お狐様、メイド隊に遭遇する
さて、そんなわけで翌日。すっかり行き慣れた秋葉原にイナリは降り立った。
今日も朝早くからの到着だが、前回と違う点は人の視線が前回以上に突き刺さり、どれも凄く好意的であるという点だろう。
「ねえ、あれってやっぱり……」
「だよね。イナリちゃんだ。わあ、アレってCGとかじゃなかったんだ……」
「幻覚系スキルでも無さそうだよね。凄い……」
何やら話している声からすると「フォックスフォンの狐神イナリ」を知っている面々と思われた。
他の面々も同じようで、「イナリちゃん」という声があちこちから聞こえてくる。
まあ、好意的に見られる分にはイナリとしても構わないのだが「イナリちゃん」呼びはなんともむず痒い。むず痒いが……わざわざ「イナリちゃんと呼ばないでくれ」と言うのも違う気がする。
余程の悪意が混ざっているのでなければ、人が自分をどう呼ぶかはその人に委ねるべきだとイナリは考えているからだ。
まあ、そもそもからして「イナリ」の名前もシステムが勝手につけたのだから呼び方がどうのなど、今更すぎる話でもある。
それに……「ちゃん」付けされるのも、イナリとしては分からないでもないのだ。
その主な理由は、秋葉原にでっかく掲示されているフォックスフォンの広告看板のせいだ。
イナリもオススメ、フォックスフォンの最新スタイル!
王道を征くお主の相棒に選んでほしいのじゃ♪
そんな看板がフォックスフォンの最新機種を持ったイナリの写真をデカデカと使って掲示されているのだ。ちなみにイナリはそんなことは言っていない。でもどんな風にしましょうかと聞かれて「儂は素人じゃし、そういうのは任せるのじゃ」とは言った。結果がアレである。
(まあ、アレを見た者が「ちゃん」付けするのも……理解はできるのう)
だから、特に気にせず歩いていると……「あのっ」と声をかけられる。
声をかけてきたのは覚醒者の少女が2人。1人は剣士、1人は魔法系の遠距離ディーラーのようだ。しかし、イナリに何の用だというのだろうか? もし仲間になってくれという誘いであれば断ろうと思いながらイナリは「儂に何か御用かの?」と聞き返す。すると……返ってきたのは予想外の言葉だった。
「い、一緒に写真撮ってくれませんか⁉」
「なぬ!?」
「フォックスフォンのサイト見て、もうすっごい可愛いねって話してて……! 覚醒フォンもフォックスフォンに機種変したんです!」
「お願いします! SNSに上げたりはしませんので!」
「お、おお……そうじゃったか。それは有難うのう」
えすえぬえす、が何かはイナリには分からない。フォックスフォンでも教わってはいないからだ。さておいて、なんだかイナリのファンであるのは確実であるし、自分の影響で覚醒フォンを購入したとまで言われては、イナリとしても無下に出来るはずもない。イメージキャラとしても、人としても、そうするのが正しくないことなどは当たり前に過ぎるだろう。まあ、イナリは人ではないけども。とにかくそういうことであれば、とイナリは優しく2人に微笑みかける。
「まあ、写真くらい構わんよ。一緒に、ということは誰かに頼まねば……」
「お困りですか⁉」
「ぬ!? その声は!」
聞き覚えのあり過ぎる声にイナリが目を向ければ、そこにはメイドが……5人いた。
「秋葉原でああ困った、そんな時!」
「優しく頼れる、そんな存在でありたい!」
「荒みがちな生活に安らぎを!」
「趣味と実用の両立に完全回答!」
「世界のために今日も征く!」
5人のメイドは流れるような動きでポーズを取り、ビシッと決める。視線まで完璧な辺り、相当な修練を積んだことが窺える。
「『使用人被服工房』メイド隊! ただいま参上です!」
瞬間、周囲の人々がドワッと沸き上がる。待ってました、と言わんばかりの歓声に口笛まで聞こえてくるあたり、どうにも皆慣れている感じがある。
「イナリさん、おはようございます!」
「うむ……朝から元気じゃのう」
「これもお仕事ですから! あ、それとフォックスフォンのイメージキャラ就任おめでとうございます!」
そう、使用人被服工房のエリと、その同僚たちである。武具を見る限り、全員ジョブが違うようだが……全員、エリ同様の実力を持つようにイナリには見えていた。つまり、結構鍛えられているということだ。
「うむ、ありがとうのう。それで、えーと……何の話じゃったか」
「写真ですよね!? 私たちが思い出に残るモアベターなものを撮らせていただきます!」
「ちなみにベストと言わないのは押しつけがましいのはよろしくないというメイド精神です」
「う、うむ」
もえばたあ、とは何じゃろか、とはイナリは言わない。なんかこう、流れに任せた方がいうような気がしていたからだ。あと「もえばたあ」とか言ったが最後エリが「萌えバター」と聞き取ってテンションを謎に上げただろうし下手をすると新商品が出来上がっていただろうから、イナリの直感は実に正しかった。
「そちらのお二人も如何ですか? よろしければ私たちに思い出作りのお手伝いをさせてくださいませ!」
「え、あ、あの……お願いします!」
「嬉しいです! あ、あの。良かったら皆さんとも写真を」
「大歓迎です、お嬢様!」
「皆様ー! 申し訳ありませんがお嬢様たちの思い出作りにご協力頂けると嬉しいです!」
そんなこんなでメイド隊の仕切りで少女たちの思い出が作られた……のだが。
他の誰かが「自分も」と言い出す前に約束があるからと抜け出せたのは、これまたメイド隊の見事な仕切りによるもので。
「うーむ。なんかまた世話になってしまったのう……」
イナリはそんなことを言いながらも、なんとかフォックスフォンへと辿り着くのだった。
イナリ「しかしまあ、かなり訓練しておるのう……」





