お狐様、呼ばれる
そんなグッズ会議から数日後。東京第5ダンジョンをアッサリとクリアしたイナリは、戦利品を前に驚愕で口を開けている職員の前で電話を受けていた。その顔も、職員に似て驚いた表情だ。
「えーと……すまん。よく聞こえんかった」
『全てのグッズが予約だけで予定生産数に届きました。かなり多めに見積もったつもりなんですが、先程二次生産分の予約受付を決定しました。フィギュアなんかまだデザイン公開してもいないのに『予約させろ』という要望が凄いです』
「裕福な人が多いんかのう……」
『良いことじゃないですか』
「そうじゃのう」
なんかよく分からないが、予約受付した分のグッズが予約分だけで完売になったらしい。イナリとしては「何故?」という話ではあるのだが、そう思うというのはイメージキャラに選ばれるような覚醒者という現代社会のアイドル事情をイナリがまだ理解できていないということではある。仕方ないけれども。ともかく、なんだか凄いことになっているらしいということだけはイナリも理解できた。
電話を切ると、ふうとイナリは息を吐く。
「何やら凄いことになったのう……」
「ええ、本当に。こんな、こんな凄いことに……」
「おお、分かってくれるか」
「勿論です! 正直ドロップ品はたいしたことないですが、こんなネズミ柄の報酬箱なんか見たことないです!」
あ、そっちじゃったか。とはイナリは言わない。職員からしてみれば、当然そっちの話になるだろう。実際、ドロップ品は職員の言う通りにたいしたことのないものばかりだ。
スライムの破片に化けネズミの歯など、使い道は存在するが大した値段にもならないものがどっさりだ。買い手も少ないので粉砕処分などにされることも多いくらいだ。
だが……報酬箱は違う。金、銀、銅のようなものではなくラッピングされた箱など職員は初めて見た。まあ、イナリからしてみれば「またこういうのか」になってしまうのだが、何やら特別なものであることはイナリにも分かっている。
だからこそ適当に包み紙を破って開ければ……中から出てきたのは一本のナイフだ。
何かを削りだして作ったように見えるソレを職員が鑑定すると、なんとも微妙な顔になる。
「えーと……化け鼠のナイフ、ですね。たぶん下級中位くらいの品だと思われますが」
「うむ、要らんのでおーくしょんとやらに出しといてくれるかの? 儂は魔石だけ持って帰るでの」
「はい、おつかれさまでした」
化け鼠のナイフ。攻撃力は低く、装備した者の敏捷にほんの僅かに補正があるという武器だ。
市場価値としては10万から20万程度だろう。駆け出しの覚醒者にとっては中々に良い武器かもしれないが、その程度ではある。
まあ、東京第5ダンジョンからこんなものが出ただけでもそれなりではあるか……などと職員は思う。
狐神イナリ。フォックスフォンのイメージキャラとして売り出し中の彼女がこんな不人気ダンジョンに来ただけでも驚きだが、攻略速度も凄かった。先日の秋葉原ダンジョンにおける彼女が1人で攻略したという噂も真実なのではないかと思えてしまうほどだ。
「凄い覚醒者は散々見てきたと思ったけど……上には上ってことかなあ」
いいものを見た。そう呟きながらアイテム運搬係を呼ぶ職員だが、自分の覚醒フォンに連絡が来たのに気付き職員は「え?」と声をあげる。
「狐神さんですか? 先程お帰りになられましたが……引き留めろって、ええ!? だってもう姿見えませんよ!?」
職員が無茶を言うなと叫んでいる間にも、バスを待っていたイナリの覚醒フォンに安野から着信が入る。
「もしもし、儂じゃよ」
『あ、狐神さん! 今どちらに⁉』
「第5だんじょんを終えてきたところじゃよ? 今はバスを待っとる」
『よかった! 至急第5ダンジョンまで戻ってください! 迎えのヘリが向かっていますので!』
「……あれかのう」
何やら遠くから爆音と共に向かってくるヘリコプターを見ながらイナリはなんとも言えないような気分になる。いきなりあんなものを迎えに来させるということは、十中八九面倒ごとだろうが……一体何が起こったというのか?
「何の用かは今聞いてもええんかの?」
『私も正確には把握してません。けれど……東京第1ダンジョンで何かがあったようです。トップランカーの人々は忙しい人も多くて、私が伝手がある中で一番強そうなのが狐神さんだったもので……!』
「ふーむ」
そんなことを聞きながらも、イナリはすでに東京第5ダンジョンの敷地に戻り、ヘリもどんどん近づいてきていた。
まあ、そういう事情であれば断るわけにもいかないし、東京第1ダンジョンという場所にはイナリも興味があった。
今まで1度もクリアされたことがないという性質上、白カードのイナリでは予約すら出来なかったのだ。そこに関する話だというのであれば、話を聞く価値は充分すぎるほどにある。だから、イナリは電話の向こうの安野にこう答える。
「まあ、何かあって儂の力が必要というのであれば……儂を頼ってくれたこと、後悔はさせんよ」
東京で最難関と言われる東京第1ダンジョンで何が起こったのか。
それは分からないが……頼られて無下にするほど、イナリは薄情ではないつもりでもあった。
イナリ「はてさて、何があったのやら」





