お狐様は歌わない
フォックスフォンの代表室。もはやイナリは顔パスであるが……広いその部屋のふかふかのソファーに座りながら、イナリは頭を抱えていた。
その原因は、山のように積まれた企画書と、ズラリと並んだ試作品の数々である。
「いかがですか? 持ち込み企画に社員からの企画……どちらも凄い熱の入りようです」
満足げな顔で言う赤井に、イナリはどう答えたものかと言葉を選ぶ。
まあ、熱意は分かった。物凄く分かった。何故もう試作品があるのかは分からないが、出来がいいのもよく分かる。しかし、しかしだ。
「何ゆえ儂の小さな像があるんじゃ? それも複数あるように見えるんじゃが……」
「はい。こっちはアクスタでこっちがフィギュアですね。企画だけなら似たようなのが幾つかありますけど、この2つは製作系の覚醒者が一晩でやってくれました」
そう、机の上に載っているのは両面アクリルスタンドと呼ばれるタイプのグッズと、小さく精巧なフィギュアだ。公式サイトの画像を参考にしたのか、笑顔が実に眩しい。
「よう分からんが、この『あくすた』と『ひぎあ』を欲しがる者がいる……と?」
「はい。過去の事例からいっても人気の覚醒者のものは結構売れます。詳細な図案は狐神さんの了承と監修を受けてからの予定ですが、まずは予約生産とするつもりです。あとは定番商品も押さえていくつもりですが具体的には……」
そこから赤井の説明が詳細に続いていくが、イナリの頭はもういっぱいいっぱいである。何を聞かされても「うむ」しか言えない状態にされてしまいそうだ。だから、イナリは途中で「ちょっと待ってほしいのじゃ」と赤井を止める。
「はい。休憩にしましょうか?」
「いや、儂には正直まーったく分からん! たとえばこの『くりあはいる』1つとっても分からんのじゃ。理解する努力はするが、誰がどういう理屈で何を欲しがるのか今の儂には理解できん。こんな儂が話を聞くよりも、赤井に任せた方が良いと思うんじゃ」
「……ふむ。そういうことでしたら、私の方で検討して出したいと思います。狐神さんのほうで、出しても問題ないかだけチェック頂けますか?」
「うむうむ。それで構わん。いや、申し訳ないのう」
「いえ。そうなりますと……」
赤井は言いながら、書類や試作品の山を手がぶれるほどの速度で仕分けしていく。その人間離れした動きに「そういえば赤井も覚醒者じゃったのう……」などと思い出す。
そうして選び出されたのは、すでに試作品もある両面アクスタとフィギュアがリアルとデフォルメで2種。クリアファイルにキーホルダー、そして狐耳カチューシャとテーマソングである。
「こんな感じでいかがでしょう?」
「儂は歌わんぞ」
「え!? 横文字が凄い怪しいから押せると思いましたのに何故!?」
「儂だってそんぐが歌だってことくらい知っとるわい。儂の歌なんぞ世界に披露してどうするんじゃ」
「絶対ウケますって! 販売数1位も余裕ですよ!?」
言いながら赤井はサッとプレイヤーを取り出し再生を始めてしまう。
―コンコン♪ かわいい狐のかわいい―
「せいっ!」
「あっ、なんで止めるんですか⁉」
「なんじゃコンコンって! あと儂に自分でかわいいとか歌わせるつもりかえ!」
「いいじゃないですか! 私は是非歌ってほしいです!」
「イヤじゃー!」
「狐神さんの歌で救われるものがあるんですよ!」
「何が救われるか言ってみるとええ」
「ヒット間違いなしの歌に関わる関係者の生活とか」
「ぬう、嫌なところを突いてきよる……!」
しかし嫌なものは嫌である。何故「コンコン」とか歌わなければならないのか。演歌を歌えと言われたならちょっと本気で考えたものを。まあ、今の時代でどんな歌がどの程度ウケるかは分からないのでそんなことは言えないのだが。
「まあ、仕方ありません。歌については再度歌詞と曲調を検討し提案しますね」
「諦めるって選択肢はないんじゃのう……」
「ないです。でもまあ、こういうのは本人のスタイルを加味した方が良い物が出来上がるのは確かなので……黒の魔女の『深淵の闇より出でよ』を聞かれたことは?」
「ないのう……」
「1度聞いてみるといいですよ。自己愛の化身みたいな歌ですから。凄い脳に残ります」
「聞きたくないのう……」
そもそもイナリとしては「黒の魔女」とか言われても「誰?」という感じではある。覚醒者であれば誰でも知っているレベルには有名だが、イナリは覚醒者にそもそもあんまり興味を持っていないので知らないのだ。
「ちなみに秋葉原だと有名な『使用人被服工房』でも歌を幾つも出してますよ。最新曲の『GOGOメイド隊!』は結構な売り上げを記録してます」
「覚醒者はあいどるじゃったかのう……」
「アイドルみたいなものですよ。世界の平和と笑顔を守るスーパーアイドルです」
「……ふむ。そういう考え方は嫌いではないのう」
覚醒者という強い力を持つ者が自分たちという存在をカッコよく、かわいくアピールする。
それもまた、現代社会における上手いやり方なのだろうとイナリは思う。
「というわけで狐神さんもファーストライブを目指しましょう」
「そのフリフリの図案を引っ込めい……!」
まあ、イナリがやるとかそういうのは、話は別なのだけれども。
イナリ「今の世は中々に複雑じゃのう……」





