気安く触ると投げちゃうのじゃ
秋葉原。すっかり慣れてきたその場所は、いつもと違って緊張した雰囲気が漂っていた。
当然だろう、新しいダンジョンが現れたのだ。
臨時ダンジョンであったとしても固定ダンジョンであったとしても、難易度は入ってみるまで分からない。
クリアしたとして固定ダンジョンであれば周囲の安全確保のために覚醒者協会が土地を強制的に買い上げる。そうなればダンジョンの種類にもよるが、地価にも大きな変動があるだろう。
いまや覚醒者の街として復興した秋葉原だからこそ、誰もが「その後」を見据えている。
しかしまあ、イナリからしてみればそんな生臭い事情はよく分からない。
「空気が違う……誰もが不安を抱いている、ということかの」
まあ、不安を抱いている人もいるだろう。地価が下がったらどうしよう、とか。
もし固定ダンジョンです、ってなったらお店どうなるかな……とか。
ともかく色んな不安も混ざった秋葉原の空気を感じながら、イナリは現場へ向かって歩いていく。
大体の場所は聞いているが、覚醒者街の道のど真ん中に出来たらしいので迷うことなどない。
「ねえ、アレって……」
「いや、コスプレじゃねえの?」
「でもあんなクオリティ……え? でも……」
歩いていくイナリを、駅前にいた恐らく野次馬しにきた一般人が囁き合いながら見ていた。
動画を撮っている者もいたので、まあちょっとしたイベント気分なのかもしれない。
当然テレビもやってきていて、あちこちで生放送をしているようだった。
「こちら現場の韮崎です。ダンジョンゲートの発生した秋葉原では御覧のように状況を見守る覚醒者の姿が多く見られます。情報によりますと今回の担当はクラン『フォックスフォン』になったとのことで、今話題の狐神イナリさんが挑戦するのではないかという予想も……え? いた? 何処に? あっ!」
「狐神さん、今の意気込みをお願いできますか!?」
「一言お願いします!」
「不安に思う皆さんに一言!」
「やっぱり語尾は『のじゃ』ですか!?」
「フォックスフォンの隠し玉とのことですが、是非その辺りについて……!」
凄まじい勢いで走ってくる各報道の現場中継チームに「ぬおっ!?」とイナリは声をあげるが……まあ、一言くらいは構わんか……とリポーターの1人に視線を向ける。
「平和な街に突然だんじょんなどというモノが現れて不安なのはよぉく分かる。儂も最善を尽くす故、信じて待っていてほしいのじゃ」
「あ、狐神さん! もう少しお話を!」
「すまんが待たせておるでのう。今言えるのはそのくらいじゃよ」
そう言いながら身を翻すイナリだが、変に追うわけにもいかない。何しろ彗星の如く現れた新しいアイドル覚醒者になりかねない美少女だ。
あの狐耳と尻尾が本物かをさておいても、キャラ立ちが物凄い。そして物凄い美少女だ。
今貰ったコメントだけでも人当たりの良さが見えており、数字も取れそうだ。出来れば独占取材といきたいが、そうなると此処で無理にコメントを求めるのは拙い。生放送だし。
そうした様々な計算が瞬時に働いた結果、イナリを見送ったわけだが……尻尾が揺れている後姿がなんとも絵になる。
……となると、ここでフォックスフォンに好印象も残しておきたい。
「なんとも頼りになるコメントでした! 謎に包まれた狐神さんの強さですが、専門家の見方では精鋭チームと共に最高の体制で臨むのではないかという……」
まあ、そんなフォックスフォンに非常に好意的なコメントに終始していく。
そうして歩いていくと、やがて厳重に警戒されたダンジョンゲートの近くまで辿り着く。
急ごしらえの柵や人員配置で対応しているようだが、その正面に立っていた覚醒者が「あっ」と声をあげる。
「その姿……狐神さんですよね? 申し訳ありませんが、カードの確認を」
「うむ、ほれ」
「白カード……あ、いえ。お通りください」
「ご苦労様じゃ」
やはり初心者用の白カードが気になるのだろう、イナリとしてもその気持ちは理解できる。
理解できるが、それはそれだ。そのまま奥に進もうとすると……柵を囲んで見ていた覚醒者の1人が「待てよ」と進み出る。
「納得いかねえ……誰が来るのかと思えば白カードの初心者だと? 大手が組んでルーキーに実績プレゼントしようってか。そんなことが許されおーい! 何処行きやがる!」
「え? 儂に言っとるのかの?」
「他に誰に言ってると思えんだよ!」
「儂に言われても困るんじゃよなあ……儂だって頼まれて来てるんじゃし」
「それが納得いかねえってんだよ! お前みたいなガキが身丈に合わねえ実績で飾ってイキってんのがなあ!」
キンキン響く男の声を聞きながら、イナリは「要は儂の強さに疑義があるってことでええんかのう」と首を傾げる。
「よく分かってんじゃねえか! テメエみたいなガキ、俺からしてみれば」
腕を掴まれた瞬間。警備の覚醒者たちが動くより前に男の身体が宙を舞う。
「……へ? ぐへあっ!」
投げられた、と男が気付いたのは地面に身体を強打してからだ。いつ投げられたのかも分からないまま男は取り押さえられ、イナリは掴まれた腕を軽く振るう。
「いかんのう、女子の身体に気安く触れては。つい投げてしまったのじゃ」
「す、すげえええええ!」
「イナリちゃん強い!」
「のじゃかわいいいいいい!」
「うむ。ではのう」
手を振り柵の向こう側へと行きながら、イナリは思う。
(なんか赤井みたいなのがよく混ざっとる気がするのじゃ……)
気のせいである。たぶん、きっと。
イナリ「もしや……赤井は結構多数派なのでは……いやいや……」





