽の雰囲気に合わせようとは思わなかったのかえ?」
「昨今の米業界だとこのような感じがスタンダードですので、中々……」
「せちがらいのう……」
それが普通だというのであれば、そこから外れれば異端児と言われてしまうだろう。町の雰囲気から外れるのも困りものだが、業界の雰囲気から外れるのも困りもの。
どちらをとるかという話になって、この赤羽の少し外れた場所に店を構える……ということに落ち着いたのだろうとイナリは納得する。
「さて、お客様。どのような米をお求めでしょうか? よろしければお手伝いさせていただきたいのですが」
「うむ、それは非常に助かる。米については素人じゃからのう」
専門家が選んでくれるというのであれば、こんなに頼もしいことはない。だからイナリは遠慮せずにそれを言う。
「では、ふりかけに合う米を頂けるかのう?」
イナリ「ふりかけじゃよ、ふりかけ」





