お狐様、東京第1ダンジョンに挑む
東京第1ダンジョン。かつて渋谷と呼ばれた区域に出現した東京最高難易度のダンジョンは、モンスター災害において上位に入る被害者数を叩きだしたダンジョンでもある。
迷宮型と呼ばれる東京第1ダンジョンは毎日その構造を変化させ、地図がその当日しか意味をなさない構造になっている。だからこそ未だにクリア者が出ないとも言えるのだが……厳戒態勢のそのダンジョンの入り口前に、今イナリは立っていた。
「本当は俺たちもついていきたいんだが……東京第1レベルになると、ほとんど役に立てん」
「まあ、だからこうして日本本部から委託受けるような真似して稼いでるんだけどな」
丸山が宅井に肘鉄をして「うっ」と言わせているが、まあこの2人も良いコンビなのだろうとイナリは思う。そして何よりも、ついてこられても守る手間が増える分邪魔でしかない。何故なら、この東京第1ダンジョンからは凄まじいほどに強大な力が流れ出して来ている。恐らくは、あの廃村に現れたダンジョンのようにゲートを破壊しようとしたとして、渋谷ごと吹き飛ばすつもりでやらなければ難しいだろう。
(なんという……恐るべき力よ。斯様なものを人の子らは制御できていると本当に信じているのじゃろうか……?)
とはいえ、このダンジョンを吹き飛ばすわけにもいかない。システムも警告文を出して来ている。
つまるところ、正攻法……推奨される方法で挑まなければならない。
「うむ。では早速行くとしようかの」
「ちょ、ちょっと待った。武器は? 防具もないみたいだが」
「ん? ああ。自前のがあるでの……狐月」
イナリが呼べば、その手に刀形態の狐月が現れて、発せられる神気とでも呼ぶべきものに丸井たちが気圧される。こんなものがあるなら確かに要らない。そう思わせる力が狐月からは発せられていた。
「凄い刀だ……見てるだけで分かるぞ……!」
「なんてこった。あんなものがあったのか!」
そんな驚愕の声が聞こえてくるが、実際今、狐月はどうもあらぶっているように見えた。その理由をイナリはなんとなく察していたが……そのまま、振り返ることもなくゲートへ入っていく。変わった景色の先は、石の壁の迷路じみた場所。そして濃厚な、死の匂い。
「ああ、いかん。いかんな。此処は穢れに満ちておる。お主が荒ぶるのも酷く当然じゃろうのう、狐月よ」
「キイヒヒヒヒヒヒ!」
「キヒャヒャヒャヤ!」
赤い帽子を被ったゴブリン……レッドキャップが2体、迷宮の壁や天井を凄まじい跳躍力で跳ねながらイナリへと向かってくる。ゴブリンなどと一緒にするのが失礼なレベルの身体能力と、それを使いこなす頭脳。魔法すら使うと言われる、レッドキャップたちは小剣を振りかぶって襲い掛かってくる。そして……イナリの狐月で首を切断され、一撃の下に絶命した。
「速い、のう。しかし残念なことに見えずとも斬れるんじゃよ。動きがバレバレじゃからの」
そう、イナリの目ではレッドキャップの動きは追い切れていなかった。いなかったが……レッドキャップの体格と速さと得物の射程が分かり、相手の狙いが読めれば……そこに斬撃を「置く」ことは、イナリにとっては、然程難しくはない。
とはいえ、最初からこんなものが出てくるようでは奥はどうなっていることやら分からない。
イナリは狐月を持ったまま、通路を進んで。
「おおっ!?」
壁から飛び出した無数の突撃槍の如く太い針の群れが、イナリを展開した障壁ごと反対側の壁へと押し付ける。
「な、なんじゃあ? 罠……? これ、儂じゃなきゃ串刺しになっとるじゃろ」
イナリは障壁を張ったしイナリの巫女服を貫けるようなものとは思えないのだが、一般的に人間がコレに刺されたら高確率で死ぬだろう。元の場所に戻り消えていく針だが、イナリがじっと見ると「なんか変な力の流れがあるような……」というくらいで、見た目には普通の壁にしか見えない。
「なんとまあ。こんなのは初めてじゃ。しかし、此処に死体がないということは上手く対処したのかもしれんのう」
中々やるのう、と言いながらイナリは歩き、床の隙間から湧いてきた粘液モンスター「ウーズ」に無言で狐火を放って燃やす。
「ブググググ……!」
「あめいば、とも違うようじゃが。音がぼこぼこ五月蠅いのう」
言いながら歩き、襲い掛かってきたレッドキャップの首を跳ねる。このタイプはそうすれば殺せると分かっているから、一切迷いはない。落ちた魔石も、今は回収しない。人命救助の成否がかかっているからだ。そうして曲がり角を曲がった瞬間。
「なんとぉっ⁉」
イナリは突撃してきたイノシシモンスター、スタンプボアに弾き飛ばされる。しかし、スタンプボアはただイナリに突撃してきたわけではない。その背には、1体のレッドキャップ。ニヤリと笑って隙を逃さず飛ぶレッドキャップに、イナリは即座に狐火を発射して撃ち落とす。
「ゲッ……」
立ち上がり即座にスタンプボアに飛び乗ったレッドキャップは、弓形態の狐月を持っているイナリに目を見開く。それはすでに、弦が引き絞られて。
「ゲアアアアアアアア⁉」
レッドキャップは、スタンプボアごと一撃で吹き飛んでいた。
イナリ「危険じゃのう、此処……」





