世界はいつでもそんな感じ
まず最初に言うと、これは米の話である。かつてササニシキかコシヒカリかと言っていた時代も今は遠く、様々な品種が世に出てきている。それというのも科学や農業技術の発展もそうであるが、覚醒者という存在が世に出てきたのが一番大きい。
具体的には生産系の覚醒者の一部が農業でスローライフといった生活に夢を見て持てるスキルをそっち方面に注ぎ込んだ結果、いわゆる覚醒者ブランドと呼べる米やら麦やらがたくさん出てくるようになったのだ。
特に日本人の米に対する執念やこだわりは並ではなく、新しい品種の数は両手両足の指を全部使っても足りないほどだ。
たとえば甘みともちもち感を重視した米「げっこう」。
究極のバランスの良さを追求した米「てんびん」。
米自体の主張を抑え、他の味を引き立てることに特化した「じょえん」。
他にも様々な品種が生まれ、今この瞬間も新しいブランド米を生み出すべく農業に人生をかけた覚醒者たちの挑戦が続いている。
そのおかげだろうか、現代においては米を専門に扱う店……すなわち米屋が復権し米ソムリエのような資格が本格的にもてはやされ、米選びとは今やワインを選ぶかのごとく難しく専門性の高いものになったのだ。
いや、まあそこまでは言いすぎだが納得いく米選びにプロの力を借りる必要性が高まったのは事実である。しかしそこに至るまでの道もやはり平坦ではなかった。
大量に現れた「米ソムリエ」関連の資格には怪しいものも多く、しかしどれが怪しくないのかと言われれば誰もその基準を示せないでいた。さて、そんな状況下において現れた救世主とは……!
「おお……」
テレビを見ていた少女がそう声をあげる。頭から直接生えている狐耳をピコピコと動かし目を輝かせている少女の身体を包むのは、巫女服。そのお尻から立派な狐の尻尾も生えており、それらはどうやら本物であるらしい。
そんな少女の名はイナリ。狐神イナリとかいて「こがみいなり」と呼ぶ少女である。まあ、実際の年齢と見た目の年齢のどちらで少女を定義するのかは難しいところだが、そこはさておこう。とにかくイナリはテレビの「今振り返る米作りの歴史」にこれ以上ないくらいに夢中になっており、手に持っているおにぎりに口をつけてもいない。
「ううむ、現代における米作りがそんなことになっていようとは。儂も漫然と米をその辺りで買っておったが、それではいかんということじゃなあ……」
この辺りにあるかは分からないが、今後は米屋で米を買わなければならぬ。できればふりかけやおにぎりに最適な米があればなおさら良い。
そんなことを考えながらイナリは手元のおにぎりに気付きパクリと口にする。
今日のおにぎりは刻んだ野沢菜と一緒に握っており、ちょっと強めの塩気とシャキシャキとした食感が口の中を飽きさせない一品に仕上がっている。
この野沢菜も近くのコンビニ「ブラザーマート」で買ってきたものだが、何でも、というわけにはいかないがちょっと欲しいと思うものであればだいたい売っているので非常に重宝している。
何しろ種類は少ないが茶葉まで売っているのだ……とても凄い。
まあ、こだわりの品を手に入れようと思えば専門店へ行かなければならないのだろうが、それはそれだ。
そうしておにぎりを食べてお茶で一息入れていたイナリだが……実は「覚醒者」と呼ばれる超人たちの中でも新人でありながら上位の実力者として最近知られつつある少女だ。
廃村から出てきて今は覚醒者協会の手配した賃貸の一戸建てに住んでいるのだが、稼ぎだけで言えばもっと立派で高いところに簡単に住めるだけのものがある。
というのもダンジョンで今まで見たこともないようなものを持って帰ってきてオークションに出すからなのだが、覚醒者の優遇政策に基づき税金が非常に低い上に本人がご飯にふりかけかけて食べるのが大好きな、非常に庶民的な生活を好んでいるためにお金がたまっていく一方なのだ。
しかしてその正体は、イナリ本人にもよく分からない。そもそもイナリという名前からして謎の「システム」がつけたものであり、本人はいつの間にか今のイナリの姿で生まれていた「よくわからないもの」である。
まあ、たぶん自然発生的な神様か何かではあろうけども、結構強い力は持っている。
そんなイナリが放り出されたこの現代社会、ダンジョンなる怪物の湧き出る場所があちらこちらに出現し覚醒者なる超人たちが次々と生まれ出ているという、イナリからしてみれば「はえー……何やら難儀な時代じゃのう」といった感じではあるのだけれども。
なんだかんだイナリも慣れてきた、と自負できている。なおイナリのサポートを上司から仰せつかっている覚醒者協会日本本部の安野が聞いたら鼻で笑うだろう。さておいて。
お茶を飲み切ったイナリは湯呑を置いて、すっくと立ち上がる。
「よし! 決めたぞ……儂は今日、これから……米屋に行って最高の米を買うのじゃ!」
特に切迫した事情とか差し迫った世界の危機があるわけでもなく。今日もそれなりに危険で、おおむね平和な……そんな、太古の昔から変わらない日常は、ダンジョンがあろうとなかろうと変わらないのだ。
試験的にこの章から読みやすい感じにほんのり改行多めにしてみようと思います





