お狐様、挨拶される
イナリの家……というかお屋敷は、二階建ての和風建築である。
広い中庭を持ち壁で囲われたその家は、当然のように覚醒者協会から派遣された覚醒者が警備に立っている。
この近くに駒込支部、そして9大クランの出張所があるのだから、イナリがどれだけ大事にされているかよく分かるというものだ。
まあ、実際には結構ギラギラした事情が……少しでも他より仲良くしておこう、みたいな事情があるにせよ、イナリはとにかく大切にされていることが山中にもよく分かるのだ。
「安野さん、なんかすっごい見張られてません?」
「されてますよー?」
安野も山中も覚醒者協会に勤められる……それもイナリの担当とそのサポートとなる程度には優秀な職員だ。
そして当然ではあるが覚醒者協会の職員はその全員が覚醒者であり、本部に近い程エリートなのだ。
つまるところ、安野も山中もそこら辺の小規模クランや中規模クランであれば崇められる程の才能を持っているわけだが……当然監視の視線程度は気付くというわけだ。
「まあ、こういうのがあって狐神さんの安全は保たれてるわけですが……」
「いや、お客も嫌がるでしょ」
「大丈夫ですよ、そういうのがないようにリストは共有されてますから。今回は貴方がいるからだと思います」
「うえー……」
たとえば紫苑や月子たちであれば気分を害さないように細心の注意が払われるわけだが、警備相手に挨拶し門から入れば……そこには竹ぼうきで庭を掃いている和風メイドの姿があった。
「メイッ……」
「メイドです!」
即座に完璧な……どう完璧かはさておいて、映えそうな可愛らしいポーズをとるメイドに山中はしばらく言葉を失い、やがて「あっ」と声をあげる。
(使用人被服工房の……えっ、聞いてはいましたけど、実際見るとなんか予想以上に違和感がない……)
「こんにちは、敷島さん。お掃除ですか?」
「はい、こんにちは安野さん。これはですねー……ごっこです」
「でしょうね」
「はい、仕事とらないでくれって言われてますし……」
当然のように交される会話に山中は「ええー……」と声をあげてしまうが、実際イナリの屋敷は覚醒者協会日本本部の手配した業者が入って綺麗に掃除している。
屋敷内部は必要が無ければ入らないというか、使用人被服工房の玩具……もとい仕事先として良い感じにされているのだが、庭は業者の区分だ。
そこだけでも業者としては確保したいので、そういうお願いがされている。
勿論、彼らがいないときはその限りではないので、エリが掃除をしてメイドを楽しんだりしているが、まあそんな感じなのだ。
「ところで、そちらの方は?」
「あ、はい。私が居ない時に対応する山中です。すぐそこの駒込支部に常駐してますので、何かあれば」
「そうでしたか! 使用人被服工房の敷島エリです。よろしくお願いしますね!」
エリがホウキを手を伸ばし何処かに置くようなポーズを見せると、黒装束の如何にも忍者ですと言いたげな格好をした何かが出てきて受け取ると「忍ッ!」と叫んで何処かに消えていく。
「……あの、敷島さん。今の忍者は」
「うちの新人です。なんか最近はメイド、サムライ、ニンジャが三大名物だっていうことで、主人に仕えるなら忍者も執事&メイドだから導入してみようかっていう話が出まして」
「使用人被服工房は何処に向かってるんですか……?」
「大丈夫ですよ。サムライは『無い』そうなので」
そういう問題だろうかというツッコミは安野はしないし、此処にいるということはイナリが許可しているのだろうから何も問題はない。山中は凄く何かを言いたげな顔をしていたけども。
とにかく、エリに連れられて建物の中に入っていけば、そこにはまた忍者がいた。
いや、違う。忍び装束を着せられたアツアゲである。
じっと……主に山中を見ているのが分かるが、不審者扱いされているのだろうか?
「おお、エリ。何やら声が聞こえるとは思うとったが」
と、そこにヒョイと顔を出したのは、まさにイナリ本人だ。
じーっと山中を見ているアツアゲをヒョイと抱えると「似合うじゃろ?」と笑う。
「さっき庭にも忍者がいましたけど。今日はそういう日なんですか?」
「うむ。アツアゲがニンジャ外伝ネオサスケに嵌ってのう」
「あー、あの忍者なのに毎回派手なやつ。しかも外伝なのに本編ないんですよね」
「そうらしいのう」
ちなみに走るときに「忍忍忍!」とか叫んだりするので、一切忍ばないことでも有名である。
どうにも忍者が居たのはその辺も理由なのだろうと安野は察していたが……とにかく、イナリの視線もようやく山中に向いていたので、ちょんとつついて促せば。
「は、はははは……初めまして! にゃまなかれす!」
「……駒込支部の山中です。私が居ない時のサポート役となりますので……」
「おお、よろしくのう。狐神イナリじゃ。こっちはアツアゲじゃ」
そういえばイナリは今、トップランカーにだって劣らないほどの超有名人だったな……と安野は思い出す。
自分も意外に慣れてしまっているのかもしれない。そんなことを考えてしまうのだが。
まあ、今更である。





