お狐様、東京第1ダンジョンに挑む2
消失しながらその場に魔石を落としたレッドキャップとスタンプボアを見ながら、イナリはふうと息を吐く。
「やれやれ、中々に激しいのう。よもや獣に乗って突撃とは。最初からこの調子では、相当に難儀じゃなあ」
今までのダンジョンと比べても、この東京第1ダンジョンの難易度は相当に高いとイナリは感じていた。モンスターも強いし、殺意の高い罠の存在もそうだ。ハッキリ言って、イナリが今まで見た覚醒者の実力でこのダンジョンをクリアできるなどとは思えない。しかし実のところ、イナリも此処を簡単にクリアできるかといえば……「難しい」が答えになってしまう。
(一番簡単な救出方法は越後とかいう娘が死ぬ前に此処を攻略してしまうことじゃろうが……これでは、あまり現実的とも言えん。となると、地道に探すしかないのう)
しかし、どうにも奇妙なこともある。先程から死体を1つも見かけていないのだ。ということは、此処では誰も死んでいない……ということなのだろうか?
「だとすると、大分希望はあるかのう……いやはや、思ったより覚醒者とは強いのかもしれん」
言いながらも、イナリは「そうではない」と気付いていた。よく分からない。よく分からないが……このダンジョンには、他のダンジョンとは違う悪意が満ちている。確信できてはいないが……たぶんこの「東京第1ダンジョン」だけが他とは違う。もしかすると、イナリに対してだけ難易度が跳ね上がっている可能性は無いだろうか? そう思わされるのだ。
レッドキャップたちを倒しながらイナリはダンジョンを進み……突然足元に開いた穴に「ひょっ?」と声をあげる。
「ぬ、くっ!」
穴の縁に手をかけると、そこに現れたレッドキャップがニチャリと笑いながらイナリの手にナイフを振り下ろそうとして。イナリは一瞬の判断で落とし穴の壁を蹴って勢いをつけると、そのまま倒立の要領で穴の外へと飛びあがり……そのまま驚愕するレッドキャップの首に足をかけて思い切り床へと叩きつける。そう、偶然にもフランケンシュタイナーである。
ビクンビクンと痙攣しているレッドキャップをイナリはよろよろと立ち上がりながら落とし穴の中へと蹴り入れる。
「あー……今のは驚いたのじゃ。じゃが、今ので確信したぞ」
イナリは天井付近を見回しながら、一点を指差す。それは、先程悪意と、愉悦と……そんな薄汚い感情の混じった視線を感じた場所だ。
「何処の誰かは知らんが……お主、儂を見とるな?」
視線の中に驚愕が混じる。イナリが見ても、そこには何もないように見える。見えるが……そういうやり方に、イナリは心当たりがあった。
「遠見の術か。相当な使い手のようじゃのう……じゃがな、見るということは……見られる覚悟も出来ているということじゃよな?」
神通力。システムがそう分類せざるを得なかったイナリの力は、実に多岐に渡る。その中の幾つかはシステムによって似たようなものへと独自分類された。しかし、イナリはその全てを使ってはいない。元々使う必要もなかった力ではある。力の流れを辿り、その「奥」へ。そこにいた黒いローブの男はイナリを見るとチッと舌打ちし手を振るう。同時にバヂンッと音が鳴りイナリの見ていた光景も消える。
「ふーむ……人、か? しかしどうにも違う気がする。よもや、アレがしすてむということもあるまいが……」
―【ダンジョンを歪めるもの】を発見しました!―
―称えられるべき業績が達成されました!【業績:歪みの原因発見】―
―特別な報酬【システムによる情報看破(1回)】が与えられます―
―看破成功―
―【果て無き苦痛と愉悦の担い手】の使徒を発見しました!―
―使徒は神と呼ばれるに足る存在に仕え力を授かった者たちです!―
―警戒してください。異界の神々には邪悪なる目的を持った者も多く存在します―
「なんとまあ。異界とは、これはまた大きな話になったもんじゃのう」
しかし、そうであれば話は大分早い。何故なら、先程見えた場所は……恐らく、此処からそう遠くはない。
「しかしまあ、話は大きくとも解決までの道筋は思ったより近いもの。さあて、この階の何処かに居るのじゃろ? すぐに追い詰めてやるでな」
ダンジョンを歪めているだかなんだか知らないが、そんな強大な力を永続的に振るえるはずもない。十中八九何かしらの制限があるし、何より先程の遠見の術。然程「遠く」はなかった。ならば、【果て無き苦痛と愉悦の担い手】の使徒とかいう奴は……必ず、この階にいる。
「ギイイイイイイイイ!」
「ギエエエエエエエエ!」
「ギイエアアアアアア!」
レッドキャップの群れが……スタンプボアに乗った個体まで複数含む群れがイナリへと突撃してくる。かなりの数だ、普通の人間であれば決死の覚悟で挑み、それでも磨り潰されるかもしれない。だがイナリは違う。イナリは弓形態の狐月を構えると、その弦をゆっくりと引く。
「分かりやすいのう。その愚かしさはいっそ愛いのう。しかし……あまりにも分かりやすすぎるのじゃ」
放たれた矢が着弾し、レッドキャップたちを吹き飛ばす。簡単なことだ。ダンジョンゲートを破壊するよりは、余程簡単なことだ。恐らくだが……そう離れていない場所に使徒はいる。そして、それが意味することは。
「思ったより面倒ごとだったようじゃが……ま、今更か。1度首を突っ込んでしもうたしのう」
そう言いながら、イナリはダンジョンの奥へと進む。その足取りに、迷いは無かった。





