お狐様、やっぱり騒動に気付かない
翌日。オークションに出品された2つの品に覚醒者たちは大騒ぎであった。
当然だ。今まで1度も出品されたことのないような品が出ているのだ。
しかも覚醒者協会主催のオークションで、日本本部による代理出品だ。
つまり……詐欺ではない。そして「品」が確実に保証されている。一見信じられないような出品内容も、現実であるということなのだ。
だからこそ10大クランの1つ『ジェネシス』のマスター、竹中は頭を抱えていた。
そう、まるでついこの前の『閃光』のマスター、星崎のようにである。
「マスター、このオークション……一体どうすれば?」
「すでに凄い額になってますよ……!」
クランメンバーに聞かれても、竹中にしたところで正しい答えなど分かりはしない。
「アメイヴァロードの核……それはまだいい。いや、良くはないが……問題なのはもう1つだ」
今回出品されたアイテムは2つ。1つはアメイヴァロードの核……イナリがドロップさせたものだ。
元々アメイヴァの核とは魔法的な素材として有名であり、しかしその厄介さと核のレアさから値段は高くなる傾向にある。
普通のアメイヴァの核ですらそうだというのに、未知のモンスター「アメイヴァロード」の核だ。
それを使えば一体どんな凄いものが出来上がるのか想像もつかない。
しかし、それはまだいい。問題はその次だ。これに比べたらアメイヴァロードの核すら霞んでしまう。
「古代王国の杖、だって……!? くそっ、此処に来て新しい『セット装備』が現れるなんて!」
そう、前回のオークジェネラルシリーズと同様、これはどうやら「古代王国」シリーズの装備であるらしいのだ。
組み合わせ対象となるアイテムはまだ出現してはいないが、揃えば相当な力を発揮するのは間違いない。そして何より覚醒者協会の評価は「中級中位」。一線級である「中級下位」を超える、実質上のエース装備と考えていい。ならばセットが揃った時にはどれほどのものになるのか……? それを考えれば、古代王国の杖の価値は計り知れない。
魔法系の遠距離ディーラーであれば何が何でも手に入れておきたいし、それは竹中も同じであった。
(使える予算は幾らだ? くそっ、前回のオークジェネラル装備に使い過ぎた。40じゃ落とせない。となると……くそっ、使い過ぎれば年間計画に支障が出る……!)
「マ、マスター! 入札額が一気に70億に上がって……!」
「はあ!? だ、誰だそんな額を……」
「にゅ、入札IDはbracwitiです」
「その頭の悪いIDは『黒の魔女』だ! アイツ……ソロだからってこんな額を……!」
黒の魔女。そう呼ばれる日本での魔法系ディーラーの上位3人のうちの1人のことを思い浮かべながら、竹中は悔しさで拳を握る。これは意思表示だ。絶対に自分が落とすという、他のライバルへの宣言をする為の高額入札なのだ。そして実際、ここから1億足したところで黒の魔女は平気で更なる入札を重ねてくることだろう。
「……僕たちはこのオークションからは降りる。幸いにも収穫はあった、無理をする必要はない」
しばらく考えてから、竹中はそう判断を下す。このオークションは勝っても負けてもクランへの影響が大きすぎる。竹中が欲しいからという理由で勝負するわけにはいかない。
だが、それで終わりではクランマスターは務まらない。
「収穫、ですか?」
「ああ。今回の出品のタイミングからみても、前回のオークジェネラルも、そして今回のアメイヴァロードも……秋葉原の臨時ダンジョンを攻略した『狐神イナリ』という子で間違いない」
「こがみ……ああ、あのコスプレの!」
クランメンバーが納得がいった、という風に頷くのを竹中はフッと笑う。考えが浅い。そう思わざるをえなかったからだ。あれだけの実力のある覚醒者が、ただのコスプレであるはずがない。しかも裏に居るのはあの覚醒フォン大手の「フォックスフォン」なのだ。
「ただのコスプレと断じるのは早計だよ。僕も直接見てないから何とも言えないけど、狐耳、しっぽ、そして巫女服。まるで最初からそういうセットであったかのように違和感がない。つまり、アレはフォックスフォンが秘蔵していたセット装備であるとは考えられないかい?」
「えっ⁉」
「ど、どういうことなんですかマスター!」
「分からないかい? 中級下位のセット装備、そして中級上位のセット装備となるアイテムを簡単に放出する躊躇いのなさ……これはとある事実を示している」
この狐神イナリという少女、あるいはフォックスフォンは中級上位のアイテムですら「必要ない」と即断できてしまう……ダンジョン攻略の速報とオークション出品までの時間を考えれば、恐らくクラン内で検討すらしていない。それには、そう出来るだけの理由があって当然だと竹中は考える。
「つまり……彼女の装備は上級下位のセット装備であると考えられるんだ!」
「な、なんですって⁉」
「本当ですかマスター! それが事実なら世界がひっくり返りますよ!」
「まだ分からない。けれど、正解に近いと僕は考えている」
ザワつくクランメンバーたちをそのままに、竹中は考える。恐らく、この予想に至ったのは自分だけではない。しかし……そうだとすれば「狐神イナリ」は装備頼りの覚醒者とも考えられる。
まあ、上級下位のセット装備を持っているのであれば、あるいはアメイヴァロードにも簡単に勝てるのかもしれない。
(そうであれば、引き抜きに意味はない。装備はクランのものだろうしね。しかしフォックスフォンとの協力関係を築ければ……いや、彼女を看板にすると決めたのなら、易々とこっちに利する真似はしないだろう。なら、まずは友好関係から構築するべき、か……?)
なんか合っているようにも見えて盛大に間違えている、そんな予想を立てたのが竹中だけかは分からない。分からないが……その頃イナリは、ブラザーマートでふりかけの袋を見て感動の声をあげていたりしたのである。
イナリ「おお……今の世には斯様な素晴らしいものが……」





