お狐様、神通力でどうにかする
「おつかれさまです狐神さん、見てましたよ」
柵を潜り抜けた先、ダンジョンゲート前で赤井がグッと親指を立てていたのを見てイナリは「うむ」と頷く。
見てたならイナリがどうこうする前に仲裁に入ってほしかったような気もするが、まあどのみちあの短時間ではどうしようもなかっただろう。
「儂の短気を晒しただけという気もするが……まあ、どのみち何処かで起こった問題ではある気がするしのう」
「そうですね。イメージキャラを勤める人にとっては、皆さん何処かで通る道のようです」
「妬み嫉みか。面倒じゃのー、いつの世もそんなもんばっかりが溢れとる」
「まあ、あんな男では当社の望む『かわいいきつね』は表現できませんけどね。妬みも嫉みもお門違いというものです」
「儂、それは初耳なんじゃが……」
「当社はフォックスフォンですから」
納得できるようなできないような。そんな感覚に陥りながらもイナリは「まあ、そう、かのう……?」と頷く。
「さて、それでは早速ですが攻略の前の確認を始めさせていただきたいと思います」
「うむ。ゲートの中に入ってクリアしてくればいいんじゃろ?」
「その通りです。多少の差異はありますが、基本的にダンジョンはボスを倒すことでクリアになります。1週間分の物資は用意しましたが、3日経過したら救援を兼ねた後続部隊を送り込みます」
言いながら、赤井は1つのリュックを差し出す。携帯食料に水、医薬品。そうしたものが入った大型リュックだが……それを受け取るとイナリは神隠しの穴に放り込む。
「アイテムボックス……!」
「そんなスキルを使えるのか!?」
「なんてこった。とんでもない隠し玉だな……」
周囲にいた人々がざわつくが、赤井はニコニコとしている。
以前会ったときに何が出来るかと聞かれて、神隠しを見せたからだ。
初めて見た時はやはり驚いていたが、2度目ともなればポーカーフェイスを作るくらいは楽であるらしい。
「クランからの指示などは特にありません。好きにやってきてください」
「うむ、任せよ。さっさと片づけてくるでのう」
「お待ちしております」
軽く一礼する赤井に頷くと、イナリはゲートに入っていく。そうすると、不思議なことにイナリの足元の地面が消えて失せる。
「ひょ?」
いや、違う。ゲートを入った先に地面が無かったのだ。そのままドボンと落ちた先は、どうやら海。塩辛い水を飲んでしまったイナリはそこで目の合った魚顔と鱗肌の男を見て目を丸くする。
「ギイイイイイイイイ!」
「がぼが……あー、うむ。そういうことじゃったか」
水の中を凄まじい速度で動き繰り出される銛を避けながら、イナリは狐火を放とうとして……しかし一瞬で消え去ってしまうのを見て「あー……」と呟きながら再度の銛を回避する。
「水中じゃもんなあ。儂が水中で喋るのとは訳が違うわなあ」
イナリの神通力は海中で喋ることを可能にするなど造作でもないが、水の中で火を灯すのはまた違う。狐火は、所詮火なのだから海中で出せば当然消える。
となれば、狐月を使うしかないが……刀だって弓だって似たようなものだ。海の中で振るうような武器ではない。
そこまで考えながら、イナリは再度の銛を回避し、戸惑っている様子の魚男に人差し指を振ってみせる。
「水に落ちた獲物じゃと思うたか? 甘い、甘いのう。儂の神通力をもってすれば水中で動くも話すも朝飯前というものよ。まあ、儂は朝飯は食ったんじゃけども」
「ギイイイイイイイ!」
「なるほど、お主の技はその銛で突くだけか。まあ、陸の生き物相手であればそれで充分なんじゃろうがのう」
しかしまあ、現実問題で言えばイナリのいつもの武器も技も封じられている。
狐月も使えはするが、やはり海中で振るうようなものではない。
「うーむ……そうなるとまあ、仕方ないのう」
イナリはさっきから回避し続けていた銛を再度回避すると、魚男の顔面を掴みゴキッと一瞬で回転させる。「グエッ」という断末魔と共に魚男は消えていくが、ドロップした魔石も底の見えない海底へと落ちていってしまう。
「あー、もったいないのう。とはいえ仕方あるまい。斯様な場所に増援などとんでもないからのう……早めにぼすを仕留めるしかないのじゃ」
幸いにもイナリは神通力にて水中でもある程度自由に動ける。となれば、狐神流合気術とか名付けられた体術でどうにかするしかない。
(……しかし一撃で相手を屠る技は合気ではない気もするのじゃが……あの武術家は一体何を修めとったんかのう……)
今となっては確かめる術もないが、別に確かめたところでどうなるわけでもない。
スキルとしてイナリの名前もつけられた以上、現在地上に同様の技は残っていないということなのだろうから。
「ギイイイイイイ!」
「ギイイエエエエエ!」
しかし、それに感傷的な気分になっている暇はない。すでに新手の魚男が2体、イナリに向かってきている。更にはその先にボスもいるのだ、こんなところで手間取っている暇などあるはずもない。
「さあ、かかってくるといいのじゃ! 片っ端から屠ってくれようぞ!」
イナリ「しかしまあ、いきなり海に落ちるのは酷くないかのー?」





