お狐様、予想外の方向から衝撃を受ける
「おお、よもや此処で再びコレに出会うとは……」
ブラザーマートの食品コーナーに置かれていたふりかけの袋。
何処にでもあるようなものだが、イナリにしてみれば「見たことはある」程度のものであった。
海苔タマゴミックス味、たらこ味、ごま塩……まあ、定番商品ばかりだ。
しかしだからこそ、イナリの心に強く突き刺さった。あの時の憧れの味が今……状態である。
「あの時はふりかけなんぞ見てるだけだったからのう……ふふ、今では儂にも買える。なんとも嬉しいもんじゃのう……ふふふ、どれを買おうかの?」
それはイナリ的には「ふりかけご飯のお供えなんかなかったし、人が居なくなってからはなおさらそういうの無いし、堂々と買い物できるのっていいよね」的な意味であるのだが、雑誌コーナーで立ち読みしてた客とか、近くにいた客とか、あるいは店員がどう思うかといえばまあ……イナリの意図するところとは全然別である。
(うっそだろ……ふりかけすら食べられないなんて、あの子……どんな生活を……?)
(いや、ふりかけなんか食べない超お嬢様だったのかも……え、じゃあ今は……没落……?)
(いっぱいふりかけご飯食べてほしい……)
なんかこう、よく分からんけどふりかけを食べれないような環境に今までいた子、である。
うん、ここだけ見れば間違っていないのが恐ろしいところだ。さておいて。
イナリは自分に向けられ始めた暖かい視線に「な、なんじゃ……?」と疑問符を浮かべてしまうが、特に害意もない、むしろ好意的な視線だったので放っておくことにする。
「ううむ……海苔タマゴミックスは買うとして、こっちの梅シソはどうするかのう……カツオ味も気になるのう。いっそ全部買ってしまうか? しかし一袋200円……5種買えば……えーと幾らじゃ。そんなに贅沢をしてええもんかのう」
そんなもん100個買ったところで塵のような感覚になるくらいはイナリは稼いでいるのだが、残念なことにその辺の感覚的なものが庶民の域から抜け出ていない。勿論自分がお金を稼いだことは知っているが、金銭に頓着していないので実はイナリ、残高を「えーと……いっぱいじゃな」でしか認識していないのだ。しかしまあ、ふりかけを全種買ったところで問題がないことくらいは認識できている。この店舗を丸ごと買い取っても全く問題ない程度だという認識はないが。
「うむ、決めたぞ。此処は海苔タマゴミックスだけを買う……! あれもこれもと気移りしてはふりかけに失礼じゃからの……!」
そうしてレジにふりかけを持っていって覚醒者カードで会計をしたイナリは、意気揚々と家へと帰っていく。
そうしたら手をしっかりと洗って、米を研いで……炊飯器にセットするとにっこり微笑む。
これが炊けた時が、いよいよ待ち望んだふりかけの時だ。
一体どんな幸せが待っているのか。想像しながらふりかけの袋を持って尻尾を左右に揺らしていたイナリだが、かかってきた電話の音に「む?」と声をあげる。
ふりかけを丁寧に置き、電話の相手を確かめる……どうやら赤井のようだ。
「もしもし、儂じゃよ」
『狐神さん、おつかれさまです。今お電話大丈夫ですか?』
「うむ、平気じゃよ。飯が炊けるまでにはまだ時間があるでのう」
『ありがとうございます。実は先日の臨時ダンジョン攻略の件に関するお話なのですが』
「うむ? 何か問題でもあったかの?」
『問題がないのが問題といいますか……予想通り、様々なクランからイナリさん宛の申し入れが届いています』
そう、秋葉原の臨時ダンジョンの超速攻略はテレビ中継されていたこともあり各社トップニュースで報じられた。しかし細かい部分は公式発表されていないため「クラン『フォックスフォン』がクリアした」ことは知られていても、具体的にどういうメンバーで攻略したかは知られていないのである。勿論イナリはイメージキャラではあるが、まさかイナリ1人で攻略したとは世間一般の人々は思っていない。
そういった情報は現場の情報を知ることのできる大規模クランや中小規模でも情報力のあるクランなどの選ばれた人物は知っているし、あるいは想像がついていたりするが……それでも正確な「狐神イナリ」という覚醒者の情報を掴むには至っていない。
しかしイナリが関わっていることが分かればそこから辿ることは出来る。辿らずとも、ひとまず会ってみようかと考えるのは当然の流れだと言えるだろう。
まあ、そんなわけで各クランはイナリに会いたいという申し入れをフォックスフォン宛にしたわけだが。実のところ、問題はそこではなかった。
『クランの相手自体は此方で出来るのですが……狐神さんの判断を頂きたいものもありまして』
「儂の? 何ぞあるのかえ?」
『はい。実は……狐神さんのグッズはないのかという問い合わせが結構来ておりまして。この機会にフォックスフォンとしても大規模な製作販売に踏み切りたいと考えています。早速案がたくさん上がってきておりますので、1度打ち合わせをしたいのですがご都合はいかがでしょうか?』
イナリはそれを聞いて、自分の中で赤井の言葉の意味を反芻する。
3秒ほど、たっぷりと反芻して考えて。
「……もっと分かりやすい言葉で頼むのじゃ」
『狐神さんのかわいいグッズをたくさん売ってお金いっぱい稼ぎたいです』
「うむ、正直じゃのう……」
イメージキャラなんていうものを引き受けた以上、断る選択肢はないのだろうな……と。イナリは遠い目をしながら考えていた。
イナリ「儂のかわいい、ぐっず……?」





