お狐様、子どもに絡まれる
さて、米屋に行きたいといっても、生活環境というものは場所によって大きく異なるものだ。
大型ショッピングセンターが徒歩圏内にある場所もあれば、コンビニすら徒歩圏内にはない場所もある。そして電車というものが主要交通機関の座から大きく転落した現在、バスが各都市を結ぶ重役を担っている。
比較的短間隔で運行する細かく広範囲なバス交通網の整備は日々の生活というものを大きく変えた。
何処かに出かけるならバスに乗ればいい。それが共通認識になり、装備の保管など特段の事情のある者を除けば覚醒者もバスを利用している。
これは何かあったときに覚醒者が助けてくれるという期待も当然抱かれる……そのつもりがなくともいざというときに頑なに動かないのはイメージが悪すぎるので事実上の強制ともいえるが……そういった事情もあってか覚醒者はバス利用が無料であったりする。
そうなると一般的な覚醒者はますますバス利用をするようになるという好循環もできていた。
そしてイナリも当然のようにバス利用だが……米屋行きのバスなどというものが存在するはずもない。
インターネットで調べるという知識もあるにはあるが、どの米屋がいいかなど行ったこともないイナリには分かるはずもない。なので調べて最初に出てきた米屋に向かうためにイナリはバス停に来たのだが……今日が日曜日のせいだろうか、どこかに遊びに行く途中らしい子どもたちに囲まれてしまっていた。
「すげー! この尻尾本物だぜ!」
「耳マジでヘアバンドじゃねーんだ!」
「なー、なんで巫女服なの?」
「のじゃって言ってー」
「尻尾引っ張っていい?」
「引っ張ったらダメじゃぞー。あと勝手に耳を触ってもいかんぞ」
すでに尻尾を大分わしづかみにされているが、子どものパワーとはいつの時代も凄まじいものである。しかしまあ、子どもは動物を見れば触りたくなるもの。
狐の尻尾もそういうものだとイナリは多少は分かってあげられる。だから、多少は許してあげようとイナリは慈悲の心を抱いて。
「キエアー!? こりゃ! 尻尾の毛を抜こうとしたな!?」
「わー!」
「逃げろー!」
逃げて行ったうちのどの子どもかは知らないが、イナリの尻尾の毛を抜こうとしたようで……しかし普通の動物の尻尾じゃないのだから簡単に抜けるはずもないのである。しかも無遠慮に引っ張るもんだから流石のイナリも慈悲の心がすっ飛んでいく。
「まったく、最近の子どもはまったく! 女子の尻尾の毛を抜こうとしてはいけませんと教わらかった……まあ、教わらんか」
自己完結するとイナリは頷き……物陰に隠れてこっちを見ている子どもたちをサッと見ると動きを止める。なんともかわいいものだ。そう考えながらバスの到着予定時刻を見て……振り返ると近づいてきている。また視線を逸らし、サッと見るとピタリと止まる。
(だるまさんがころんだ……? え、儂やるって言っとらんのじゃけど……)
勝手に遊びに組み込まれている。その辺りはなんかこう、まさに子どもといった感じではあるが、子どもたちからしてみればテレビで見た同じくらいの……そう見えるだけだがさておいて、そんな美少女がいればちょっかいを出したいものなのである。
まあちょっかいを出されるほうは困るだけだしイナリとしても困るのでどうしたものかという感じではあるのだが……そこに救いの手が訪れる。そう、バスの到着である。
「お、バスが来たか。それではの、遊ぶときは安全に気を付けて遊ぶんじゃぞー」
「えー!」
何やらブーイングも聞こえてくるが、イナリにだって用事はあるのだ。若さゆえに体力が無限のような子どもと夕暮れまで遊んでいるわけにもいかないのだ。
しかしまあ、そんな光景も周囲から見れば微笑ましいものに見えるらしい。まあ、当然だろう。同じ世代……そう見えるだけだが、そのくらいの子どもたちがじゃれている。
しかも1人はテレビで最近よく顔の出てくる覚醒者だ。大人からしてみれば「やっぱりまだまだ子どもよね」という感想もわいてくる。
結果としてイナリへの好感度が上がっていくわけだが、イナリとしてはなんで自分が温かい目で見られているのかいまいち分からない。ともかくバスに乗れば、ひそひそ声が聞こえてくる。
「アレって最近よく出てる……」
「そうそう、イナリちゃん……」
動いているバスの中でイナリの座った席まで近づいてくるような者はいないが、どうやらバスの乗客のほとんどはイナリのことを知っているようでイナリとしてはなんともむず痒い気持ちになってしまう。
(うーむ。儂も有名になってしまったのう)
いわゆるアイドル的扱いをされる覚醒者がいるなかで、イナリ自身もフォックスフォンのイメージキャラであるのだから実質アイドル扱いといえるしグッズの売れ行きも好調らしいのだが、イナリとしてはどうにも分からない。
別に可愛い恰好をしているわけでも歌って踊っているわけでもないのに自分をアイドル扱いする気持ちが理解できないのだ。その辺野球とか通販番組ばっかり見ていてアイドル事情がイナリの頭の中で更新されていないのが響いているがまあ……知ったところで「さよか」と言うだけなので、あまり変わらないだろう。
そんなイナリを乗せてバスが向かうのは……東京と埼玉の境に存在する、赤羽であった。
イナリ「こどもは元気じゃのー」





